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――第二章:花が咲く庭――
【四】
しおりを挟む「この後は、謁見に行こう。俺の家族に会って欲しい」
「謁見……」
「父である国王陛下は、いつも朝の九時から謁見の間にいるんだ。今日は十時に、約束を取り付けてある。あと十五分ほどだ。移動があるから、そろそろ出よう」
ゼルスは何でもない事のように述べたが、僕は少し緊張した。国王陛下というのは、このスヴェーリア王国で、最も偉い人の事だ。僕のような欠陥品……ではないのかもしれないが、そう言われて育ってきたΩが会うには、恐れ多いように思うのだ。
「怖い人?」
「俺が一緒にいるんだから、何も恐れる事は無い。父上はなぁ……厳格な所はあるが、根は優しいぞ。特に母上の前では終始顔を緩ませているしな」
小さく吹き出すようにゼルスが笑ったのを見て、僕は曖昧に頷いた。既に僕には両親の記憶がほとんど無いから、照れくさそうに語るゼルスを見ていると、心が温かくなってくる。
こうして食後、僕達は部屋を出た。緋色の絨毯の上を、僕達は歩く。僕の腰に触れ、促すようにしながら、ゆっくりとした歩幅でゼルスは歩いている。僕の歩幅に合わせてくれているのだと分かった。僕はもう少し速く歩いた方が良いだろうか?
だが、栄養剤を飲んで筋肉を維持してきたとはいえ、僕は長距離を歩いた事がほとんどない。だから歩くだけでも、とても必死だった。速度にまで気を回す余裕は正直無い。
「ごめんなさい」
「ん? どうしたんだ、キルト」
「僕、遅い……歩くのが」
「気にするな。自分のペースが一番だ。もしかして、歩くのが辛いか?」
「ううん。歩くのは楽しいよ。僕は、ずっと歩いてみたかったんだ」
「そうか。ならば少しずつ覚えていけば良い。無理にこれまでの生活を変える必要は無いが、やりたい事をこれからは自由に行って良いからな。俺がついてるから」
心強い気持ちになりながら、僕は小さく頷いた。その後は階段を降りて、一階の回廊を抜けてから、謁見の間へと向かった。豪奢な飴色の扉の前には、近衛騎士らしき人々が控えていて、扉を開けてくれた。同じ格好の騎士が一人、僕とゼルスが部屋を出てからも、ずっと後ろをついて歩いていたのを、僕は知っている。
中へと入ると、黒地に金縁の細い絨毯が、最奥の台座の上まで伸びていて、三段ある階段の上に玉座があった。そこに、壮年の国王陛下が座っていた。ゼルスとよく似た暗い緑色の瞳をしていて、どこか顔立ちも似ている。
ゼルスは僕の手を握ると、真っ直ぐに正面まで歩き、台座の下で深く頭を垂れた。僕も慌ててそれに倣う。
「面を上げよ」
「おはようございます、父上」
「ああ。その者がキルトか?」
「はい。キルト、ご挨拶を」
慌てて頭を上げ、僕はぎこちなく頷いた。
「キルトです。その……はじめまして」
僕は言葉を知らない己を呪った。どう挨拶をすれば良いのか分からない。だからゼルスと繋いだ手に、ギュッと力を込めた。
「ゼルスの父だ。今後はキルトの義父ともなる者だ。私達は家族となるのだから、そう硬くなるな。所で、ゼルス。既に誓約の百合は渡したのか?」
「父上に婚約と結婚の許しを貰ってからと考えていました」
「私の許しが無ければ、手放せるのか? キルトを」
「無理です。そうなれば、俺は王家から出ます」
「そうか。無論、認めよう。ゼルスが初めて選んだ相手であるからな。運命の番だと明らかならば、誰にも止める権利などありはしない」
二人のやりとりを聞きながら、僕は黙って立っていた。
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