6 / 27
――第一章:籠の中の鳥――
【六】
しおりを挟む不意に告げられた言葉に、僕は小さく首を傾げた。お伽噺では、僕も読んだ事がある。αとΩの中には、『運命の番』と呼ばれる間柄が存在するらしい。だが、塔で渡されている学習書には、運命は存在しないという記述があった。
Ωはαにうなじを噛まれれば、その相手と番う事になる。見学者の内、Ωを購入したαこそが唯一の存在となるから、運命は幻想なのだと書いてあった。購入後は、αに尽くし子を産む事が、Ωの使命なのだという。
しかし僕のように発情期が訪れない、妊娠可能性が低いΩは、選ばれる事は無い。発情している最中ならば、αに抱かれればほぼ九割の確率で妊娠するそうだが、思春期に自然と訪れるはずの発情期が来なかったΩの場合は、不妊である事が多いらしい。個人差はあるそうだが、見学者達は基本的に、発情期を迎えたΩ以外は購入しない。元々Ωを求める目的は、αの後継者を得るためだからだ。いくら僕に魔力があっても、僕は発情しない限り、『唯一』に出会う事は無いのだ。
「運命は無いと習ったよ。代わりに唯一があるんだって」
「唯一?」
「見学して、僕を買って、うなじを噛む人。だけど僕は欠陥品だから、きっと唯一に巡り会う事もないんだ」
僕がつらつらと続けると、ゼルスが透き通るような瞳でこちらを見た。まじまじと眺入られて、視線を合わせながら、僕はゼルスの顔を眺めていた。
「俺は『運命の番』がいると、今では確信している」
「ゼルスには、そう直感したΩがいるの?」
「そうなるな。俺だけの相手だと、今は確信している」
「それは、好きという事?」
「ああ。そしてその相手に、俺は自分を好きになって欲しい」
「恋?」
「正直、一目で惹きつけられた。今はまだ平静を装っていられるが、激情に飲まれる日が、そう遠くない予感がしているんだ」
見学されるだけの僕には、恋愛感情は遠い存在であるから、概念でしか理解出来ない。お伽噺では、αと幸せになるΩが描かれる事は多いが、僕にはそれは、遠くのお話でしかない。
「恋って、どんな感じがするの?」
「ずっとそばにいたくなる。もっと話をしていたくなる」
「ゼルスのお話は面白いから、きっと上手くいくよ」
僕が励ますと、ゼルスは虚を突かれたような顔をした。それから破顔すると、片手の掌でガラスに触れた。
「キルトに楽しんでもらえているのならば、良かった」
「うん。本当に楽しいんだ。僕は誰かと、こんな風にお話をした事が無いから。ねぇ、ゼルス。ゼルスは、普段どんな風に過ごしているの? 僕にも聞いたんだから、教えて」
両頬を持ち上げてから、僕は椅子から立ち上がった。そしてゼルスの正面に立ってみる。この行為すら、僕には初めての動作だ。ゼルスは思いのほか身長が高い。だから見上げる形となる。緑色にも見えるゼルスの瞳を、僕はじっと見つめた。
「俺の事を知りたいと思ってくれて嬉しい。そうだな、簡単に言えば、仕事三昧だ。王都にいる今は、比較的ゆっくりと過ごす事が出来ているけどな」
「どんなお仕事?」
「書類と格闘している」
その後、鐘が十二回ほど鳴って、昼食の時間が訪れるまでの間、僕はずっとゼルスと話をしていた。こんなにも長く他者と話したのは初めてで、僕は楽しく明るい気持ちになっていた。
「また来る」
そう言って、ゼルスは帰っていった。
1
お気に入りに追加
322
あなたにおすすめの小説


上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載




王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる