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――第一章:籠の中の鳥――
【十六】
しおりを挟む時計の音が、十九回響いた。僕が塔を出るはずだった時間が来たのだ。僕はテディ・ベアを抱きしめたまま、静かに変わって暫く経つ、部屋の外の様子を窺った。ベリアルはどうなったのだろう? テロリスト達は、まだいるのだろうか?
と、そう考えていた時、寝室の扉が開く音がした。一気に緊張して、僕は唾液を嚥下する。足音が、真っ直ぐに、僕の方へと向かってくる。その気配は、クローゼットの前で止まった。ギシと、扉が啼く。すくみ上がった僕は、テディ・ベアを強く強く抱きしめた。魔導灯の明かりが入ってきた瞬間、怖くなって僕はギュッと目を閉じた。
「キルト」
すると、聞き慣れた声がしたから、僕は全身から力を抜きながら、目を開けた。屈むようにして僕に手を差し出しているのは、ゼルスだった。
「ゼルス!」
「迎えに来るのが遅くなって悪かったな」
「テロリストはどうなったの?」
「王国騎士団が制圧した。今は扇動者を探している。このタイミングだからな、俺のせいかもしれない」
「? それと、あの……ベリアルは?」
「――案内人は病院に搬送された。俺に、このクローゼットの中に、君がいる事を教えてくれた時、すぐに救護班に連絡を取ったんだ。重傷だったが、命に別状は無い」
「本当?」
「ああ。心配するな。すぐに会える。まずはここを出て、安全な場所に行こう。おいで」
ゼルスが僕の手首に触れた。ゆっくりと立ち上がった僕は、膝が震えている事に気がついた。すると僕の腰を、ゼルスが支えてくれた。
「直接触れるのは、これが初めてだな。この形は予想していなかった。兎に角キルトが無事で良かった」
そう言うと、ゼルスがテディ・ベアごと僕を抱きしめた。僕はギュッと目を閉じて、ゼルスの腕の中に収まる。ガラスの壁が無いから、温かいゼルスの体温を直に感じた。力強く回されている手が、僕の背中を安心させるように撫でる。
「行こう」
こうして、僕は支えられて、ゼルスと共に歩き始めた。ゼルスは、温室へと通じる螺旋階段へと僕を促す。見慣れた花々だったが、室内に光が無いせいで、いつもより冷たく見える。床には、ポタポタと血が垂れていた。怖くなってゼルスの腕の袖をギュッと握る。
「塔の人達は、どうなったの?」
「負傷者は多いが、死者は出なかった。それが幸いだったな。たまたま俺が早くこちらへ訪れたから、伴ってきた騎士達が制圧に動いてくれたんだ。王国騎士団は強い。連携も取れているから、すぐに本部から応援も駆けつけた」
「無事……それなら、良かった」
僕は先程入ってきた青年を、ベリアル以外には初めて見たのだし、塔の人々の事は顔すら知らない。けれど今までの間、僕に見えない形とはいえ、世話をしてくれたのは、紛れもなく彼らだ。
「今夜は王宮に連れて行く。元々は俺個人の邸宅に連れて行く予定で挨拶は後にと考えていたんだけどな、護衛の観点から考えると、王宮に勝る場所は無い」
「王宮? それは国王陛下や王子様が暮らしている所?」
「そうだよ」
「ゼルスは王宮で働いてるの? 働いている人にも家があるの?」
「話していなかったな。俺は、現スヴェーリア国王第三子、第二王子なんだ。ルカス兄上が第一王子だ」
「え?」
驚いて僕が目を丸くすると、苦笑するようにゼルスが笑った。
「プロポーズは、改めてさせてもらう。が、君もまた、今日から俺の伴侶、王家の一員となる。騎士達が――そして俺自身も、キルトを守る。もう心配はいらない」
その後、僕達は塔を出た。僕は初めて、夜空と星、月を見た。川のように広がる小さな星、三角形を描いているように見える大きな星、そして白い月。夜空とは、こういう色をしているのだなと驚いていたら、襲撃の衝撃が少しだけ消えた。
そうして僕達は、馬車へと乗り込んだ。これが、新たなる始まりへの一歩となった。
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