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―― 序章 ――
【二】痣
しおりを挟む僕の腰骨の少し上、左のくびれの辺りには、生まれつきの痣がある。
小さい頃は、ちょっと大きな点だとしか思わなかったが、年々大きくなり始めた。現在では、子供の掌と同じくらいのサイズに変わっている。どことなく鳥のように見える不思議な痣だ。皮膚科にも何度か行ったが、特に問題は無いと言われた。
「僕が持って生まれたものと言えば、これくらいだしな」
ポツリと呟いてから、僕は視線を正面に戻した。そして目を瞠った。
そこには、気配無く、一人の人物が立っていた。
「?」
ぎょっとしてしまったのは、その風貌である。まるで占い師というか死神とでもいうのか、闇夜に紛れるような濃い灰色のローブ姿だった。目深にフードを被っている為、顔は一切見えない。顎の部分だけが、白く覗いているが、その布が全身を包んでいたから、率直に言ってお化けかと思った。
「見つけた」
呆然と立ち尽くして見ていた僕は、その時響いてきた声に戦慄した。
老人とも子供のものとも判別出来ないが、兎に角耳に触る、怖気が走る声音だった。
ゆったりとその人物が、一歩前へと出た。
反射的に、一歩後退する。するとまた、相手が進んでくる。そして――走り出した。
焦って僕も踵を返して、必死で走る。完全に僕を追いかけてきている。
なんだこいつは、不審者か? そうだよな? コスプレイヤーには見えないぞ?
ぐるぐると考えながら、僕は歩いてきた道を引き返す。
駅前には交番がある。兎に角そこまで走ろうと考えて、僕は必死で両足を動かした。
だが、二股の通路で、一瞬硬直した。
駅へと続く側の、僕が通ってきた道の正面にも、全く同じ風貌の誰かが立っていたからだ。とすると、もう一方の分岐を進むしかない。
必死で方向転換し、僕は人気のない道を入る。こちらはを進むと、立派な林がある小さな公園しかない。緩やかな坂道を走りながらチラリと後方を見れば、二人に増えた不審者が、まるで飛ぶように僕を追いかけてくる。完全にホラーだ。
嫌な汗が浮かんできて、髪が肌に張り付いてくる。それでも本能的に恐怖を感じ、僕は捕まったら殺されると直感していた。貧弱な僕に、喧嘩をして投げ飛ばすようなスキルは無いし、そもそも相手は宙を浮かぶように音もなく移動してくる。
そのまま僕は公園に入った。だがこれでは相手に僕の事が丸見えになると更に焦って、奥の林まで進む。必死で走りながら何度も木の枝を踏んだ。視線だけで振り返れば、何と不審者が五名に増えていた。
「なんなんだよ!」
思わず声を上げるた時、僕は木の根に足を取られた。このままでは、顔面から土に激突だ。そうなれば、追いつかれて――殺される気がする。
怖くなって、僕はギュッと目を閉じた。
だが、覚悟していた衝撃は訪れなかった。額は確かに何かにぶつかったが、痛みは無い。ギュッと僕の腰には、力強く誰かの腕が回っている。うん。間違いなく腕だ。そう理解し、恐る恐る目を開ければ、そこにはどこか人間離れした青年が立っていた。
別段それは、服装がファンタジックだという意味合いでは無い。不思議とコスプレには見えない上質そうな外套を身に纏っている長身の青年は、片手に長い槍を持っている。銀色の武器なんて、博物館でも国内ではめったに見かけない気がしたが、そんな事を考えたのは現実逃避だ。
「間に合って良かった」
青年は淡い青の瞳を僕に向けた。耳触りの良い声音を紡いだ唇は薄く、無表情だったが、とても端正な顔をしているなと思わせられた。僕も百七十cmは身長があるから、体格こそ貧弱とはいえ、別段背が低すぎるという事は無いと思っているのだが、青年は百九十cm近く背丈がありそうで、日本人離れしている。髪の色も長めの銀髪だ。
抱き留められているという現状を再確認したのは、青年がゆっくりと僕の体勢を正した時だ。慌てて両足を地面につく。
「下がっていろ」
青年はそう述べると、銀の槍を握りなおした。そして迫りくる不審者に向かい、それを揮う。するとローブ姿の者達が、木の上に退避した。今度こそ僕は、空を飛んだのを直視した。これは一体、どんなファンタジーだ?
現実逃避気味にそう考えていると、槍を下ろした青年が再び僕を庇うように抱き寄せた。
「名前は?」
「空野です。空野彼方です」
「ソラノの一族の者だな?」
「え? ええと……?」
「ここは危険だ。保護する」
言われなくても分かっている。しかしながら、青年はとても警察官や自衛官には見えない。ただ不思議と、そばにいると『助かった』という想いが浮かんできて、安心感がある。
「掴まっていてくれ」
青年はそのまま僕を抱きかかえると、地を蹴った。
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