上 下
1 / 39
―― 第一章:マスク ――

【一】開けっぱなしの遮光カーテン

しおりを挟む
 遮光カーテンの合間から、朝の日射しが入ってくる。
 片側を開けたまま眠ってしまった、昨夜の自分を呪う。
 今日は折角の非番だというのに、結局はいつもとほぼ変わらない時間に目を覚ました。梓藤冬親しどうふゆちかは上半身を起こし、不機嫌さを露わに眉間に皺を刻む。

 艶やかな金色の髪と、青色の形のいい目をしている梓藤は、警備部特殊捜査局第一係の主任をしている。現在二十七歳。大学卒業後に警察学校で学び、すぐに特殊捜査局へと配属された。移動は一度もした事がない。だが周囲が次々と殉死していくため、自動的に昇進していく。

 ベッドから降りて、上に着ていた白いTシャツを脱ぎ捨てた梓藤は、百七十二センチのそれなりに筋肉のある体で、一度背を反らして天井を見上げてから、キッチンへと向かった。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、キャップを捻る。すると冷ややかな水が、喉を癒やしてくれた。

 それから鏡の前へと向かい、手に水を掬って顔を洗い眠気を覚ます。
 彼はふと鏡の中の自分を一瞥した。
 梓藤は整った顔立ちをしている。少し彫りが深めだ。だが別段ハーフやクォーターというわけでもないし、かといって髪を染めていたり、カラーコンタクトを身につけているわけでもない。昔から梓藤の家には、時折この色彩の者が、科学的な法則を無視するかのように生まれてくる。だから梓藤の周囲の人間は、彼の出生時、特に誰も驚くことはなかったらしい。梓藤は近くのカゴに手を伸ばし、真新しいYシャツの袋を開封して着替えた。

 支給されているスマートフォンが着信音を響かせたのは、丁度その時だった。
 電話の主が同僚の斑目廣瀬まだらめひろせだと確認してから、梓藤は電話に出る。

「もしもし」
『おはよう、冬親。起きてた?』
「おう。なんだよ、こんなに朝早く。事件か?」
『うん、そうだね。今、君の家の玄関の前まで来てるけど、入っていい?』
「ああ」

 頷いた梓藤は、実は非常に寝穢い。寝過ごす事が度々あり、斑目に念のため合鍵を預けている。梓藤はリビングへ向かい、ティーサーバーの下にカップを置き、珈琲を用意する。玄関から斑目が入ってくる気配を感じる。珈琲を二つ淹れ終わり、リビングのソファへと向かった時、斑目もその場に顔を出した。

「ありがとう、冬親」

 梓藤を下の名前で呼ぶ人間は、今ではほとんどいない。カップを斑目の前に置き、対面するソファに腰を下ろしつつ、梓藤は親友を見据えた。

 いつも穏やかに微笑している斑目は、梓藤の片腕で副主任をしている。少し色素の薄い茶色の髪をしていて、それが柔らかそうに見える。瞳の色も同色だ。

「それで?」
「うん。珍しく捕縛に成功したマスクが、警察車両から脱走したんだって。最悪な事に胴体に被弾しているから、恐らく肉体的が完全に死亡していて、顔からマスクが分離できる状態になっているみたいだよ」
「そうか。これだから生け捕りにしようなんていうのは、無理があると俺は思うんだ」
「まぁまぁ。実際に何度かは、成功例もあるしね。それで、ここから近い西区画の住宅街に逃げ込んだみたいだから、本部に待機していた僕と、非番だけど一番近所にいた冬親とで、マスクを探しをして欲しいって。勿論、もう次は排除対象だから、生け捕る必要はないよ」

 斑目の声に頷きながら、ゆっくりと梓藤は珈琲を飲み込む。

「折角の休みだって言うのに、俺も運が悪いな。で? 廣瀬、何か手がかりは?」
「路地の防犯カメラの映像だと、その頃通りかかっていたのは、小学生の女児以外はいなかったみたいだよ。最近にしては比較的珍しい、古き良き赤いランドセルを背負っていたんだってね」

 下の名前で相手を呼ぶのは、梓藤も同じだ。それだけ斑目の事を梓藤は信頼しているし、職場の同僚の範囲を超えて、よき友人だと考えている。なにより斑目の微笑を見ていると、どことなく落ち着いた気持ちにさせられるので、梓藤は居心地がよいと感じていた。

「とりあえず、その小学生の身元を確認して、家にでも行ってみるか?」
「もう、住所も氏名も特定済みだよ」
「さすがだな」
「車で来てるから、冬親の準備ができ次第行こうか」
「おう。上着を取ってくる」

 こうして二人は、マスクを探し排除するために、梓藤のマンションを後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

怖いお話。短編集

赤羽こうじ
ホラー
 今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。  初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。  その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。  全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。 ※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

適者生存 ~ゾンビ蔓延る世界で~

7 HIRO 7
ホラー
 ゾンビ病の蔓延により生きる屍が溢れ返った街で、必死に生き抜く主人公たち。同じ環境下にある者達と、時には対立し、時には手を取り合って生存への道を模索していく。極限状態の中、果たして主人公は この世界で生きるに相応しい〝適者〟となれるのだろうか――

バベルの塔の上で

三石成
ホラー
 一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。  友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。  その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

処理中です...