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――第一章:籠の中の鳥――

【七】

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 午後は別の見学者が来るのだろうと、僕は考えていた。見学者達は、午前と午後にそれぞれ別の顔ぶれで訪れる。だから僕は、リビングで案内人が呼びに来るのを待っていた。

 しかし、午後の見学が始まりを知らせる十四回の鐘の音が響いてからも、案内人は訪れなかった。何かあったのだろうかと思いながら、僕はずっと螺旋階段に通じる扉を眺めていた。鍵が開く気配は無い。

 そのまま午後の五時となり、夕食が運ばれてきた。このような事は、今まで塔に来てからは、一度も無かった。不思議に思いつつトレーを手に取り、ソファに座す。テーブルに載せたトレーの上には、パンとバター、トマトと豆のスープ、キャベツとトウモロコシのサラダの皿がある。

「食事だけは、いつもと同じだ……でも、今日は見学者がゼルスだけだった」

 まじまじと僕は皿を見て、パンを手に取る。バターを塗りながら、首を捻った。何か、制度が変わったのだろうか。僕への扱いが変化したのだろうか。それとも、偶然や塔の都合なのか。答えを導出出来ないまま、僕は食事をした。

 その後は入浴を済ませてから、読みかけの本を手に取った。そこには、このスヴェーリア王国の成り立ちや、王室について記されている。

「国王陛下……王子殿下……陛下と殿下は、どう違うのかな?」

 初代から書かれている名前を追いかけながら、僕は何度も思案した。時には、閣下という言葉もある。敬称らしいと、漠然と理解する。この本には、二十二世紀の最初の国王陛下までの家系図が記されていた。

「この名前は、別の本では、前国王陛下と書いてあったような気がする……それに初頭という事は、今から十年くらいは前じゃないかな」

 推測を呟いた僕は、別の国王陛下の名前を思い出そうと試みた。現在の国王陛下こそが、Ωの隔離保護政策をより強く推進させたのだと、別の本で読んだのだ。Ωの歴史や存在意義についての学習書は、定期的に塔から『絶対に読むように』として配布される。

 知識制限の多くは、魔術に関する事柄だ。だから僕は、魔力を持つけれど、魔術を使う事は出来ない。それは魔力持ちのΩの多くと同じであり、Ωの存在意義は、強い魔力を持つαを産む事なのだと教わる。

 そう想起してから、僕は眠る事に決めた。きっと明日になれば、いつも通りになるだろう。僕の日常には、変化は無いはずだ。今日が例外だったに違いない。

 ただ漠然と、『次』が本当にあれば良いなと感じていた。また、ゼルスと話がしたい。例えば、外にはどんな食べ物があるのか、天候とは実際にはどのようなものなのか、そうした事柄を、教えてもらいたい。

「聞きたい事が、沢山あるみたいだ。僕は話すのは得意じゃないけど、教えてもらう事なら出来そうだ」

 ワクワクした気持ちが甦ってきたが、僕はすぐに毛布を抱きしめ、その思考を振り払う。次は、無いかもしれないからだ。期待をして悲しい気持ちになるよりも、あまり期待せず楽しい記憶を抱いて過ごす方が、僕にとっては優しいのではないかと考える。

 けれどそんな風に思う時点で、僕は期待しているのだろうし、ゼルスがまた来てくれる事を願っているのだと、自覚もしてしまった。

「会いたいなぁ」

 誰も聞く者のいない僕の呟きは、室内でとけていった。



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