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―― 第一章:マスク ――

【五】マスクとは

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 その後席に戻ってから、高雅の横に斑目が椅子を近づけた。
 そしてマウスを操作し、【マスク】と命名されているフォルダを開く。
 するといくつかのPDF資料があり、その内の一つを斑目が表示させた。

「まずはざっくりとだけど、マスクについての説明をしたいと思うんだ。どうかな?」
「宜しくお願いします、斑目さん」

 高雅が大きく頷くと、優しい顔の斑目が画面に視線を向けた。高雅もその視線を追いかける。一枚のPDFには画像がある。

 そこには、床にぺたりと落ちている人間の顔にそっくりの、しかし平ベったいお面のようなものが写し出されていた。上空から撮影した様子だ。瞼と鼻と唇の部分には凹凸があり、頬や額の形も人間とうり二つであるが、顔の部分しか存在せず、色も鈍色だ。

「これは分離している状態のマスク。なんでもこの状態だと、甘い香りがするらしいよ。その理由は不明なんだけどね」
「はい……」

 高雅が頷いた時、画面にもう一枚の画像が表示された。

「次にこれが、人間の顔に接着している状態だよ。マスクの表面の顔は、元の持ち主と同じように変化するんだ。だから外見からは判別が困難なんだ」
「なるほど……どうやって判別するんですか?」

 高雅が問いかけると、長めに瞬きをしてから、斑目が少しだけ苦笑した。

「多くのマスクは、接着した途端に、その宿主の脳を最初に支配し人間としては殺して、そこに特殊操作を加える。ただの脳死した人間とは違うようになる。そうして体を支配し、自由自在に動かす事が出来るし、記憶の一部も残る。だけど、ね? ここからが判別方法だよ」
「はい」
「異様にイチゴジャムを好むようになって、人肉や血を欲して襲いかかるようになるんだ。それ以外の行動はほぼしない。この二つあるいは片方の異常行動を認めた場合、マスクである可能性が非常に高い。仮にカニバリズムが趣味の人間であった場合でも、僕達は警察官だし、現行犯で対応しても問題は無いから――見つけ次第、暫定的にであってもマスクとおぼしきものを見つけたら、必ず捜査時に携帯する排除銃または排除刀で、頭部を破壊する必要がある。マスクは頭部を破壊されると、宿主の人間の体と共に死亡する。脳になんらかの操作をしているから、その脳が完全に破壊されマスクの表面も壊れると、絶命するみたいだよ。少なくとも、現場ではそうしているかな」

 つらつらと語る斑目は、遠くを見ているような目をしている。

「ただ頭部を破壊しないと、胴体や四肢のみを破壊した場合だと、顔から分離して、一枚目の画像のマスクの通りに、地面を這い、次の宿主になる人間を見つけるために移動を始める」

 高雅は頷きながら、その話を聞いていた。

「でもねこの他に、高等知能を持つマスクの存在も確認されているんだよ。それらの個体が最も危険なんだ」
「高等知能……?」
「うん。高等知能を持つマスクは、一般的なマスクとは異なり、完全に元の体の記憶を読み取れるみたいなんだ。それにマスクになっても、本来は人間の体だから、人間と同じ食事も可能で、そういったマスクは人間に擬態し紛れ込むために、人前では外食をしたり、家庭料理を食べたり、なんでも可能なんだよ。一般的なマスクと違って、欲望の制御が出来るとされている――とはいえ、根本的には、人の血肉とイチゴジャムを好むのは変わらないんだ」

 そのように人間の社会に紛れ込んでいるマスクもいるのかと考えて、高雅の表情が強ばる。怖気が彼の背筋を駆け上がっていく。

「そ、その……異常行動をしない、高等知能を持つマスクは、どうやって判別するんですか?」
「一つだけ方法があって、それが排除銃と排除刀なんだ。両方内部に、PK及びESPなどのPSYと呼ばれる力を模倣した新しい科学技術が用いられていて、銃であれば銃口を、刀であれば鋒を、頭部に直接的に接触させると、脳波からマスクか否かを判別して、マスクの場合は電子音が響くように作られているんだ」
「PK?」
「元々は人間の中の一部が持っていた、サイコキネシスや念力、テレパシーといった力を指すんだけど、それを人工的に再現したものだよ。まぁ、簡単に言えば、物質に作用する超能力とかね」

 高雅はこの世界に超能力といったものが存在するとは知らず、だが斑目がこの状況でからかうとも思えず、高雅は神妙な顔で頷いた。

「至近距離で頭部に接触させないと、マスクはね脳波を偽装するんだ。だから必ず接触させる必要がある……ん、だけど、怪しければ黒として、射殺して構わない」
「えっ……?」
「さっき、冬親――梓藤主任も言ったよね? ルールは一つ、『生きること』。だから身に危険を感じたら、躊躇いなく倒した方がいいよ。正当防衛にあたるからね」

 斑目の瞳が少しだけ悲しそうになり、微笑していた表情も曇った。
 口では厳しいことを言うが、実際には辛いのではないかと、高雅は推測する。それにこれらは、高雅が生き残るために必要だからと、新人教育の一環で強く述べているだけのある種の脅しであり、実際の現場はもっと楽なのではないか。そう高雅は考える。

「他にも、マスクが接着しそうになっている段階の一般人や――大罪人としてマスク同様絶対的な排除対象とされているのが、マスクを庇ったり、匿おうとしたり、協力しようとした人間だよ。彼らの事は、撃ち殺さなければならない。人間に対しても、排除銃は普通に効果を発するから」
「えっ……? 普通の市民もですか?」

 高雅は驚愕して、恐る恐る質問した。

「うん。マスクに与みした段階で、もうその者達は一般市民ではなく、死刑囚と同刑の犯罪者なんだ。そう定められている。一度でも与みした事が分かったら、必ずその場で射殺しなければならないんだよ」

 片手で口元を覆い、青くなりつつ高雅が小刻みに頷く。
 すると、不意に斑目が、当初のように柔らかな微笑を浮かべた。

「少し、休憩にしようか」
「は、はい」

 今教わったことを少し整理したいという思いもあり、高雅は頷く。
 自分の席の前へと椅子を戻した斑目は抽斗を開けて、様々な味のチョコレートが入ったアソートの袋を取り出した。そして右手を袋に入れて、色々な種類のチョコレートを手に取ると、高雅のデスクの上に置く。

「どれも美味しいんだよ。僕のお気に入り」

 柔らかな声音で言われた時、その中にストロベリー味を見つけて、高雅は思わず手に取り、それを斑目の方へと押し返す。

「ん? どうかしたの?」
「俺、ストロベリー味ダメなんです。ジャムとかも無理で」
「あ、そうだったんだ、ごめんね」
「いえ……お気遣い、ありがとうございます」

 そう答えてから、他の味のチョコレートを、高雅はご馳走になった。
 ――何故、ストロベリー味がダメかといえば、イチゴと聞いたり、イチゴのマークを見たりすると……どうしてもジャムを貪り喰っていた、妹の姿を思い出すからだ。あの事件以降、高雅は一度もイチゴを食していない。あと一歩、救出に来てもらうのが遅かったならば、妹の口の紅は、ジャムではなく己の血液で染まった色だったはずだ。高雅は時折、自分が喰われる悪夢さえ見るほどだ。

 その時、本部に電子音が鳴り響いた。
 そちらに視線を向けると、梓藤が受話器を持ち上げたところだった。レトロな電話だなと、漠然と高雅は考える。

「はい、警備部特殊捜査局第一係梓藤」

 高雅が見守っていると、眉間に皺を寄せた梓藤が、嫌そうな顔で電話に耳を傾けていた。それからデスクの上にあった紙に何かをメモし、いくつか返答してから通話を切った。

「とある学校に、マスクがいる可能性が高い。校舎と学園の敷地の広さを考えると、人出が多い方がいいから、今回は四人で行く。二人一組で、俺と廣瀬――斑目副主任、もう一班は、坂崎さんと高雅。連絡係として本部待機は、今回は静間、頼んだぞ」

 名前を呼ばれ、高雅は緊張して背筋を伸ばした。
 周囲では、それぞれが返事をし、質問を投げかけたりしている。
 高雅も返事だけは行った。

 このようにして、配属初日に、高雅の初捜査が始まったのである。



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