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―― 第二章 ――

【二十三】好きでもない相手?

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 道を歩きながら、僕は何度もバルトの横顔を見てしまった。
 会話は生まれない……。
 無言で廊下を進みながら、チラチラと僕は視線を投げかけていた。

「なんだ?」

 するとバルトが気づいたようで、細く長く吐息してから、抑揚の無い声音を出した。まぁ何度も見ていたから、気づかれて当然だろう。しかし、明確な距離を感じる。他の候補者のアルやジェイクとは、態度がやはり全然違う。

「バルトは……そ、その! 国王陛下にはなりたくないの?」

 さりげなく聞いてみようかと思ったが、僕はあがってしまった。

「というよりも、僕の伴侶になるのが嫌なの?」

 尋ねてから、あんまりにも直接的に問いかけてしまったと後悔した。

「……」

 沈黙したバルトが、漸く顔を僕に向けた。そして端正な顔立ちに、特に感情を浮かべるでもなく、じっと僕を見据える。

「……好きでもない相手と結婚するのは、辛いだろう?」

 それを耳にして、僕は胸が突き刺された気がした。それって要するに、バルトは僕の事が好きではないって意味だよな? 僕側だって別に現時点で誰かを好きだとか、そういうわけではないけれど、はっきりと『嫌い』と言われている気分になって、それはそれで辛い。

「神子だからという理由だけで、カナタは結婚を迫られているわけだろう?」

 だが、続いた言葉に驚いた。僕は目を丸くし、改めてバルトを見る。

「辛くはないか?」
「え、あ……」

 それが仕事だと聞いて漠然と受け入れていた為、僕は戸惑った。与えられた仕事はこなさなければならないという社畜精神が根付いていたのかもしれない。

 それにしても意外だったのは、まるで僕を気遣ってくれているような言葉だ。バルトは僕の境遇について、こんな風に考えていてくれたのか。そう思うと、胸がドクンとした。

 驚いて何を言おうか考えている内に、再び僕達は無言に戻り、そのまま叡智の間が見えてくる。扉をそこにいた人々が開けてくれて、台車を私室の方までバルトが押して歩いてくれた。隣を歩く僕は、相変わらず言葉を探したままだ。

 こうして到着して、私室の扉を開けると、勢いよくヨル様が顔を上げた。

「カナタくん! 一人で出ていたと聞いて心配して――……バルト様? 一緒だったの?」
「ああ。では、俺はこれで」

 バルトは台車を私室の中に進めると、彼が持っていた資料のみ手に取り、踵を返す。

「あ、あの! 有難う!」

 慌ててお礼だけでもと僕が声をかけると、静かに振り返ったバルトがこちらを見た。そして瞳を揺らすと、僕に言った。

「次からは護衛を必ず伴え」

 そうして今度こそ帰っていった。
 見送っていると、ヨル様が僕の腕の袖を掴む。

「そうだよ。カナタくん、確かに王宮は安全だけど、まだ単独行動はしない方が良いね。バルト様に会えたのは幸運だったとしかいえないよ。それにしてもこの台車……蔵書庫?」
「うん。蔵書庫に行ったら、バルトがいて」
「ああ、バルト様は宰相閣下と政務関連の書類仕事をする事が多いから、資料の渉猟にお出になる事が多くて、よくあちらにいるんだよね」
「そうなんだ?」
「そうそう。リオン領から各地へ輸出している品が多い話はしたと思うけど、実際にその手続きをしているのは、文官やその手伝いをしているバルト様が多い。バルト様はサジテールの民の長というだけじゃなく、今この王宮においては、無くてはならない人の一人だよ」

 ヨル様はそう述べると、不意に背伸びをした。そして手を伸ばして、僕の髪に触れた。

「お勉強しようとしたカナタくんは偉いと思うけどね。もっと自分の周囲に気を配ってね」
「ごめんなさい」
「謝る事は無いよ」

 それからヨル様は、床に立ちなおすと両頬を持ち上げた。

「まぁそういうわけでバルト様はご多忙だから、中々ここにも来られない」
「僕、嫌われてるんだと思ってた」
「どうして? そんな事は無いと思うけど?」
「一回も、この部屋にも来なかったし、なんというか……」
「うーん」

 僕の言葉に、ヨル様が苦笑した。

「アル様とジェイク様が、もう少し書類仕事もしてくれるようになれば、バルト様にも時間が生まれると思うんだけどなぁ。あの二人、遊んでばかりだから、もうちょっと働いてほしい限りだよ」

 ぼやいたヨル様は、それから腕を組んだ。

「カナタくんとの親睦の深め方は、褒めてもいいし――そこは逆に、バルト様に見習ってほしい限りだけどね」

 冗談めかした言葉だったが、それらはヨル様の本音に聞こえた。

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