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―― 本編 ――
【第七話】バイト風景
しおりを挟む「それにしても人が多いな」
隆史の声で永良は我に返った。周囲を見回すと、確かにその通りだった。
屋台まで出てる。
〝ラグナロク〟の特設実況ステージまである。
皆、どこからか【メルクリウス】の動向を聞きつけて、見物にやってきたのだろう。
「あ、『タイム』だ!」
その時誰かの声がした。
時波環のヒーロー名である。
永良と隆史は視線を短く交わした。そして永良が、その場に粒輝長域を展開した。
「ふはははははは、待っていたぞ、【メルクリウス】よ! 【ネコパンチ】此処に見参だ!!」
永良が精一杯悪役っぽく叫ぶと、隣で隆史が吹き出した。
その反応に、永良は若干イラッとした。何せ、永良自身も恥ずかしい気がしていたからだ。
「黙って俺達が帰らせると思うなよ」
しかし仕事を思い出したのか、そう言って隆史もまた高笑いをしてみせた。
「やはり来ましたか」
面倒くさそうに伊夜が言う。
その隣では、静かにサハラが【ネコパンチ】の二人を眺めている。黒づくめなので表情は見えない、視線は向いていた。環は何か言いたそうな顔をしているが、黙っている。
「毎度毎度なんの恨みがあるのかは知りませんが……いや、大体分かりますが――兎に角今日は、あなた方の相手をしている時間はないのです」
伊夜はそういうと、隣を見た。
「サハラ、お願いします」
伊夜がそう言った瞬間、クルクルと杖を回し『サハラ』が魔術を発動させた。
喚具化で召喚できる武器は、手に持てるものと決まっているが、その中にはこういった、魔法の杖なども含まれる。これがメイン武器であるサハラは、実質最強ではないかとも言われている。
瞬間、周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。
これは視覚情報に影響を与え、時間感覚を狂わせて、対象者を気絶させる魔術だ。
しかし永良も隆史も慣れたものなので、左右に飛んで回避する。
この魔術は指定範囲を抜ければ、効果が消えるのだ。
そうして永良達は、【メルクリウス】と対峙しながら、様々な迷宮探索集団に囲まれていた。円になった観衆達は、お祭りの出し物でも眺めるように【ネコパンチ】と【メルクリウス】を見ている。
これも比較的いつものことである。
永良は正面を見据えた。そして眼前に迫った伊夜のメイン武器である木刀を、のけぞって交わす。木刀――本当にそう呼ぶのが正しいのか永良には分からない。
……当たったら確実に、胴体が二つに分かれる。
まだ切り傷で済む普通の剣の方がマシなんじゃないのかと思わせる、聖なる光が宿った木刀を、伊夜は使っているのだ。全体的な魔術場に展開した後、魔力温存のために、戦いに参加しないサハラは通常運転だ。隆史は環と戦っている。環は特に抵抗もせずに防戦している。これもよくある光景だが、いつもより隆史の本気度が高く拳が環の体に時折当たっているのは、報奨欲しさによるのだろう。
さて――このまま行けば、あと五分くらいで永良が伊夜に倒されて、その伊夜の手で隆史も倒されて、今日のバイトは終了だろう。そんな事を考えながら、永良はなんとか木刀を避けていた。
そして、予想は的中し、【ネコパンチ】の二名は伊夜の手で倒されて、この日のバイトは終了したのだった。
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