18 / 39
―― 第二章:爆弾事件 ――
【十八】廃倉庫
しおりを挟む
受診してから五日後。
梓藤は目の下にクマを作りながら、上半身を起こしていた。
初日に眠れず三錠、二日目も三錠、三日目は残っていた一錠を飲んだ。三日目から眠りが浅くなり、昨日は何も飲まずに寝た結果、また悪夢を見て十分程度で飛び起き、そのまま五日目の朝を迎えた。
「処方量を間違ってたんだろうな、あのヤブ」
溜息をついた梓藤は、仕事へ向かう準備をしながら、一錠も飲んでいない抗うつ剤のPTPシートを一瞥する。
「俺は鬱じゃないからこんなものはいらない。いちいち鬱になってたら、できない仕事をしてるって、分からないのか? あいつは。部署を知っているくせに」
苛立ちを募らせながら、梓藤は本部へと向かった。
すると他の三名が来ていた。自分の席へと向かい、やはり昨夜眠れなかった事は、体に支障をきたしていると考える。薬で無理に眠る以前は、ずっと睡魔に襲われていたせいで、逆に職場に来ると過度に集中し、眠気など覚えなかった。だが三日ほど眠れたのが逆に悪くて、本日は眠くてたまらない。つくづく榎本はヤブ医者だなと、梓藤は考えていた。
そこへ電話で第一報が入った。
「なっ、爆弾? マスクが爆弾を作ったというのか? 処理班は?」
港の廃倉庫で爆発物が見つかったらしく、処理班が現場に急行したところ、そこにいたマスクの手に掛かり、全滅したという報せだった。そのため、マスクの排除を優先し、その後爆発物の処理をする――という、上層部からの決定が通達された。
電話を切ってから、梓藤は腕を組む。
実を言えば、梓藤には、爆発物へ対応する知識があった。特殊捜査局に配属される前、同じ警備部の機動隊にいた際に、研修を受けたからである。また元々の大学での専攻が、爆発物関係だったからだ。
梓藤は静間と坂崎を交互に見た。爆発物に関する知識があるとは到底思えない。
マスクの排除をすればいいとはいうが、その最中に爆発しないとも、爆発した結果、
そこで火災が起きるのかも有毒ガスが発生するのかもわからない状況で突入するというのは、要するにマスクさえ排除すれば、自分達は爆死しても問題ないと言われているようなものだ。しかしながら上層部の判断を無下にする事も出来ない。となれば、マスクを排除しつつ、爆弾も処理するべきだ。あるいは眠くて思考がまわっていなかったのかもしれいない。普段なら苛立ちも感じて、上層部に反発しただろう。
「西園寺」
選択肢として、可能性があるのは一人きりだった。もし西園寺に技術が無ければ、他の部署の応援を、必ずこちらでその者を護衛するとして、約束を取り付けるつもりだった。始めからそうすればよかったのかもしれないが、マスクの排除をしながらの護衛が面倒だと、この時の梓藤は考えていた。
「はい」
「爆発物の処理経験はあるか?」
「はい」
すると即座に無感情の声で、返事をされた。あまりにもあっさり頷かれたものだから、梓藤は拍子抜けした。
「自衛隊にいた際に、対策訓練を受けました。解体も、その後の中身への対応も学びました」
「そうか。実際の対処の経験は?」
通常、こちらは無いはずの質問なのだが、気づくと梓藤は訊いていた。
「警察に出向したばかりの頃に、テロ事件の対応で、二度ほど経験があります」
抑揚のない声音で静かに答えた西園寺は、顔色一つ変えない。
「そうか。じゃあ、俺と静間。西園寺と坂崎さんで、二班で現地へと向かう。現在、並んでいる廃倉庫二カ所のそれぞれに、爆発物がしかけられており、その中にマスクがいるそうだ。処理班は全滅したそうだ。他の部署から応援を呼ぶ時間が惜しい、というよりは、護衛をしながら戦える相手なのか、判断がつかない。よって、俺と西園寺はマスクを倒しつつ爆発物の解体、静間と坂崎さんは俺と西園寺が対応に取りかかった段階で、残っているマスクの排除を頼む。もしマスクの数がこちらの予想外に多いか、爆発までの時間が極端に短い場合は、各自の判断で離脱してくれ」
離脱した場合は、上層部の顔も一応保った状態になるだろうと、梓藤は判断した。
そもそもめったに口を出してこない上層部からの直接の通達だ。
これはなにかあるのかもしれないと、漠然と梓藤は考える。そもそも何故そこに爆弾があると判明したのかすら、教えられていない状況だ。しかし、話を聞くのはあとでも構わない。押し問答をしている余裕はない。
「急行する」
こうして二人一組に分かれて、それぞれが位置情報を送られてきたタブレット端末を手にし、廃倉庫まで向かった。
「右を俺と静間、左は頼んだぞ」
すると西園寺が頷いた。
「はい」
坂崎は笑みを浮かべて西園寺と梓藤を交互に見た。
「ませとけって……西園寺に」
二人の無事を祈りつつ、梓藤は静間を一瞥する。
「行くぞ」
「はーい」
こうして梓藤と静間は、右側の廃倉庫の前に立ち、開閉用のレバーを操作した。
ギシギシと軋む音を立てて、灰色のシャッターが上へと上がっていく。
すると、ねちゃねちゃと音がした。
正面には、無数の遺体が散乱している。ヘルメットと服装から、処理班の者達だと、梓藤は判断した。既にここにある遺体は喰い尽くされた後のようで、左足が千切れ、右腕が人体としてはあり得ない角度に捻れ、腹部からは臓物がコンクリートの上にまき散らされている。そんな状態で、血だまりの中にいる人間の遺体で溢れていた。誰にも息はないが、あったとしても最早助からないだろう。梓藤は血だまりの一つを踏み、遺体の脇を進んで歩く。静間もそれは同様で、彼はいつものどこか気さくで軽い眼差しではなく、怜悧で真剣な目をしている。
暫く二人を誘導するように遺体が続いていき、木材が築いている角の向こうを、梓藤が確認する。そして息を呑んだ。さきほどのねちゃねちゃとした音は、今まさに人体を喰べている最中のマスクから発せられていたものらしい。一つの遺体に群がるのが最低五体、遺体は山のようにあり、そのそれぞれに五体……あるいはそれ以上のマスクが群がっている。目算で遺体が三十体、マスクは二百体近くいる。
「なんだ……この量は」
「いたの?」
「ああ」
「念のため聞くけど、生存者は?」
「全滅したという一報を受けたとおり、目視した限りでは見当たらない。奇跡的に何処かに隠れて逃れたのでもなければ、皆落命している」
梓藤の言葉に、角から顔を出し、静間が目を眇めた。
「短時間で、この量を喰い殺すのは、いくらマスクでも無理だよ。食べ始めてからも、相当時間がかかっているように思えるし」
静間の指摘はもっともで、少し首を傾げてから、梓藤はシャッターへと振り返った。
「静間、あれを見ろ」
「ん?」
シャッターには、血が飛び散っている。ベタベタと、手の形をした血の跡も、無数についている。
「恐らくここにいる者達は、この倉庫に閉じ込められて、マスクの餌食になったんだ」
「閉じ込める? どうして?」
「一つは、大量のマスクを外界に出さないため。もう一つは……あるいは高等知能を持つマスクが紛れていて閉じ込めたのかもしれないな。仮に前者だったとしても、上層部は後者だと宣言するだろうし、実際に後者なのかもしれないが」
梓藤の冷静な言葉に、納得したように静間は頷いた。
「どうする?」
「まずは爆発物の残り時間を確認する。少なくともシャッター前の通路と、遺体が山のようにある突き当たりの通路にはない。戻って他の二カ所の通路を確認する」
「うん、分かった」
こうして二人は引き返した。それから曲がった先には、血痕はあるものの遺体は無かった。続いて、左側を角から覗く。
「あった」
梓藤の声に、静間もそちらを見る。するとその通路にも遺体はなく、そこには上階へと続くエレベーターと、そこから少し手前の位置に黒い爆発物があり、赤い電気が明滅していて、いくつかのコードが出ていた。二人は視線を交わしてから、そちらに歩みよる。
――三十分十五秒。十四秒。十三秒。
「少しは余裕があるな」
目に見えて梓藤が安心した顔をした。
「解体出来そう?」
「ああ。この形態ならやれる」
「了解。じゃあこっちは周囲のマスクを警戒する。遺体に群がっているから来ないとは思うけどね」
マスクは、本能に忠実だ。食事を疎かにするようなことはない。
こうして梓藤が解体を始めた。
額に汗を浮かべながら、手際よく持参したペンチでコードを切っていく。
それが二十分ほど続いた時の事だった。
不意に、エレベーターの扉が開いた。中からは、明るい光が漏れてくる。
訝しく思って、静間がそちらを見て、眉間に皺を刻む。
「あれは……」
すると梓藤もまたそちらを一瞥した。それを見て、静間が慌てたように声を出す。
「見てくるよ。爆弾の方に専念してて」
「ああ」
頷いて梓藤が作業を再開した。非常に集中している様子だ。
それを確認しつつ、静間は念のため、排除刀を引き抜いて右手に持ち、エレベーターへと向かう。するとそこには、処理班の制服とヘルメット姿の者がいた。
「助けてくれぇ、マスクだ。マスクが!」
その叫びに、咄嗟に息を呑んでから静間が駆け寄る。すると助けを求めるように、中から両腕を出している、まだ年若い青年が見えた。
「――大丈夫です。警察の者です」
座り込んでしまった青年が、ガクガクと震えているので、屈んで静間が手をさしだす。すると、両手でガシリと静間の手を掴んだ青年が立ち上がると同時に、勢いよくエレベーターの扉が閉まった。
「っ」
左腕を挟まれた静間は、あまりの痛みに悲鳴を飲み込む。左腕の関節手前から挟まれており、閉じようとするエレベーターの力で血が流れはじめた。その間も、エレベーターの中へと引っ張り込むように、処理班の服を着た――マスクが笑っている。
「ああ、美味しそうだ。やっぱり生が一番美味い」
そう言うとこれ見よがしに、中にいたマスクがべろりと静間の親指の付け根を舐めた。静間の全身に怖気が走る。
「簡単に騙されるんだから、人間は本当に頭が悪いなぁ」
「善意で助けようとした人間は、善意を持たないマスクよりは高等だと思うけど?」
「どうだろうなぁ。僕達みんなの手にかかれば、どうってことないね。第一係も」
「――みんな?」
「そう、みんな」
「第一係を知ってるの?」
「知ってるよぉ。僕達の敵だもの。僕達を殺す愚かな集団で、殺しても殺してもゴキブリのように出てくる」
「それは誰に聞いたの?」
「さぁねぇ?」
「爆弾処理班の人の事は、いつから喰べてるの?」
「昨日だよ。昨日、もしご馳走をくれなきゃ、襲うって君達の上層部に連絡したんだ。それぞれのご家族を人質にとって。ご馳走をくれたから、解放してあげたよ。あれ? 僕達にも善意があるみたいだぁ」
聞き出せるかぎりのことを聞こうと静間は努力した。その間も、ずっと腕の痛みに耐えていた。ただ無駄話をしている間は、このような高等知能のマスクは食事より喋ることを優先する場合があるので、一応、そのおかげで左手がまだ食べられていないともいえる。
その間、静間は何度か梓藤を見た。梓藤が狼狽えたように駆け寄ってこようとしたので、首を振って制する。今は、爆弾の処理の方が先決だと暗に伝えた結果、梓藤もその通りにした。あと何分なのだろうかと、そちらにも焦りながら静間が再び視線を向けたその時――ビリっと音がした。そして梓藤が倒れ、影から出てきた者が、手にしていたスタンガンで再びとどめを刺すように梓藤の体に電流を流す。
――普段の梓藤であったならば、近づいてくる敵に気づかない事など無かっただろう。けれど寝ていなかったせいで、意識が曖昧になりかける中、必死に爆弾処理に集中していた結果、背後の気配に気づくことが出来なかったようだ。
梓藤は目の下にクマを作りながら、上半身を起こしていた。
初日に眠れず三錠、二日目も三錠、三日目は残っていた一錠を飲んだ。三日目から眠りが浅くなり、昨日は何も飲まずに寝た結果、また悪夢を見て十分程度で飛び起き、そのまま五日目の朝を迎えた。
「処方量を間違ってたんだろうな、あのヤブ」
溜息をついた梓藤は、仕事へ向かう準備をしながら、一錠も飲んでいない抗うつ剤のPTPシートを一瞥する。
「俺は鬱じゃないからこんなものはいらない。いちいち鬱になってたら、できない仕事をしてるって、分からないのか? あいつは。部署を知っているくせに」
苛立ちを募らせながら、梓藤は本部へと向かった。
すると他の三名が来ていた。自分の席へと向かい、やはり昨夜眠れなかった事は、体に支障をきたしていると考える。薬で無理に眠る以前は、ずっと睡魔に襲われていたせいで、逆に職場に来ると過度に集中し、眠気など覚えなかった。だが三日ほど眠れたのが逆に悪くて、本日は眠くてたまらない。つくづく榎本はヤブ医者だなと、梓藤は考えていた。
そこへ電話で第一報が入った。
「なっ、爆弾? マスクが爆弾を作ったというのか? 処理班は?」
港の廃倉庫で爆発物が見つかったらしく、処理班が現場に急行したところ、そこにいたマスクの手に掛かり、全滅したという報せだった。そのため、マスクの排除を優先し、その後爆発物の処理をする――という、上層部からの決定が通達された。
電話を切ってから、梓藤は腕を組む。
実を言えば、梓藤には、爆発物へ対応する知識があった。特殊捜査局に配属される前、同じ警備部の機動隊にいた際に、研修を受けたからである。また元々の大学での専攻が、爆発物関係だったからだ。
梓藤は静間と坂崎を交互に見た。爆発物に関する知識があるとは到底思えない。
マスクの排除をすればいいとはいうが、その最中に爆発しないとも、爆発した結果、
そこで火災が起きるのかも有毒ガスが発生するのかもわからない状況で突入するというのは、要するにマスクさえ排除すれば、自分達は爆死しても問題ないと言われているようなものだ。しかしながら上層部の判断を無下にする事も出来ない。となれば、マスクを排除しつつ、爆弾も処理するべきだ。あるいは眠くて思考がまわっていなかったのかもしれいない。普段なら苛立ちも感じて、上層部に反発しただろう。
「西園寺」
選択肢として、可能性があるのは一人きりだった。もし西園寺に技術が無ければ、他の部署の応援を、必ずこちらでその者を護衛するとして、約束を取り付けるつもりだった。始めからそうすればよかったのかもしれないが、マスクの排除をしながらの護衛が面倒だと、この時の梓藤は考えていた。
「はい」
「爆発物の処理経験はあるか?」
「はい」
すると即座に無感情の声で、返事をされた。あまりにもあっさり頷かれたものだから、梓藤は拍子抜けした。
「自衛隊にいた際に、対策訓練を受けました。解体も、その後の中身への対応も学びました」
「そうか。実際の対処の経験は?」
通常、こちらは無いはずの質問なのだが、気づくと梓藤は訊いていた。
「警察に出向したばかりの頃に、テロ事件の対応で、二度ほど経験があります」
抑揚のない声音で静かに答えた西園寺は、顔色一つ変えない。
「そうか。じゃあ、俺と静間。西園寺と坂崎さんで、二班で現地へと向かう。現在、並んでいる廃倉庫二カ所のそれぞれに、爆発物がしかけられており、その中にマスクがいるそうだ。処理班は全滅したそうだ。他の部署から応援を呼ぶ時間が惜しい、というよりは、護衛をしながら戦える相手なのか、判断がつかない。よって、俺と西園寺はマスクを倒しつつ爆発物の解体、静間と坂崎さんは俺と西園寺が対応に取りかかった段階で、残っているマスクの排除を頼む。もしマスクの数がこちらの予想外に多いか、爆発までの時間が極端に短い場合は、各自の判断で離脱してくれ」
離脱した場合は、上層部の顔も一応保った状態になるだろうと、梓藤は判断した。
そもそもめったに口を出してこない上層部からの直接の通達だ。
これはなにかあるのかもしれないと、漠然と梓藤は考える。そもそも何故そこに爆弾があると判明したのかすら、教えられていない状況だ。しかし、話を聞くのはあとでも構わない。押し問答をしている余裕はない。
「急行する」
こうして二人一組に分かれて、それぞれが位置情報を送られてきたタブレット端末を手にし、廃倉庫まで向かった。
「右を俺と静間、左は頼んだぞ」
すると西園寺が頷いた。
「はい」
坂崎は笑みを浮かべて西園寺と梓藤を交互に見た。
「ませとけって……西園寺に」
二人の無事を祈りつつ、梓藤は静間を一瞥する。
「行くぞ」
「はーい」
こうして梓藤と静間は、右側の廃倉庫の前に立ち、開閉用のレバーを操作した。
ギシギシと軋む音を立てて、灰色のシャッターが上へと上がっていく。
すると、ねちゃねちゃと音がした。
正面には、無数の遺体が散乱している。ヘルメットと服装から、処理班の者達だと、梓藤は判断した。既にここにある遺体は喰い尽くされた後のようで、左足が千切れ、右腕が人体としてはあり得ない角度に捻れ、腹部からは臓物がコンクリートの上にまき散らされている。そんな状態で、血だまりの中にいる人間の遺体で溢れていた。誰にも息はないが、あったとしても最早助からないだろう。梓藤は血だまりの一つを踏み、遺体の脇を進んで歩く。静間もそれは同様で、彼はいつものどこか気さくで軽い眼差しではなく、怜悧で真剣な目をしている。
暫く二人を誘導するように遺体が続いていき、木材が築いている角の向こうを、梓藤が確認する。そして息を呑んだ。さきほどのねちゃねちゃとした音は、今まさに人体を喰べている最中のマスクから発せられていたものらしい。一つの遺体に群がるのが最低五体、遺体は山のようにあり、そのそれぞれに五体……あるいはそれ以上のマスクが群がっている。目算で遺体が三十体、マスクは二百体近くいる。
「なんだ……この量は」
「いたの?」
「ああ」
「念のため聞くけど、生存者は?」
「全滅したという一報を受けたとおり、目視した限りでは見当たらない。奇跡的に何処かに隠れて逃れたのでもなければ、皆落命している」
梓藤の言葉に、角から顔を出し、静間が目を眇めた。
「短時間で、この量を喰い殺すのは、いくらマスクでも無理だよ。食べ始めてからも、相当時間がかかっているように思えるし」
静間の指摘はもっともで、少し首を傾げてから、梓藤はシャッターへと振り返った。
「静間、あれを見ろ」
「ん?」
シャッターには、血が飛び散っている。ベタベタと、手の形をした血の跡も、無数についている。
「恐らくここにいる者達は、この倉庫に閉じ込められて、マスクの餌食になったんだ」
「閉じ込める? どうして?」
「一つは、大量のマスクを外界に出さないため。もう一つは……あるいは高等知能を持つマスクが紛れていて閉じ込めたのかもしれないな。仮に前者だったとしても、上層部は後者だと宣言するだろうし、実際に後者なのかもしれないが」
梓藤の冷静な言葉に、納得したように静間は頷いた。
「どうする?」
「まずは爆発物の残り時間を確認する。少なくともシャッター前の通路と、遺体が山のようにある突き当たりの通路にはない。戻って他の二カ所の通路を確認する」
「うん、分かった」
こうして二人は引き返した。それから曲がった先には、血痕はあるものの遺体は無かった。続いて、左側を角から覗く。
「あった」
梓藤の声に、静間もそちらを見る。するとその通路にも遺体はなく、そこには上階へと続くエレベーターと、そこから少し手前の位置に黒い爆発物があり、赤い電気が明滅していて、いくつかのコードが出ていた。二人は視線を交わしてから、そちらに歩みよる。
――三十分十五秒。十四秒。十三秒。
「少しは余裕があるな」
目に見えて梓藤が安心した顔をした。
「解体出来そう?」
「ああ。この形態ならやれる」
「了解。じゃあこっちは周囲のマスクを警戒する。遺体に群がっているから来ないとは思うけどね」
マスクは、本能に忠実だ。食事を疎かにするようなことはない。
こうして梓藤が解体を始めた。
額に汗を浮かべながら、手際よく持参したペンチでコードを切っていく。
それが二十分ほど続いた時の事だった。
不意に、エレベーターの扉が開いた。中からは、明るい光が漏れてくる。
訝しく思って、静間がそちらを見て、眉間に皺を刻む。
「あれは……」
すると梓藤もまたそちらを一瞥した。それを見て、静間が慌てたように声を出す。
「見てくるよ。爆弾の方に専念してて」
「ああ」
頷いて梓藤が作業を再開した。非常に集中している様子だ。
それを確認しつつ、静間は念のため、排除刀を引き抜いて右手に持ち、エレベーターへと向かう。するとそこには、処理班の制服とヘルメット姿の者がいた。
「助けてくれぇ、マスクだ。マスクが!」
その叫びに、咄嗟に息を呑んでから静間が駆け寄る。すると助けを求めるように、中から両腕を出している、まだ年若い青年が見えた。
「――大丈夫です。警察の者です」
座り込んでしまった青年が、ガクガクと震えているので、屈んで静間が手をさしだす。すると、両手でガシリと静間の手を掴んだ青年が立ち上がると同時に、勢いよくエレベーターの扉が閉まった。
「っ」
左腕を挟まれた静間は、あまりの痛みに悲鳴を飲み込む。左腕の関節手前から挟まれており、閉じようとするエレベーターの力で血が流れはじめた。その間も、エレベーターの中へと引っ張り込むように、処理班の服を着た――マスクが笑っている。
「ああ、美味しそうだ。やっぱり生が一番美味い」
そう言うとこれ見よがしに、中にいたマスクがべろりと静間の親指の付け根を舐めた。静間の全身に怖気が走る。
「簡単に騙されるんだから、人間は本当に頭が悪いなぁ」
「善意で助けようとした人間は、善意を持たないマスクよりは高等だと思うけど?」
「どうだろうなぁ。僕達みんなの手にかかれば、どうってことないね。第一係も」
「――みんな?」
「そう、みんな」
「第一係を知ってるの?」
「知ってるよぉ。僕達の敵だもの。僕達を殺す愚かな集団で、殺しても殺してもゴキブリのように出てくる」
「それは誰に聞いたの?」
「さぁねぇ?」
「爆弾処理班の人の事は、いつから喰べてるの?」
「昨日だよ。昨日、もしご馳走をくれなきゃ、襲うって君達の上層部に連絡したんだ。それぞれのご家族を人質にとって。ご馳走をくれたから、解放してあげたよ。あれ? 僕達にも善意があるみたいだぁ」
聞き出せるかぎりのことを聞こうと静間は努力した。その間も、ずっと腕の痛みに耐えていた。ただ無駄話をしている間は、このような高等知能のマスクは食事より喋ることを優先する場合があるので、一応、そのおかげで左手がまだ食べられていないともいえる。
その間、静間は何度か梓藤を見た。梓藤が狼狽えたように駆け寄ってこようとしたので、首を振って制する。今は、爆弾の処理の方が先決だと暗に伝えた結果、梓藤もその通りにした。あと何分なのだろうかと、そちらにも焦りながら静間が再び視線を向けたその時――ビリっと音がした。そして梓藤が倒れ、影から出てきた者が、手にしていたスタンガンで再びとどめを刺すように梓藤の体に電流を流す。
――普段の梓藤であったならば、近づいてくる敵に気づかない事など無かっただろう。けれど寝ていなかったせいで、意識が曖昧になりかける中、必死に爆弾処理に集中していた結果、背後の気配に気づくことが出来なかったようだ。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる