7 / 11
―― はじまりの詩 ――
【6】古代の言語文明圏
しおりを挟むそのまま、昼食の時間になった――即ち自由行動が許可されている時間だ。
俺は支給品のスマホを片手に、席を立つ。
そして一つ上のフロアにあった、DGSEの出向室へと向かった。俺一人しか来ている者はいないから、ここはほぼ、俺の専用の部屋だといえる。一応、まだ『来ている』という扱いだが、あと四年ほどしたら、俺は日本人になるそうで、そうなれば、この部屋は俺のものではなくなるのだろう。
朝、コンビニで買ってきたサンドイッチの封を切り、ツナサンドを食べてから、俺はスマホを見た。そこには、夏瑪夜明教授の詳細な情報が送られてきていた。
一体、オロール卿と思しき教授は、どんな研究をしているのか。
まずはそれを確認しようと決めたのである。
……。
順を追って確認すると、研究内容は、以下のようなものだった。
近年――以前より、歴史こそ学問としては浅いが、この日本という国では、岩刻文字が発見されていたのだという。分布が多いのは、主にアイヌ民族が暮らす北海道近辺と、九州、沖縄であるそうだ。日本の南側では、主に、神社や神聖な場所――特に立ち入り禁止とされてきたような場所で、発見される事が多いらしい。ここまでは、夏瑪教授の研究ではなく、歴とした他の考古学者の研究から明らかになっているのだという。
夏瑪教授の研究によると、アイヌ民族の暮らす地域の他――北海道在住以外で蝦夷と過去に呼ばれた、日本古来の民族の住居跡にも、この岩刻文字を見出す事が可能なのだという。その蝦夷の居住地として、夏瑪教授が対象にしているのが、日高見国という、関東以北から東北のどこかにあった日本の古代の国であるという。一般的には、縄文時代の人々の血を色濃く受け継いでいると考えられている存在のようだ。
記紀によれば、日高見国は、倭国と併合され、その後、現在の日本という国になったのだという。この中で夏瑪教授が疑問を抱いたのは、蝦夷の支配する日高見国側からも、倭国が元となる出雲側からも、どちらの側からも、同一の岩刻文字が出土――どころか、今も飾ってあるという部分であるようだった。
片側が戦に敗れた、というような意味合いではなく、広く――岩刻文字は分布している。また、この岩刻文字自体は、環太平洋の各地で広く見つかっているわけで、古の時代に、海洋国家――それは統一の国家というニュアンスではなく、同じ言語圏に属する一つの文明が存在していたのではないかという、これも夏瑪教授のものではない研究結果が先に存在している。
つまり、縄文時代の日本も、環太平洋に広がる、ある岩刻文字の言語圏に属していたのではないかというのが、ペトログリフ研究の終着地点である。
それを、日本という国では、漢字伝来前の、神代文字と読んだり、神聖な古代の神の言語として、守ってきたのではないかという論説は、目新しいものでは無いようだった。夏瑪教授の研究で目新しいといえるのは、アイヌ以外の蝦夷地が、必ずしも海に属さない地域を対象としている事である。
縄文時代は、非常に長い。これは、原始時代が長いというのとは、少し話が異なる。
さて、この岩刻文字であるが――まさしく、シュメール関連の遺跡で発見される文字と同一なのである。シュメール文明というのは、紀元前3500年前頃の、メソポタミア文明の初期を指している。一方の、縄文時代は、紀元前15000年前頃から紀元前2300年頃を指している。そして、縄文時代のより古いペトログリフから、シュメールの文字が発見されているわけである。しかしこれは、日本からその言語が各地に伝わったという話ではない。あたかも紀元前3500年前頃に、シュメール文明は突如として起こったように言われているが、それまでの積み重ねが、その頃より顕著に、遺跡として見つかっているという話のようであるらしい。
重要な論点は二つであり、ひとつは、縄文時代は、シュメールの言語が、シュメール文明の遺跡で見つかっているよりもはるか以前から存在した事を伝える貴重な文明なのではないか、さらにはその言語圏は、イラクから日本という広範囲にまで広がる、非常に大きな文明圏だったのではないかという事柄である。そしてもう一つは、日本は言語にしろ神話体系にしろ、独自発展してきたのではないかと考えられてきたが――事実であるならば、神話的観点においても、言語体系においても、この、古代の文明圏の影響を受けてきたのではないか、という部分である。
つまり、日本語は、漢字表記されているが、もともとの発音や読み方といったものは――シュメール語を色濃く残しているのではないか。これは、オカルトチックになるが、日ユ同祖論に繋がる論争であるという。例えば、皇(スメラギ)がシュメールであるといった論争だ。ユダヤというのは、ユダヤ教を信仰する人々の事である。しかしここでいうユダヤとは、旧約聖書でいう、アブラハムを祖とした、メソポタミア――即ちイラクから、移住していった渡り歩く人々の事である。
極東亜細亜に、ユダヤ人が移動した痕跡は、存在している。例えば、中華圏の秦氏は、日本にも渡来している、古代の基督教徒だとされている。大陸を経由したのであれ、海を経由したのであれ、この日本という国の、神道や仏教の根幹に――アブラハムの宗教とされるような、旧約聖書の影響、正確には旧約聖書を形作ったとされるシュメール文明の神話が影響を与えている可能性があるのだ。
シルクロードよりもはるかに古い時代にあって、まるで現代社会さながらの交流があったならば――というのは、ロマンティックに思えるかも知れない。ただ、心理学で解く、集合的無意識で、遺伝的に皆が同じ神話を思い浮かべるといった概念と比べるならば、遺伝的記憶よりも、交流があったと考える方がわかりやすい。
現代社会において、各国と交流している文明が、こうして存在しているわけであり、過去に存在していたとしても、不思議はない。何もそれは、現在のような科学力を必要とはしない。航海に関しては、水の蓄えなどがあれば可能であるし、それには縄文土器という優れた当時の文明の利器がある。わざわざ危険な航海を犯した理由も、当時の日本の気候変動――噴火と時期が一致し、実際に海外の、例えばエクアドルで出土した土器の話も存在する。
遺伝学的にも、白血病研究や、ミトコンドリア、Y染色体、そうした医学的な研究から、アイヌ民族とシカン王国、インカ帝国と日本――古代のアメリカ先住民との医学的な研究も存在している。しかしこれは、日本がそちらに強く干渉した、という意味合いではなく、日本も含めた『世界』が、当時から交流を持っていたという論説だ。あるいは偶発的に流れ着いた場合もあるだろう。オカルトではなく、事実としての交流の痕跡を、現在探している人々がいるようだ。
――その、探し求めている痕跡が、日本には数多く残されている。
それらを夏瑪教授は、もともとは、追い求めてきたらしい。別段彼は、日本人が日ユ同祖論で囁かれるような、失われた十部族といった、オカルトに興味があるわけでは無いようだ。彼の著作の、著者紹介の部分に一言あった。
『長い刻を生きる上で、時間の有効な使い方を検討した刻、それは私にとって、人間の歴史を振り返り探求する事だった』
と、ある。これを、『吸血鬼』の言葉として、ほぼ不老不死の存在の言葉として捉えると、興味深いなと俺は思った。人間では、知見を積み重ねて遅々としか進まない歴史研究は、確かに吸血鬼には向いているのかもしれない。
「縲くん! ここにいたの!?」
ノックの音がして、扉が開いたのは、その時のことだった。入ってきた紗衣に視線を向けながら、俺はスマホを鞄にしまったのだった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
エロゲソムリエの女子高生~私がエロゲ批評宇宙だ~
新浜 星路
キャラ文芸
エロゲ大好き少女佐倉かなたの学園生活と日常。
佐倉 かなた
長女の影響でエロゲを始める。
エロゲ好き、欝げー、ナキゲーが好き。エロゲ通。年間60本を超えるエロゲーをプレイする。
口癖は三次元は惨事。エロゲスレにもいる、ドM
美少女大好き、メガネは地雷といつも口にする、緑髪もやばい、マブラヴ、天いな
橋本 紗耶香
ツンデレ。サヤボウという相性がつく、すぐ手がでてくる。
橋本 遥
ど天然。シャイ
ピュアピュア
高円寺希望
お嬢様
クール
桑畑 英梨
好奇心旺盛、快活、すっとんきょう。口癖は「それ興味あるなぁー」フランク
高校生の小説家、素っ頓狂でたまにかなたからエロゲを借りてそれをもとに作品をかいてしまう、天才
佐倉 ひより
かなたの妹。しっかりもの。彼氏ができそうになるもお姉ちゃんが心配だからできないと断る。
追憶の君は花を喰らう
メグロ
キャラ文芸
主人公・木ノ瀬柚樹のクラスに見知らぬ女子生徒が登校する。彼女は転校生ではなく、入学当時から欠席している人だった。彼女の可憐ながらも、何処か影がある雰囲気に柚樹は気になっていた。それと同時期に柚樹が住む街、枝戸市に奇妙な事件が起こり始めるのだった――――。
花を題材にした怪奇ファンタジー作品。
ゲームシナリオで執筆した為、シナリオっぽい文章構成になっている所があります。
また文量が多めです、ご承知ください。
水崎ソラさんとのノベルゲーム化共同制作進行中です。(ゲームやTwitterの方ではHN 雪乃になっています。)
気になる方は公式サイトへどうぞ。 https://mzsksr06.wixsite.com/hanakura
完結済みです。
求不得苦 -ぐふとくく-
こあら
キャラ文芸
看護師として働く主人公は小さな頃から幽霊の姿が見える体質
毎日懸命に仕事をする中、ある意識不明の少女と出会い不思議なビジョンを見る
少女が見せるビジョンを読み取り解読していく
少女の伝えたい想いとは…
申し訳ないが、わたしはお前達を理解できないし、理解するつもりもない。
あすたりすく
キャラ文芸
転生して、偶然出会った少年に憑依した女性が、転生した世界の常識とか全部無視して、ルールを守らない者達を次々と粛正していくお話です。
こんこん公主の後宮調査 ~彼女が幸せになる方法
朱音ゆうひ
キャラ文芸
紺紺(コンコン)は、亡国の公主で、半・妖狐。
不憫な身の上を保護してくれた文通相手「白家の公子・霞幽(カユウ)」のおかげで難関試験に合格し、宮廷術師になった。それも、護国の英雄と認められた皇帝直属の「九術師」で、序列は一位。
そんな彼女に任務が下る。
「後宮の妃の中に、人間になりすまして悪事を企む妖狐がいる。序列三位の『先見の公子』と一緒に後宮を調査せよ」
失敗したらみんな死んじゃう!?
紺紺は正体を隠し、後宮に潜入することにした!
ワケアリでミステリアスな無感情公子と、不憫だけど前向きに頑張る侍女娘(実は強い)のお話です。
※別サイトにも投稿しています(https://kakuyomu.jp/works/16818093073133522278)
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる