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―― 第三章:異能と親子 ――

【二十五】千円札三枚

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 火葬場の煙突から、煙が空へと溶けていく。それを見上げていると、鴉が横切っていった。まだ肌寒いが、この周辺の桜も少しずつ春の兆しを見せ始めている。火葬場に使い土手には、蕗の薹が生えていた。きっと、無数の遺骨の栄養素を蓄えているのだろうなと考えて、それは墓地にある杉の木の方がより顕著かと思い直す。

 白い布で覆われた骨箱を手に、坂崎と透は墓地へと向かった。
 先を行く高級車から降りた住職が、案内をしてくれる。この墓地は坂崎家の墓で、現在は坂崎の両親が眠っている。二人はともに、坂崎同様警察官で、マスク対応をしていて、マスクに殺された。

 坂崎は思う。
 恐らく高等知能を有するマスクには、復讐心があると。理由は、母が何十体ものマスクを一気に殲滅する作戦に成功した時、その日父と幼かった当時の坂崎を、マスクが誘拐した事があったからだ。その際は、坂崎の父が単独で誘拐犯を制圧し、事なきを得たが、こういった事例には事欠かない。

 納骨を済ませてからは、タクシーを拾って二人で帰宅した。妻が亡くなって以後、一度も透は、坂崎とは口をきかない。坂崎がいくら話しかけても、無視を決め込んでいる。

 ――無視されて、当然のことをしたのだろう。

 坂崎はそう考える。やはり仕事を優先するべきではなかったのだろうと思い悩み、だが妻の声を思い出せば、やはり仕事を優先するしかなかったと考えさせられる。

 家でタクシーが停まると、家の中に入る事もせず、透は走るように歩き去ってしまった。
 溜息をついてから一人で玄関の鍵を開けて中へと入った坂崎は、冷蔵庫を開ける。昨日、一昨日と、いくつか坂崎自身の手で食料を購入しており、料理には困らない。

 坂崎は、両親が警察官でなかったならば、自分は料理人になっていたと確信している。子供の頃から、料理がずっと好きだったからだ。だが、両親が敷いたレールから逸れる決断は出来なかった。

 そんなものだと、坂崎は思う。坂崎の世代の多くの公務員は、両親がそうであったからという理由で就職先を決めていたからだ。勿論違う者も多かっただろうが、少なくとも坂崎の周囲はそうだった。

 ただ坂崎は、透には絶対に警察官にだけはなってほしくない。マスク退治のような危険な仕事にだけは、就いてほしくない。

 この日坂崎は、かにクリームコロッケを作った。

「まぁ、上出来だな」

 揚げたてを透に食べさせてやりたいと思って暫く待っていたが、透が帰ってきたのは九時過ぎで、補導されるぞと怒ろうかとも思ったが葬儀の夜という事もあり、坂崎は何も言わなかった。ダイニングキッチンの前を素通りして、透は部屋へと入っていく。

「……」

 仕方が無いので一人で揚げて、いつでも食べられるよう、テーブルの上にラップをかけて、レンジで何分温めれば良いかというメモを置く。

 考えてみると、料理を透に食べさせたいと思う事は過去に何度もあったのに、実行しようとしたのは、今日が初めてだった。有給だってそうだ。もっと休んで、妻に会いに行けばよかった。後悔は、後からしか出来ないものだが、悔恨の念はそれでも消えない。

 溜息をついてからシャワーを浴び、早く眠りについて、翌日は早く起きた。
 透の朝食を用意するためだ。
 これまでは、三食宅配を頼んでいた。そちらならば食べるかもしれないので、それも解約はしない。また昼の分も届くが、いつもコンビニで買えるように、昼食代も置いていた。それも続けるつもりだが、今となってはたった二人の家族であるし、透にとって母の喪失の傷はきっと深いだろうから支えてやりたくて、坂崎は少しでもできる事をしようと考え、その結果の料理だ。

 そうしてこの朝は、輝くような朝食を作ったのだが、顔を出した透は、無言でテーブルの上の千円札三枚を手に取ると、家から出て行った。

「まぁ、いきなり父親面されても、ってところか? 仕方ないだろうな」

 苦笑して一人頷き、坂崎も本部へと向かった。

 こうして始まった父子二人の生活。坂崎は、可能なかぎり早く帰るようになった。誰もそれを咎めなかった。それに――もう、働く動機だった妻がいないのだから、働く理由も無くなってしまった。妻がいなくなってまで、妻の言葉を守れるほど、己は強くないと坂崎は考えている。

「……っ、透」

 だがいくら早く帰宅し夕食を作ろうとも、視線すら合わせずに、透は自室がある二階へと、階段を上っていく。なのでテーブルの上に料理を置いても、夜中に適当に冷蔵庫を漁って食べているようで、決して坂崎が作ったものには手をつけない。それは朝も同じだ。昼食代だけ無言で持っていくだけだ。では、それを置かなければ? ある日そう考えて、坂崎は実行した。すると軽蔑するように坂崎を見てから、透はなにもせずに学校へと行った。だから翌日からは、再び千円札を三枚置くようになった。息子にひもじい思いをさせたくない一心からだ。

 そして仕事へ行き、終わってからは早く帰宅し、毎日毎日、遅く帰ってくる透を待つ。八時頃の帰宅が多いが、時には十時で、本当に補導されてもおかしくない時間帯に帰る事も多い。今日もそうだ。

「……そんなに、俺といるのが嫌なのか……だったら、俺が仕事を増やして家を空ければ、逆に家に……」

 坂崎はそう考えて、せめてその点について透と話がしたいと思って、部屋に行ってみたが、冷たい眼差しを向けられた後、無言で扉を閉められ、鍵をかけられた。

 最早、接し方が分からないなどの問題ではない。
 嫌われているのだと、明確に理解せざるを得なかった。


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