甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾

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―― 第四章:美術館とイチゴジャム ――

【三十六】将棋友達

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 一ヵ月後、冬本番が訪れた。凍てつく寒さのその日、梓藤は西園寺のお見舞いにきた。本部にいても、排除に出ていても、いずれにせよ誰かが、連絡が来た時は対応する必要があるため、現在は梓藤のスマートフォンに全てを転送する設定にしてある。AIドローンより便利だ。

「もっと早くこうしていればよかったな」
「俺はそうは思いません。仕事中毒に拍車がかかってます」

 病室できっぱりと西園寺が述べた。梓藤は苦笑を返しておいた。
 それから、気を取り直して言う。

「そう思うなら、さっさと退院して仕事に復帰しろ」
「そうですね。実は今日の午後退院なんですよね」
「――は? 聞いてないぞ?」
「今朝決まったので」
「だとして、お前は俺が来た段階では、退院すると分かっていたんだろう?」
「はい」
「追い返せよ?」
「何故です?」
「退院の準備とか、あるだろ?」
「いえ、特に。全て病院が用意したレンタル品を買い取るというサービスを利用したので、持ち帰りませんし、私物も無いです」

 淡々と感情の窺えない声が返ってきたものだから、梓藤が目を据わらせる。

「ご家族の方が来たりするんじゃないのか?」
「ええ。祖父が来てくれます」
「だったら、俺は先に帰る。邪魔をし――……やっぱりいてもいいか?」
「ご自由に」

 西園寺が頷いたのを見て、梓藤は以前聞いた言葉を思い出した。
 ――梓藤家の名前を、祖父から聞いた。
 確かに西園寺はそう述べていた。

「ところで、お祖父様は、どのような方なんだ?」
「とても厳格で怒ると鬼のように怖い……」

 そこで西園寺が言葉を止めて梓藤を見た。脳裏に恐ろしい老人の姿が思い浮かんだため、梓藤はがらでもなく冷や汗をかく。

「……俺の父親の父親です。血縁関係があるのか疑問なほどに、温厚です」
「おい。今の父親の説明はいらなかったと俺は思うが?」
[俺にPKの技術や、その他の異能関連の全てを教えてくれた師匠でもあります]
「なるほど」
「はい」

 西園寺が頷いた時、コンコンとノックの音が響き、ゆっくりとドアが開いた。

「少し早く来すぎてしまったのだが、来客中なら出直そう」
「ああ、こちらは俺の仕事の上司で、梓藤冬親さんです。お祖父ちゃんに会いたかったそうなので」
「ん? 梓藤? 梓藤幹尚くんのご家族かい?」

 入ってきたのは、非常に若々しく、西園寺の父と聞いても信じてしまいそうな人物だった。西園寺によく似た顔立ちをしているが、髪の色は白髪だ。銀髪の見えそうになるから不思議である。

「はい。梓藤幹尚は俺の祖父です。改めまして、梓藤冬親と申します。この度は、俺のせいでお孫さんに重傷を――」

 梓藤が頭を下げると、正面で西園寺の祖父が硬直した。

「重傷? 最初から意識は清明で、内蔵も幸い傷がついておらず、槍のレプリカの棒を取り除いて、手術は終了し、術後も安定していると聞いていたのだが、違ったのかい? 私を心配させないように偽りを?」
「いや、お祖父ちゃんの言う通りです」
「なんだ、びっくりした。老人をあまりからかわないように」

 ホッとした顔をしてから、西園寺の祖父が言う。

「私と君の祖父は、将棋友達なんだ」
「そうなんですか」

 そう聞きつつ、確かに祖父は将棋が趣味だったなと、梓藤は想起する。

「幹尚の奴は、いつもいつも勝つために私の心を読もうとするんだ。最初は読まれて負けてばかりだったが、今ではありとあらゆる幹尚への防衛策を構築し、一切私は心を読ませなくなった。その結果、どうだ? 私の全勝。さすがは、私だ」

 なるほど、と、梓藤は納得した。

「その全技術を色には教えてある」

 そうだったのかと、気が抜けた思いで梓藤は頷いた。

「それだけではない、死が多い部署と耳にし、心配してお悔やみの言葉辞典や、香典についても教えてある」
「大変助かっております。いつも西園寺くんには助けられております」
「それはなによりですね」

 梓藤の即答を見る西園寺の眼差しは、とても複雑そうだった。

 その後退院の時間が来て、会計などを済ませた。
 梓藤は、西園寺とエントランスまで一緒にいく事に決めた。西園寺の祖父は既に外に車をまわしにいった。
 歩きながら梓藤は問う。

「なにか食いたいものはあるか?」
「病院食以外なら、ある程度なんでもいけます」
「まずかったのか?」
「黙秘します」

 西園寺はそう述べてから、改めて唸った。

「やっぱり、手料理が食べたいですね」
「手料理?」
「はい。じっくり五時間かけて煮込んだ――」
「待ってくれ。なんだそれは?」
「ああ、俺の得意料理です」
「は?」
「やっぱり手料理は最高です」
「……念のため聞くが、それはお前自身がお前の手でお前のために作るという意味の手料理か?」
「はい」

 当然のように西園寺が頷いたので、折角だから復帰祝いにご飯でも――と、いつか班目にも食事をして親睦を深める術を上司なら使えと言われたので、それを思い出しながらおごるつもりだった梓藤は、拍子抜けした。

「……あー、いつも家でそういうのを作ってるのか?」
「まさか。母さんと姉さんが、時短料理しか作らないので、俺の鍋は邪魔だと言われて作らせてすらもらえません。たまに完成すると、全員が俺の分が無くなるほど食べるというのに」
「そ、そういう事なら、俺の家のキッチンを貸してやろうか?」
「はい」

 あんまりにも素直に西園寺が頷いたので、戸惑いつつ梓藤もまた頷き返した。
 こうして、西園寺は退院した。


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