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【SeasonⅠ】―― 第四章:読んではいけない本 ――
【031】ぼくの目指す大人
しおりを挟む哀名とわかれて家に入ると、お父さんと亮にいちゃんの声が聞こえてきた。
「高校をやめて働きたい? どうして?」
「……これ以上、迷惑をかけたくなくて」
「迷惑だなんて思っていない。何度もそう言っているだろう? 望むなら、高校だけじゃなく、そのあとだって、大学だって専門学校だって、好きにしたらいい。余計なことは考えず、なりたい職業を見つけるんだ。そのためにも、本当は行きたい高校をやめる必要はないよ」
「だけど、俺は父さんの本当の子じゃ――」
「亮は俺の子だ。俺はそう思ってる。だから何も心配しなくていい」
なんの話だろう?
亮にいちゃんの声は不安そうにしずんでいるし、お父さんはちょっとおこっているみたいだ。ぼくは音を立てないようにスニーカーを脱いだ。そしてしずかにリビングのドアまで近づいてみる。少しだけ開いていたドアの向こうで、二人はやっぱり怖いような悲しいような顔をして向かい合っていた。
ぼくは空気を変えた方がいいだろうか?
まじめなお話をしていたら、空気を変える方が、〝子ども〟だ。
――だけど。
図書館で読んだ本を思い出す。ぼくの今までの判断は、ただのおくびょうものの行いだ。ぼくの目指す大人とはちがう。ぼくは、二人には笑っていてほしい。だからじっくりと考えて、普通に部屋に入ることにした。ぼくに話してくれると二人が決めたならばそれでよいし、ちがったら、ぼくの中での答えが出るまで考えればいい。
「ただいま」
ぼくが声をかけると、二人がハッとした様子で息をのみ、顔を見合わせた。
「瑛……お、おかえり。今日は、その……ラザニアをこれから焼くんだ。準備はできてる」
亮にいちゃんがそう言うと、お父さんが立ち上がった。
そしてぼくの前に立つと、ぽんとぼくの頭の上に大きな手を置いてから、少しかがんだ。
「瑛。聞いていたのか?」
「少しだけ」
「どう思った?」
「少ししか聞いていないから、内容は分からなかった。亮にいちゃんが、高校をやめるっていうお話でしょう?」
「そうだ。瑛はどう思う?」
「ぼくは、本当は行きたいなら、やめない方がいいと思う」
「そうだろう? 父さんもそう思う」
そう言ってお父さんが亮にいちゃんを見ると、目をそらして、亮にいちゃんはキッチンに行ってしまった。ぼくはテーブルの上にある白い紙を見る。『 進路希望調査書』とかいてあった。
「瑛、なにがあっても、瑛は亮がお兄ちゃんだと思うよな?」
「うん。亮にいちゃんは、ぼくのお兄ちゃんだよ!」
「そうだな。ああ、そうだよな」
お父さんが優しい顔をして笑った。ぼくはその理由が分からなかったけど、亮にいちゃんがぼくのおにいちゃんだというのはわかる。
この夜、亮にいちゃんが作ってくれたラザニアも、美味しかった。
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