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―― 第一章 ――
【五】現実
しおりを挟む僕が尋ねると、ヨル様がチラリとバルトを見た。バルトの表情は変わらず、無表情だ。どこか冷たい印象を与える。
「ええとね、『染者』は穢れに染まってしまった存在なんだ」
「穢れ?」
「簡単に言うと、闇庭の世界に生息していて、この星庭の世界の者達にとっての脅威とでも言ったら良いのかな。分かった?」
「さっぱり分かりません」
「しょ、正直だね」
ヨル様の子供らしい笑顔が、若干ひきつった。バルトは冷たい眼差しのままだ。
「じゃあもっと簡単に言うね。敵だよ」
「なんでその敵が、僕の前に現れたんですか? 僕、無関係ですよね?」
「ううん。カナタくんには、大きな関係がある。君は、たった一人の、火の叡智紋を持つソラノの一族の神子だからね」
ぶんぶんと首を振ってから、ヨル様が僕の真横に立った。そして巨大な杖を振る。すると宙にブワリと火のような模様が浮かんだ。
「あ」
それを見て、僕は驚いた。まさに僕の左腹部にある痣にそっくりだったからだ。
「見覚えがあるはずだよ?」
「はい。これ、何なんですか?」
「火の叡智紋と呼ばれる、不死鳥の印だよ。星庭の世界の中で、主に火のエレメントの恩恵を受けているこのイグニスロギア王国の信仰対象が不死鳥なんだ」
まずもってイグニスロギアなんていう国名は、聞いた事が無い。
段々僕も、ここが『異世界』なんじゃないかと悟り始めた。
「神子は不死鳥の化身――強い火のエレメントを、生まれながらに体に宿しているんだ。主に染者と現在交戦中のイグニスロギアの力を削ぐ為に、君を殺そうとしたんだよ」
「なんでそんな紋章が、僕にあるんですか? 僕は、日本で生きてきた一般人で……」
「いいや、違うよ。君はたった一人の大切な神子だ。生まれた時から狙われていたから、箱庭の世界に逃がして、これまで秘匿していたんだよ」
「え?」
「箱庭の世界と僕達が呼ぶ場所、そこがカナタくんの知る日本だ。だけど君は、日本人じゃない。紛れもなく、この星庭の世界のソラノの一族の人間なんだよ」
「ま、待ってくれ。僕、異世界に来たんじゃ……?」
「ううん。戻ってきたんだよ。君は、帰ってきたんだ。こちらの、本物の世界に」
頭がパンクしそうだというのは、こういう事を言うのかもしれない。
「つまり僕は異世界人だったって事?」
「そうじゃない。こちらが、『現実』なんだよ。箱庭の世界は、星魔力を持たない民が、次の輪廻までの間を過ごす場所なんだ」
「……帰りたいんですけど?」
「? もう君は、帰ってきたでしょう?」
「いえ、あの、日本に。箱庭の世界という方に」
「それは無理だよ。めったな事では、本来往来不可能なんだ」
「でもさっき来てたじゃないですか!」
「君を保護し、迎えに行く為に、ソラノの一族で儀式を行い、空間を繋いだんだ。結果、染者が紛れ込んだから、バルト様にご助力頂いたんだけどね。星庭と箱庭の世界の間に、闇庭が存在しているから、気づかれたんだと思う」
嘆息したヨル様は、それからバルトに振り返った。
「バルト様にもお礼を。有難うございます」
「――いいや。火の叡智紋を持つ神子の保護は、イグニスロギアで暮らすいずれの民の長にとっても義務だ。礼は不要だ」
相変わらずどこか冷たく思える、淡々とした声音でバルトが返答している。
僕は、帰社時に資料をまとめる気分になりながら、再度問う。
「つまり僕は、これまで日本人だと思っていたけど異世界――要するにこの、星庭の世界という所の、ソラノの一族に生まれて、それで日本で育った神子だという事で、あってます?」
「うん、あってるあってる」
ヨル様が僕に視線を戻した。
「それで僕は、もう帰る事は出来ない……?」
「カナタくんの観点から見れば、そうなるね」
「光熱水、電気ガス水道の停止の手続きをしたりしないとならないし、会社にも退職願を出すべきだと思うんですが、そういったものはどうすれば? 普通に、いきなり僕が消えたら、それは失踪したと扱われると思うんですけど」
僕は目を据わらせた。するとヨル様が首を振る。
「問題ないよ。箱庭の世界は、ある種の夢のようなものだからね」
「え?」
「星庭の世界とは、物理法則も何もかも違う」
「は?」
「既に箱庭の世界には、君という人間が存在したという軌跡は何処にもない。星庭の世界からの干渉は、全て『修正』されるからね」
そう述べたヨル様の瞳が、子供らしからぬ暗さを帯びた。思わずゾクリとしてしまう。
「カナタくんは、何も心配しなくていいんだよ」
有無を言わせぬ迫力があったので、思わず僕は小刻みに頷いてしまった。
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