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――第二章:花が咲く庭――

【九】

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 そう言うと、ゼルスが僕の顔を覗き込んできた。唇が近づいてくる。目を丸くして、僕は端正な顔のゼルスをじっと見ていた。唇が触れあいそうな距離で、ゼルスが動きを止めた。そして不意に柔らかく笑った。

「キスをしても良いか?」
「……分からない」

 僕はキスをした事が無いから、判断がつかなかった。するとゼルスが苦笑した。

「嫌ならばしない」
「嫌じゃないよ。ただ本の挿絵でしか見た事が無いから。キスをすると、どんな風になるの?」
「してみれば分かる。嫌じゃないんだな?」
「うん……ン」

 その時、ゼルスの唇が、僕の唇に触れた。柔らかな感触がして、僕は咄嗟に目を閉じた。ゼルスはそんな僕の頬に触れると、今度は角度を変えて、また唇に唇で触れた。温かくて、なんだか照れくさくて、僕は目を開ける事が出来なかった。

「……っ、は」
「これがキスだよ」
「うん……」

 頷いた僕を、ギュッとゼルスが抱きしめた。僕はその腕に手を添えて、額を胸板に押しつける。頬が熱い。

「もっとキルトの事が欲しい」
「どうすれば、僕は僕をゼルスにあげる事が出来るの? それは結婚とは別なの?」

 僕には分からない事だらけだ。首を傾げて僕が問いかけると、ゼルスが片目だけを細めて、微苦笑した。

「結婚すれば、公的には、俺だけのキルトだと示せるな。それは一つの手段だ。が、俺は一番には、気持ちが欲しい」
「僕は、ゼルスが好きだよ。まだ足りない?」
「足りない。俺はどんどん貪欲になっていくらしい。キルトに求められたい」

 それを聞いて、僕は飛んでいる蝶を一瞥した。蝶は花の蜜を求めるのだったと思う。ゼルスも花のように、僕に何かを求められたいのだろうか。これまで僕は何も持たず、与えられるだけの生活を送ってきたから、自分から何かを欲するという気持ちが、よく分かっていない気がする。僕にはこれまでの間、その権利が無かったのだ。

「僕は、求めて良いの?」
「勿論だ。キルトの望みならば、俺は叶える。可能な限り、叶えたい」
「どんな事を望んだら良い?」
「それはキルトの心のままで良いんだ。何かして欲しい事はあるか?」

 その言葉に、僕は暫しの間考えていた。そうして、ゼルスの顔を見上げた。

「もう一回、キスをして」
「!」
「ゼルスの温度が好きみたいだ――ッ!」

 僕が言い終わる前に、ゼルスが僕の唇を塞いだ。驚いて小さく口を開けると、ゼルスの舌が入ってきた。

「ぁ……っ、ッ」

 驚いていると、舌を舌で絡め取られた。目を伏せたゼルスの長い睫が見える。ねっとりと口腔を貪られていると、僕の体の奥がツキンと疼いた気がした。どんどん全身から力が抜けていくから、思わずゼルスの胸元の服を掴む。ゼルスからは爽快な良い匂いがする。

「っ、ぁ……は、ッ」

 漸く唇が離れたと思ったら、再び角度を変えて口づけをされた。歯列をなぞられ、舌を引きずり出され、甘く噛まれる。そうされると僕の体からは本格的に力が抜けた。

 そのまま何度も深く口づけをされて、僕はふわふわした心地で、ゼルスの腕の中に倒れ込んだ。

「これで満足か?」
「……」

 甘いゼルスの声に、僕は真っ赤なままで目を閉じた。胸が無性に満ちている気がした。

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