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―― 本編 ――

【031】アットホーム

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「ねぇ、砂月? フレンド登録してくれない?」

 飲んでいると陸那に言われたので、微笑して砂月は頷いた。フレンドは情報屋絡みを除いてあまりいないので、リストはがら空きだ。その場で陸那を登録した砂月は、ジョッキをぐいっと呷る。その間にも、次々と酒が運ばれてくる。皆が歓喜に沸いている。

「アットホームなギルドだね」
「うん、そうだね。そこがうちの取り柄かな!」

 陸那は嬉しそうだ。

「初心者ギルドの中では、まぁまぁ頑張ってる方だよ」
「そうなんだ」
「そそ。ログアウト不可になる一ヶ月前くらいに作ったんだけど、みんな良い奴だしさ」

 陸那はそう言うと、酒場内を見渡す。

「上を見たら切りがないけど、衣食住をどうにか、っていうのは、少人数だからだけど賄えてるんだ。一日一日、感謝してご飯を食べてると美味しいしね」
「そっか」
「砂月は? どんなギルドに入ってるの?」
「俺は……ソロギルドだけ、最近は恋人のギルドにお世話になってるよ」
「恋人いるんだ! まぁ砂月くらい美人の実力派なら、そりゃあねぇ」

 肩を竦めた陸那が、砂月を見てにやっと笑う。

「恋人との馴れ初めは?」
「えっ……その、素材集めをしていて会って、それからは、その……告白されたら、俺も凄く好きだったときがついて」
「いいなぁ。甘ーい。幸せそうでなによりだ!」

 そんな話をしながら飲む酒は、非常に美味だった。

 さて、十二時半から飲み始めて、既に六時を回った頃のことだった。

『砂月』

 静森から文字チャットが届いた。

『静森くん! あれ、今日は早く帰ってきたの?』
『ああ。下見は一段落したから、三日後に倒すと決まった。今、どこにいる?』
『今は、えっと……フレのギルドホーム』
『――ハロルドや現の関係か? 危ないことをしてはいないか?』
『全然違うよ。今日ね、星竜セイラの討伐パーティに入って、俺の他の三人のギルドにお邪魔して、まだ打ち上げ中なんだ。飲んでる』

 心配をかけてしまったのが申し訳ないが、心配をしてくれるのが嬉しい。

『ギルド名は?』
『【筒抜けの殻】っていうところで、自称初心者さんギルド。星屑都市ララキアにあるギルドホームにいるよ』
『そうか。まだ飲むか?』
『うーん、どうしようかなぁ。今は今日取りに行った杖を渡した初心者の子のお祝いしてる』
『そうか。水を差すのも悪いが、迎えに行っても構わないか?』
『え? 全然いいけど……そんなの悪いよ?』
『迎えに行きたいんだ。外も暗くなったしな』
『……うん。待ってる』

 そう伝えて砂月は場所情報を、静森に送った。
 それから陸那達を見ながらジョッキを傾けていると、十分ほどして、【筒抜けの殻】のギルドホームの扉からノックの音が響き、静かに押し開かれる。

「わっ、え? どちら様? イケメン来ちゃったよ……」

 陸那が目を丸くしている。酒には強いようだが、僅かに頬が朱い。別にそれは静森の顔が整っているからではない様子だ。

「砂月を迎えにきた、砂月の連れだ」

 “連れ”という一言がなんだか照れくさくて、砂月は微笑する。砂月はいつもより大量にハイペースで飲んでいたので、少しだけ体がふわふわしていた。

「あ! さっき言ってた恋人さんか。お名前は?」
「トー――……静森だ」

 珍しく静森が本当の登録名を名乗りながら、砂月に歩みよる。そして隣に立ったその時、響葵がジョッキをぐいっと静森の前に突き出した。

「ささ、帰る前に一杯!」
「そうだな、頂くとしよう」

 静森は唇の両端を持ち上げると、ジョッキを受け取った。晩酌を稀にする時はいつも日本酒なので、珍しいなと砂月は思う。ぐいぐいと静森は一気にジョッキの三分の二を飲み干す。

「おー! 静森さん、いける口だ! 砂月もかなり飲んでるけども!」

 陸那の声に、静森が珍しく楽しそうな顔をした。

「今日は砂月は、怪我はないな?」
「ないよ」
「ならばそれが全てだ、それでいい。ところで、杖を取りに行ったのだとか」

 静森の言葉に砂月が嬉しくなっていると、陸那がタイガの肩をポンと叩いて頷く。

「ほら、見て! この子の杖! 取りに行くのを砂月が手伝ってくれた感じ。野良募集だったけど、砂月が一撃」

 野良というのは、見知らぬ者同士のことだ。一期一会の関係である。

「……すごかった」

 春雨が言うと、大きく響葵も頷く。

「きちんとした魔術師って俺初めて見たけど強いんだなぁ。さすがは、ゲーム内の最難関職だと思った。スキルツリー一つとっても難しいんだろ?」

 響葵の声に、どこか静森が嬉しそうな顔をした。いつも、玲瓏亭では砂月の前以外では険しい顔をしてばかりの静森だというのに、この場では明るいから、砂月は不思議に思う。

「俺も、一番最初に入ったギルドで、当時のギルマス達がその杖を取りに行ってくれたんだ。懐かしいものだな。そのギルドは残念ながら今はないが、温かい者の集まりだった」

 懐かしそうな静森の声に、そんな過去があったのかと砂月は驚く。すると静森に肩を抱き寄せられた。

「砂月が魔術師であるように、俺もまた魔術師だ。だからきっと、その杖があれば、魔術師としての道を進める。よかったな」

 静森の声にタイガが瞳を輝かせて大きく頷いた。

「うん! 僕、頑張ります!」
「ほら、静森さん、二杯目、二杯目!」

 そこへ響葵が二杯目のジョッキを持ってくる。タイガは一緒に来ると、砂月と静森を交互に見た。

「僕も星竜を一撃で倒せるようになるかな?」
「ああ、俺はなると思うぞ」
「俺だってタイガくんならやれると思うよ」
「頑張る! そうしたら、俺もみんなに武器を取ってくるんだ! こういうの、もちつもたれつと言うんでしょ?」

 それを聞くと静森が小さく頷いた。今日の静森は、子供を安心させるような笑みだ。元々【エクエス】に幼いギルメンがいないというのもあるのかもしれないが、静森は子供が好きなようだと砂月は考える。

「先人に与えられたものは、先人に恩義を感じ、先人に返すのではなく、今後頑張る者に奉仕することで、もちつもたれつという本当の関係になるのではないかと俺は思う。杖を貰ったのなら、次に取ってきた杖は恩人に返すのではなく、今後魔術師を志す者にあげるといい」

 静森はそう言うと、砂月を抱き寄せているのとは別の手で、ぽんとタイガの肩を叩いた。するとタイガが静森を見て、感動したような顔をする。

「わ、分かりました!」

 その後は、午後の十時頃になり、静森が帰ろうと言ったので、砂月は一同に向かい手を振った。ギルドホームを出てからは、砂月は静森に手を繋がれて歩いた。ふらついているわけではないが、ギュッと恋人繋ぎをされているのが嬉しい。

 空には満天の星空があり、天の川もよく見える。
 三日月の色は、白だ。

「楽しかったね」

 いつも砂月の家に着てきた通りの、簡素なシャツとローブのアバター姿の静森に、砂月は笑いかけた。すると手に力がこもった。

「ああ。よいギルドだったな」
「そうだね。ああいうギルドばっかりだったらいいのに……ん、それじゃあ攻略は出来ないし、俺は別に【エクエス】がダメだとは思わないけど」
「――俺は当初は、トップギルドを目指したいと思っていたわけではないんだ」
「そうなの?」
「ああ。まったりと初心者支援をするような、そんな、【筒抜けの殻】のようなアットホームなギルド、誰かのために装備をみんなで取りに行くようなギルドが作りたかった。まさにそれが、俺が最初にいたギルドだったんだ」

 静森は優しい目をしている。声もまた穏やかだ。

「最初のギルドはなくなっちゃったって言ってたけど」
「ああ。ギルマスが【ファナティック・ムーン】を引退することになってな。皆、その人だったから集まっていたから、その人の決定ならばと解散に応じた」

 なるほどなぁと砂月は考える。

「そのマスターさんは、名前はなんていう人だったの?」
慧山えやまと言った」
「……え?」

 砂月は首を傾げた。慧山という名のフレこと顧客が、【タコハイ】というギルドのサブマスをしている。黒闇叡刻のローブの騒動で、【Lark】についての噂を耳に入れてくれた人物だ。そしてこの【ファナティック・ムーン】というVRMMORPGは、フレ登録などをしなければ偽名・通名を名乗れるかわりになのか、本当の名前は重複登録出来ない仕様だった。

「それ、マスターさんが、今もアカウントがあったとか、復帰していた可能性はある?」
「あるだろうな」

 砂月は酔いが醒めた気がした。

「今でも、会いたい?」
「――どうだろうな。恩人であるから、いつか礼をいいたいとは思う。だが俺は、先ほどタイガに話したように、俺の後に続く者の支援こそが、恩返しになると考えている。そしてこれは、慧山さんの受け売りだ」

 静森の懐かしそうな顔を見て、砂月は頷いた。ただ今度、慧山に聞いてみようと考えたし、もし当人ならば、紹介する――再会する場を設けてもよいと考えた。

 こうして二人は月明かりの下、玲瓏亭へと帰還した。


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