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―― 本編 ――
【002】ギルド《血塗れ男爵》の結成
しおりを挟むすると、たまたま目の前に二つの人影を見つけた。
片方はTOPギルドと名高い《白銀騎士団》と名前の下に表示された聖剣士。
浅黒い肌をしていて、桃色がかったくせ毛の銀髪を、後頭部で結んでいる。
筋肉質で長身の女性キャラクターだ。
露出が高く、鉄の鎧がビキニのようだ。
もう片方は、これまたTOPギルド争いをしている《BlueSkyOrchestra》と名前の下に表示された聖職者。《BSO》と略して呼ばれることが多いギルドだと、僕でも知っていた。
赤髪で色白、端正な顔の青年だ。
黒い神父服を着ている。
――こんな所で何をして居るんだろう?
二人を通り過ぎたところに、僕が目指す個人クエストがある。
洞窟内部でBOSSを倒してくるというクエストだ。
ちなみに僕はと言えば、完全に出るタイミングを失い、茂みの影で硬直していた。
僕の服装は、顔まで全て覆う黒いローブ姿である。
「私は《白銀騎士団》を抜ける。もうあの連中のやり方にはついていけない」
深々と溜息をつきながら聖剣士が言った。
切れ長の目が険しくなる。黄土色のような、宝石のような、綺麗な瞳だった。
「どうして全員のレベルを上げるために、クエストの進行を止めなければならないんだ。何故いちいち私が手伝いをしなければならないんだ。私は壁じゃない。私はゲームがしたい」
「その気持ち、凄くよく分かるよ。俺だって回復するために生きているわけじゃないって何度も言いたかった。みんな俺をおだてるけど、所詮回復して欲しいだけなんだ。もしくは勝手に実力以上のことをして死ぬくせに、回復が遅いって俺を糾弾する。いつどんなタイミングで回復しようが俺の自由だと思うのにね」
今度は聖職者が笑顔で述べた。僅かながらに、苦笑の色が見える。
二人とも、相当ギルドに疲れているのだろうか、中々辛辣だ。
ギルドはギルドで面倒くさそうだ。
が、やっぱり僕は、彼らが羨ましいと思った。
「だから私は、新しくギルドを作ることにした」
「やっと決意してくれたんだ。俺、ずっと待ってたんだ。俺も《BSO》を抜けるよ」
ギルドの違うこの二人が、どこで交友関係を結んだのかは不明だが、見守っていると目の前で、【ギルド脱退】が行われた。
途端、二人の元に、個別チャットが豪雨のように飛んできていることが分かった。
チャット中は名前の横にマークが付き、着信数や、受信状態などが表示されるのだ。例外は、秘密チャットだけらしい。
二人とも似たりよったりの回答をしているのが、宙に出た吹き出し型のウィンドウから見て取れた。どうやらそちらは、このフィールドにいる者から飛んできたオープンチャットらしかった。半VRであるこのゲームは、非VR媒体から接続することもできるので、文字チャットも可能なのである。吹き出しは、主にそれを補助するチャット画面だ。
二人の回答は、とにかく『ギルドは抜けた』というものだった。
音声だけの個別チャットでも、秘密チャットでない場合は、そばにいて、口を動かしチャットをしているかぎり、近くにいれば聞こえてしまう。
勿論個別チャットは、他者に聞かせないように一対一で話す時などに使うから、音声を相手の耳元だけで再生するなどすれば、近くにいても聞こえなくなるはずだ。しかし普通はみんな、面倒だから、相手を指定するだけで、口を動かして話す。
その結果、二人のやりとりは僕の耳にも入る形になった。
多分。
チャットをあまりしないので、よく分からないけれど。
「私はこのクエストから先が未消化だ」
チャットを一段落した様子の聖剣士が言う。
僕と一緒だなぁと思いながら見守った。
「俺もだよ。ここからのクエストは、ソロだと本当にきついからね。多分レベルを初心者にあわせてるギルドのほとんどは、ここで止まってるでしょう? 止まってないのなんて、初心者お断りの《殺戮同盟》だけじゃない?」
そうなのかぁと僕はうずくまって耳を澄ました。
僕を誘ってくれた唯一のギルドは、《殺戮同盟》だ。
聞こえた話が本当で、《殺戮同盟》以外のプレイヤーが、この個人クエスト前で止まっているのだとすれば、僕もここで止まっていてもよいのかも知れない。
ちなみに殺戮同盟はこのクエストの次の次のクエストで足止めをくらっていると聞いていた。なんでも魔術師を初めとした範囲火力が必要らしいのだが、《殺戮同盟》には魔術師がいないようだ。
魔術師以外の範囲火力職は、今のところまだ存在しない。
しかし個人クエストでも、二人が話しているようにPTを組まなければならなかったり、様々な職を必要とするダンジョンやBOSSの存在は、周囲と仲良くなるためのゲーム要素なんだろうとは思うが、ソロには本当に辛い仕様だ。
「とりあえず他のギルドメンバーが見つかるまでは、このクエストに挑戦するか。レベルもキャップまで上がっているしな」
「いいけど、二人で? 大丈夫かな」
「ゆっくり進めばどうにかなるかもしれない」
「それはそうだけど、早く他のメンバーを見つけて、ギルドを結成しちゃった方が良くないかな?」
「宛てはあるのか?」
「無いよ」
「だったらこのクエストをやりに来た人間を勧誘しよう。目的は同じはずだ、私達と」
「合理的だね」
話が、僕に都合が良く展開した気がした。
今クエストに行けば、あわよくばPTを組んでもらえるかも知れないし、ともすればギルドにも入れてもらえるかも知れない。
だが――忘れてはならない、僕はコミュ障だ。
立ち上がって声をかける勇気が出ない。
内心溜息をついた時、唐突に二人がこちらを見た。
「盗み聞きは感心しないな」
「どこかのスパイ?」
身動きしなかったのに、どうしてばれたのだろうかとビクビクしながら、僕は立ち上がり後退った。しかしその瞬間には、背後から剣を突きつけられていた。
――俊敏のステータスも上げている僕より、この聖剣士は早い。
やっぱり職業の差だろう。
そして目の前からは、聖職者に十字架を突きつけられた。
このゲームは、PKが出来るので、僕はこのまま殺されてしまうのかも知れない。
寧ろそうなれば最寄りのゲートまで転送されるので、逃げられるしありがたい。
「――あれ、魔術師ランク一位の……」
ローブのおかげで直接ではなく布越しだが、しっかりと真正面から聖職者の青年と目があった。身長は同じくらいだが、僕は鉄板を仕込んだ靴を履いているので、彼の方が実際の背は僅かに高いようだ。
「黒麦か……見かけるのはβ以来だ。久しぶりだな、黒麦。以前《常闇の森》のクエストでPTを組んだことがある、日廻だ。聖剣士」
静かに首元から剣が離れた。
心底安堵する。
同時に十字架をおろした青年が、僕に向かって微笑んだ。
「はじめまして、俺は赤鐘。聖職者だよ」
しかし目が笑っていない気がして、僕はおずおずと頷くことしかできなかった。
赤鐘の隣まで歩みよった日廻が腕を組む。
「ここで何を?」
「俺、レベルキャップまでいっている魔術師を初めて見たよ。どうやってレベル上げたの?」
「ソロのままか――固定PTでも組んでいるのか?」
「いやそれはないんじゃない、だって、こんな高Lvの魔術師が固定にいたら、少なくとも俺の耳には入ってくるよ」
「それもそうだな。たまに黒麦の目撃情報を聞いた場合は、大抵街で買い物をしている時だしな」
「だけど、本当にどうやってレベル上げたの?」
僕の目撃情報まであるなんて、ギルドの情報網は恐ろしいなと思った。
二人がジッと僕を見る。
それだけでいたたまれなくなってきた。
「チート、と言うことはないだろう。淡々と狩りをするのが趣味だと聞いている」
「え……つまり淡々とレベルを上げたの、狩りで……? まさか、一人でクエストもここの前まで消化したのかい?」
「ここにいると言うことは、そう言うことだろうな」
一言も声を発しない僕の前で、二人が話し合っている。
暫しの間を挟んで、日廻が改めて僕を見た。
「これから二人で、そこの洞窟のクエストに挑戦しようと思っているんだが、一緒にどうだ?」
「日廻……普通高Lv.魔術師様相手には、『一緒に行って下さい、お願いします』と低姿勢で伝えるのが常識だよ」
「《BSO》の常識など知らん」
「《騎士団》の魔術師は威張ってなかったの?」
「……笑うしかないな」
顔を背けた日廻の横で、赤鐘が肩を竦めた。
「それで、どうしよう?」
「え、あ……」
僕は緊張して上手く音声チャットができそうになかったが、必死で頑張った。
「僕でよければ、是非」
これがきっかけで、クエストクリア後、僕はギルド《血塗れ男爵》に加入した。
ギルドの名前、もうちょっとなんとかならなかったのだろうかと今でも思っている。
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