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―― 第五章:閑話 ――

【二】抽斗

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 ある日の昼食の席で。

「――って感じなんだ。あれでも西園寺は柔らかくなったんだ」
「そうなんですね」
「西園寺は悪い奴じゃないんだ。ただたまに要領が良すぎる。でもそれが料理にも生きてて、この前も俺の家に来てビーフシチューを作ってくれたんだけどな――」

 その後梓藤は昼食の間中、いかにその時のビーフシチューの味……ではなく、西園寺の手際が良かったかを熱弁した。にこにこと班目はそれを聞いていた。

 さて、ある日の居酒屋で。

「だから西園寺はだなぁ、ああ見えて――」

 麦酒のジョッキを音を立てておきながら、梓藤が西園寺について語っている。
 この日も班目は、にこにこしながら話を聞いていた。

 そんな日々の繰り返しのある日。
 書類を取りに第二係へと西園寺が向かったオフィスで、本日も梓藤と班目は雑談をしていた。

「まぁそんな感じで、昔の西園寺は無口で無表情で。笑わなかったが、可愛げがあったんだ。ま、まぁ、今の方が笑うようになったのは良かったんじゃないか? が、可愛げは何処に落としてきたんだろうな。意地が悪くなったというか」

 梓藤がぼやくと、笑顔のままで班目が首を傾げた。

「そうですか? 僕にはとても優しいですけど」
「えっ?」
「え?」

 驚いている梓藤の前で、班目がさらに首を捻る。梓藤は狼狽えた。

「お、お前には……優しいのか? 可愛げがあるのか?」
「ええ。可愛げといえばそうなると」
「……俺、嫌われるようなことしたんだろうか」

 梓藤がおろおろと瞳を揺らした。

「逆では? それだけ親しくなったのでは?」
「……」
「気になるなら、本人に聞いてみては? あ、戻ってきた。僕が聞いてきましょうか?」
「えっ」

 梓藤が引き留めようとした時には、班目が立ち上がっていた。梓藤は思わずパソコンを見て、聞いていないフリを決め込むことにする。

「西園寺さん」
「はい」

 声をかけられた西園寺は立ち止まると、静かな声で返事をした。

「梓藤さんのことを、どう思ってますか?」

 あまりにも直球な班目の言葉に、梓藤は派手に咽せそうになった。

「理想の上司であり、非常に優秀な先達で――」

 響いてきた西園寺の声に、少しだけ梓藤は安堵した。

「そういうことじゃなくて」

 ――もう聞かなくていい。質問を終わってくれ! と、梓藤は叫びたくなったが堪える。

「好きか嫌いかでお願いします」
「? 好きな部分もあれば嫌いな部分もあります」
「そういう模範解答ではなく!」
「え? どちらかといえば……うーん……」

 口ごもって小さく首を傾げてから、西園寺はちらりと梓藤を見た。梓藤は気づいていないフリをする。すると西園寺が吹き出した。お腹を抱えて笑っている。

「西園寺さん、何笑いですか?」

 笑顔の班目の問いかけに、梓藤は全力で同意する。まったくだ、何故笑った、と、問い詰めたくなった。

「あーはいはい、好きですよ」
「そうですか」

 おざなりに答えた西園寺に頷くと、班目が席へと戻ってきた。

 ――笑った理由を追求してこいよ折角なら!
 と、言いかけた梓藤は口を引き結ぶ。すると席についた班目が、梓藤に言った。

「それにしても梓藤さんって西園寺さんの話しかしませんね。他に話の抽斗無いんですか?」

 笑顔で毒舌を放つ班目は、兄廣瀬にさらにそっくりに思えた。



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