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――第二章:花が咲く庭――
【七】
しおりを挟む外へと出て、道を歩きながら、僕は長く吐息した。見上げた空には、雲が無い。本の挿絵には、大体雲が描いてあったから、僕は不思議だった。
「ねぇ、ゼルス。雲は無いの?」
「快晴というのは、雲量が一割以下だと気象魔術師が判断した日の事で、今日の新聞にはそう書いてあったから、あまり無いはずだ」
「気象魔術師? 魔術師はいっぱいいるの?」
「ん? ああ。医療魔術師もいれば、検察魔術師、警察魔術師、様々な職の魔術師がいる」
「そうなんだ。ゼルスは魔術師? 前に、この薔薇に、魔術を込めたって言ってたけど」
僕は首から下がる青銅色の薔薇に、片手で触れた。すると、僕を一瞥し、小さくゼルスが頷いた。
「スヴェーリア王族は、皆が魔術師だ。尤も平時は、王宮の公務の他は、俺は外交官として働いているから、あまり魔術を使う機会は無いが」
「それは何魔術師?」
「俺であれば翻訳魔術師が本業と言えるのかもしれないが、王族は、あまり職業魔術師名では呼ばれない」
「そうなんだ。ねぇ、ゼルス」
「なんだ? 何でも聞いてくれ」
「――雲は、何色?」
僕には、分からない事の方が多い。それは塔を出ても変わらない。すぐには変わらないだけなのか、これからは変わるのかも、まだ分からない。
「白や灰色、橙や紺、紫色が多いと俺は思ってる。空は、毎日表情を変えるんだ。何色に見えるか、これから自分自身の目で見てみると良い」
ゼルスは穏やかに笑うと、僕の腕を引いた。
「よし。ここが庭園の門だ。大丈夫か? 足は痛くないか?」
「大丈夫。これが、門……。白い煉瓦を門と言うの?」
「敷地と出口を区切る場所、出入り口を門と言うのだったか――目印の一つだ。門には様々な形態がある。しかし難しいな。キルトと話していると、自分の知識の漠然としている部分に気づかされる。俺はもっともっと勉強しておく事にする」
喉で笑ってゼルスが、僕を門の中に促した。足を踏み入れた瞬間、僕の身につけたイヤーカフスが光り輝いた。また、そこから先には、後ろを歩いていた近衛騎士がついてこなかった。ゼルスのカフスも輝いていた。
「ねぇゼルス。今の光は?」
「ああ。王家の一員であると認識する魔術だ。結界が判別した光だ」
「? あの、僕が聞きたかったのは、何色かって事で……沢山の色があったよ」
「虹色だ。いつか説明しただろう? そうだ。今度、よく似た色を見せるシャボン玉を見に行こうか」
「シャボン玉? それは、お風呂の泡で作るのと同じ?」
「もう少し大きい。王都の大通りで、シャボン玉を飛ばす道化師がいるんだ。彼は一流の芸術家だと俺は思っている」
ゼルスは本当に様々な事を知っている。頷き、僕はその日を楽しみにしていようと決めた。
「暫くは、襲撃の危機があるから、王宮に滞在する事にはなるが――……やはり、俺のせいだったのだろうか」
「ゼルスのせい? どうして?」
「俺が君を欲しいと望んだ。運命の番でなくとも現行法では結婚可能であったからな、俺には政略結婚の話も絶えなかったんだ。君を誰かが排除しようとしたのかもしれない。もし俺のせいで君が危険な目に遭ったのだとすれば……俺は自分が不甲斐ないという思いよりも、『敵』に対する怒りの制御に苦労しそうだ」
その時、ゼルスが初めて見せる顔をした。どこか氷のような瞳で遠くを見ていた。僅かに僕の背筋が、ゾクリとした。冷や汗が浮かんでくる。ゼルスが、いつもとは違う人に見えた。僕の知らない人に、見えたのだ。
「――ああ、悪い。なんでもない」
しかしすぐにゼルスはいつもと同じ優しい顔に戻り、それから怯えている僕を見ると苦笑した。
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