39 / 39
―― 第五章:閑話 ――
【二】抽斗
しおりを挟む
ある日の昼食の席で。
「――って感じなんだ。あれでも西園寺は柔らかくなったんだ」
「そうなんですね」
「西園寺は悪い奴じゃないんだ。ただたまに要領が良すぎる。でもそれが料理にも生きてて、この前も俺の家に来てビーフシチューを作ってくれたんだけどな――」
その後梓藤は昼食の間中、いかにその時のビーフシチューの味……ではなく、西園寺の手際が良かったかを熱弁した。にこにこと班目はそれを聞いていた。
さて、ある日の居酒屋で。
「だから西園寺はだなぁ、ああ見えて――」
麦酒のジョッキを音を立てておきながら、梓藤が西園寺について語っている。
この日も班目は、にこにこしながら話を聞いていた。
そんな日々の繰り返しのある日。
書類を取りに第二係へと西園寺が向かったオフィスで、本日も梓藤と班目は雑談をしていた。
「まぁそんな感じで、昔の西園寺は無口で無表情で。笑わなかったが、可愛げがあったんだ。ま、まぁ、今の方が笑うようになったのは良かったんじゃないか? が、可愛げは何処に落としてきたんだろうな。意地が悪くなったというか」
梓藤がぼやくと、笑顔のままで班目が首を傾げた。
「そうですか? 僕にはとても優しいですけど」
「えっ?」
「え?」
驚いている梓藤の前で、班目がさらに首を捻る。梓藤は狼狽えた。
「お、お前には……優しいのか? 可愛げがあるのか?」
「ええ。可愛げといえばそうなると」
「……俺、嫌われるようなことしたんだろうか」
梓藤がおろおろと瞳を揺らした。
「逆では? それだけ親しくなったのでは?」
「……」
「気になるなら、本人に聞いてみては? あ、戻ってきた。僕が聞いてきましょうか?」
「えっ」
梓藤が引き留めようとした時には、班目が立ち上がっていた。梓藤は思わずパソコンを見て、聞いていないフリを決め込むことにする。
「西園寺さん」
「はい」
声をかけられた西園寺は立ち止まると、静かな声で返事をした。
「梓藤さんのことを、どう思ってますか?」
あまりにも直球な班目の言葉に、梓藤は派手に咽せそうになった。
「理想の上司であり、非常に優秀な先達で――」
響いてきた西園寺の声に、少しだけ梓藤は安堵した。
「そういうことじゃなくて」
――もう聞かなくていい。質問を終わってくれ! と、梓藤は叫びたくなったが堪える。
「好きか嫌いかでお願いします」
「? 好きな部分もあれば嫌いな部分もあります」
「そういう模範解答ではなく!」
「え? どちらかといえば……うーん……」
口ごもって小さく首を傾げてから、西園寺はちらりと梓藤を見た。梓藤は気づいていないフリをする。すると西園寺が吹き出した。お腹を抱えて笑っている。
「西園寺さん、何笑いですか?」
笑顔の班目の問いかけに、梓藤は全力で同意する。まったくだ、何故笑った、と、問い詰めたくなった。
「あーはいはい、好きですよ」
「そうですか」
おざなりに答えた西園寺に頷くと、班目が席へと戻ってきた。
――笑った理由を追求してこいよ折角なら!
と、言いかけた梓藤は口を引き結ぶ。すると席についた班目が、梓藤に言った。
「それにしても梓藤さんって西園寺さんの話しかしませんね。他に話の抽斗無いんですか?」
笑顔で毒舌を放つ班目は、兄廣瀬にさらにそっくりに思えた。
「――って感じなんだ。あれでも西園寺は柔らかくなったんだ」
「そうなんですね」
「西園寺は悪い奴じゃないんだ。ただたまに要領が良すぎる。でもそれが料理にも生きてて、この前も俺の家に来てビーフシチューを作ってくれたんだけどな――」
その後梓藤は昼食の間中、いかにその時のビーフシチューの味……ではなく、西園寺の手際が良かったかを熱弁した。にこにこと班目はそれを聞いていた。
さて、ある日の居酒屋で。
「だから西園寺はだなぁ、ああ見えて――」
麦酒のジョッキを音を立てておきながら、梓藤が西園寺について語っている。
この日も班目は、にこにこしながら話を聞いていた。
そんな日々の繰り返しのある日。
書類を取りに第二係へと西園寺が向かったオフィスで、本日も梓藤と班目は雑談をしていた。
「まぁそんな感じで、昔の西園寺は無口で無表情で。笑わなかったが、可愛げがあったんだ。ま、まぁ、今の方が笑うようになったのは良かったんじゃないか? が、可愛げは何処に落としてきたんだろうな。意地が悪くなったというか」
梓藤がぼやくと、笑顔のままで班目が首を傾げた。
「そうですか? 僕にはとても優しいですけど」
「えっ?」
「え?」
驚いている梓藤の前で、班目がさらに首を捻る。梓藤は狼狽えた。
「お、お前には……優しいのか? 可愛げがあるのか?」
「ええ。可愛げといえばそうなると」
「……俺、嫌われるようなことしたんだろうか」
梓藤がおろおろと瞳を揺らした。
「逆では? それだけ親しくなったのでは?」
「……」
「気になるなら、本人に聞いてみては? あ、戻ってきた。僕が聞いてきましょうか?」
「えっ」
梓藤が引き留めようとした時には、班目が立ち上がっていた。梓藤は思わずパソコンを見て、聞いていないフリを決め込むことにする。
「西園寺さん」
「はい」
声をかけられた西園寺は立ち止まると、静かな声で返事をした。
「梓藤さんのことを、どう思ってますか?」
あまりにも直球な班目の言葉に、梓藤は派手に咽せそうになった。
「理想の上司であり、非常に優秀な先達で――」
響いてきた西園寺の声に、少しだけ梓藤は安堵した。
「そういうことじゃなくて」
――もう聞かなくていい。質問を終わってくれ! と、梓藤は叫びたくなったが堪える。
「好きか嫌いかでお願いします」
「? 好きな部分もあれば嫌いな部分もあります」
「そういう模範解答ではなく!」
「え? どちらかといえば……うーん……」
口ごもって小さく首を傾げてから、西園寺はちらりと梓藤を見た。梓藤は気づいていないフリをする。すると西園寺が吹き出した。お腹を抱えて笑っている。
「西園寺さん、何笑いですか?」
笑顔の班目の問いかけに、梓藤は全力で同意する。まったくだ、何故笑った、と、問い詰めたくなった。
「あーはいはい、好きですよ」
「そうですか」
おざなりに答えた西園寺に頷くと、班目が席へと戻ってきた。
――笑った理由を追求してこいよ折角なら!
と、言いかけた梓藤は口を引き結ぶ。すると席についた班目が、梓藤に言った。
「それにしても梓藤さんって西園寺さんの話しかしませんね。他に話の抽斗無いんですか?」
笑顔で毒舌を放つ班目は、兄廣瀬にさらにそっくりに思えた。
0
お気に入りに追加
26
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
怖いお話。短編集
赤羽こうじ
ホラー
今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。
初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。
その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。
全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。
※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~
7 HIRO 7
ホラー
ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――
バベルの塔の上で
三石成
ホラー
一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。
友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。
その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる