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―― 本編 ――
【001】クラウンズ・ゲートのドM職
しおりを挟む黒麦という名前で、ネットワーク接続型半VRMMORPG〝クラウンズ・ゲート〟を始めたのは、βテストが開始された時のことだ。
単なる暇つぶし、その一言に尽きる。
元々他者とコミュニケーションを取ることがそれほど得意ではないことも手伝って、ゲーム内でもソロで活動していた。魔術師という職のレベルを、黙々と上げる内に気がついたのは、この職がドM職と呼ばれていることだった。
初めはなにも問題は無かったのだが、βテスト――正式開始前のユーザーによるゲームのテストプレイが進む内に、魔術師と言うだけで野良でもPTは組みづらくなり、それも僕のソロ活動に拍車をかけた。野良というのは、特定のギルドや固定のメンバーとPTを組んでいないその場かぎりの集まりのことだ。
PTとは、連携して一つの対象に挑める単位で、クラウンズ・ゲートの場合は基本的に六人までがPTを組める。大雑把に言うならばソロとは、誰とも組まずに一人で行動することである。
しかし何度目かのLv.UP以後、実際には魔術師が、かなりの威力を誇る後方火力職だと分かった。すると貴重な魔術師プレイヤーの争奪戦が始まった……らしい。
だがその頃には、一人でレベルを上げる毎日に慣れていた僕は、βテストのレベルキャップ――〝限界範囲〟のレベルにまで達していて、上位レベルの難易度を誇る《常闇の森》で孤独に狩りをしていたから、誰にも取り合われたりしなかった。僕の周囲に、人影は無かった。全くと言っていいほど、無かったのだ。
あるいは僕は避けられていたのかも知れない。いいや、そんなまさか。
だがその頃は、生産スキルの解放や、ギルドの仮設置などが可能になり、他のプレイヤーは一時的にレベル上げを中断して、横の繋がり……即ちコミュニケーション行動を取り始めていたようだ。
通常ならば、《常闇の森》というフィールドに入るためには、PTを組んで、必ず一人一度はクエストをクリアしなければならない。条件を満たさないと、フィールドに入ることが出来ないからだ。
しかし《常闇の森》に至る直前のクエストとBOSSは、当時挑戦できるユーザーの数が少なかった。そのレベルに達しているプレイヤーが少数だったこともあり、なにとか僕も攻略時にはPTに入れてもらえた。野良募集で、魔術師も断られなくなっていたからだ。
そのため《常闇の森》のフィールドには、僕も入れるようになり、森の開放後、皆が一端街へと戻っても、僕だけは森でレベルを上げ続けた。
皆が街へと戻ったのは、レベルが上がりづらくなったことも理由にあったのだと思う。
正式開始日までを考えると、友達作りに励んだ方が、レベルを上げるよりも有効だと多くの者が判断したのだろう。
だが僕は淡々とレベルを上げ続けた。
PTを今後も組めるかどうかなど、その時点では皆目見当もつかなかったため、なんとかソロで生きていくためには、強くなる必要があったからだ。PTを組む友達が出来ないからと言って、止めるには惜しいゲームだと思ったものである。
――そのため僕は、ギルドに参加するタイミングを失った。
結果、βテストが終わった時、僕は総合ランキング一位、魔術師ランキング一位、ソロランキング一位という成績で、街に張り出されるランキング表に名を残した。
とはいえその時点ではまだ、
「一位って言っても魔術師、しかもソロ。すぐにランクは下がるだろうし、足手まといになるだろう」
「寧ろそこまでレベルを上げるなんて気持ち悪い」
という評価しかつかなかった。
King of 〝ヒキ廃ニート〟。
それが僕についた最初の通り名だ。
そしてさらに正式開始後、僕に近づいてくる人――話しかけてくれる人は減った。
幸いゲームの正式開始を経て、《常闇の森》以降のフィールドは、大陸クエスト……プレイヤー開放型クエストといって、誰かがクエストを一度クリアすれば、クエスト未消化でも範囲エリアに入ることが可能になるものが増えた。
なので僕は、PTを組まなければならないクエスト、たとえば個人クエストの中でのダンジョン攻略ものやBOSSの討伐系を基本的には引き受けず、誰かの手で新しく開放されたフィールドに移動して、淡々とレベル上げに励んだ。
勿論PTを組んでクエストを消化した方が、もらえる経験値は格段に多い。
しかしフィールドでレベルを上げた後であれば、本来であればPT必須の個人クエストも単独でクリアできる。
そのため、ソロでこなしている僕にとっては、効率よく経験値を稼ぐことよりも、とにかく自分のレベルを上げることが最重要課題となった。
それこそ効率よく経験値を稼げばレベルが上がるのも早くなるが、僕の目的はこの時には既に、単独で個人クエストをクリアすることに変わっていたのだと思う。基本的には攻略や討伐系を引き受けないとはいえ、全くやらないと、後続の個人クエストに進めないので、いつかは挑戦しなければならないからだ。
ランキングは三ヶ月に一回更新される仕様だそうで、一位の僕は最初こそ少しタウンチャットで名前を囁かれた。だが、正式サービス以後は人もかなり増えたため、次第に僕は目立たなくなった。
目立ったのは、魔術師はドM職だという評判だ。
ちなみに正式オープン後一ヶ月の時点で、僕は再びレベルキャップに到達したので、掲示板や攻略サイトでゲーム情報を集めながら、料理と薬師という生産スキルのレベルを上げはじめた。
二ヶ月目の時点で、二つの生産スキル共にレベルキャップに到達。
レベルキャップとは、一定レベルまでレベルが上がると、大型アップデートやイベントによって、レベル制限が解除されるまで、レベルが上がらなくなる仕様だ。
レベルキャップ解放まで残り一ヶ月。
次のランキングの更新にあわせて、またレベルキャップが解放されるそうだったので、僕は残っている個人クエストを消化するため、漸く重い腰を上げることにした。
――やはり、どこかギルドに入った方がいいかもしれない。
一人でクエストを消化しつつもそんなことを考えるようになったのは、俗に言われる第二次魔術師争奪戦争の頃だった。
第一次のβ時は、一人で狩りをしていたのでそんな騒動には気がつかなかった。
しかし、第二次は掲示板経由で、その騒動を知った。
やはりPTを組んでいても、ギルドに入っていても、魔術師の育成が難しいことには代わりがなかったらしい。大半が、魔術師という職に挫折し、回復職に転向しているのだという。
レベルキャップが低いレベルにある内は、後から始めたプレイヤーも先に始めていた人々のレベルに追いつきやすいし、別キャラクターを新しく育成しても、頑張ればすぐに元々のキャラと同じレベルになれたりする。
その中でも回復職である聖職者は、先頭に引っ張りだこだから、レベルが上がりやすい。
魔術師とは違って羨ましい。
魔術師は特に、まともに火力としてカウントできるようになるレベルまで上げるのが大変だからだ。
――と言うことは、いくら不名誉な通り名を持つ僕でも、入れてくれるギルドもあるかもしれないし、そもそもコミュ障ゆえにソロばっかりだった僕の存在なんてそろそろみんなから忘れられたのではないだろうか。
初心者の素振りで、ソロとか好きじゃありません、って顔をして。
そんな態度をなんとか身につけたら、不名誉な通り名のことなど忘れて、普通に接してもらえるかもしれない。
だけど団体行動なんて出来るだろうか、僕に。
なんて考えていた頃、レベルだけを見て勧誘してくれたのだろう唯一の某ギルドの中に、散々僕を『足手まといの魔術師w しかも廃レベル』とタウンチャットでみんなに聞こえるように喋って嘲笑っていたプレイヤーがいるのを見つけ、僕は躊躇した。
どうしよう、怖い。
その日は、溜息をつきながら、結局ソロで、僕は個人クエストを消化にするために移動を開始した。
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