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―― 本編 ――

【022】待機からの(SIDE:夜宵)

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 玲瓏亭の一階奥、応接間から少し離れた場所。
 その和室に現在、夜宵は【Lark】のギルマスの【らい】と、【Harvest】のギルドマスターである【しずく】とサブマスの【陽堂ひどう】と共に待機している。本日は、【エクエス】と【Genesis】の会談があるため、もし成功し予定より早く終わった場合、それぞれの関係ギルドであるとして、【Lark】と【Harvest】は挨拶するべく、この場に待機していた。

「会談……成功するでしょうか」

 ぽつりと夜宵は述べた。
 胸中では、静森がしくじるわけがないので絶対に成功すると思っていた。
 話しかけた相手である己のギルマスの雷は、腕を組んでいる。こちらも一流の魔術師、最強の魔術師だと呼ばれている。ただし――彼は顔には出さないが、静森の信者である。あのように優れた魔術師はいないとして、静森を崇拝しているため、それはもう夜宵と気が合う。

「夜宵さんは優しいんですね」

 すると【Harvest】のサブマスの陽堂がうっとりした顔をした。彼は、夜宵を一目見た瞬間から、ずっと頬を染めている。先ほどから、夜宵のお茶がなくなる度に、かいがいしく新しいお茶を用意してくれている。さすがは生産ギルド。その味は美味しい。

「君はもうちょっと鼻の下を伸ばすのを自省した方がいいんじゃない?」

 【Harvest】のギルマスの滴は、完全に呆れかえった顔をしている。
 夜宵は、滴をまじまじと見る。

 やはり生産ギルドといえば、この世界では【Harvest】であるし、炊き出し提案などに関しても、声が出始めたところで音頭を取ったのは【Harvest】だ。だがこの【Harvest】のギルマスも、あまり表に出てこないことに定評があった。

 夜宵も本日初めて滴を目にした。
 滴は銀髪を綺麗に切りそろえていて、紺色の瞳をしている――端的に言って美青年だった。絶対美を誇る静森とは方向性が違うが、滴の顔面はそこそこ推すに値する。ただし推しとは見た目だけで完成するものではないが。

「ええ。僕もやって頂いてばかりで。僕は、茶菓子のおかわりを貰いに行って参ります」

 夜宵はそう言って立ち上がった。
 すると慌てたように陽堂も立ち上がる。

「い、いや! 俺が好きでやってることですので! 姫はどうぞ座っていて下さい」

 姫呼びされるのは慣れてはいたが、なんとも気恥ずかしい。
 夜宵は微苦笑した。
 その姿までもが可憐なのは否めない。
 だが、雷と滴が完全にあきれているのも、夜宵は感じ取っていた。雷に関しては、静森信者という点で親しいので、既に夜宵の本性は知られている。だが、滴はどうやらただの正直者の様子だ。己の美貌に見惚れない数少ない――当人も美形には久しぶりに会ったなと、夜宵は滴をちらりと見た。すると目が合った。

「せんべい飽きたので、次は洋菓子の甘い物貰ってきてもらっていい?」

 無機質な表情の滴は、そういった。にこりと夜宵は微笑する。

「行って参ります」
「あ、あ、俺もいきます!」
「まぁ……陽堂さん、お気遣いなく……」
「いえっ! 行かせてくれ!」

 と、こうして夜宵は陽堂と共に外へと茶菓子のおかわりを貰いに出た。
 すると丁度、廊下の向こうから、数人の【エクエス】の執権が歩いてきた。

「まさかトーマ様がご結婚なさっていたとは」
「指輪から噂はされていたが」
「しかし……あのような麗人であれば、納得も行くな」
「そうだな。悠迅様を助けたという実力も信頼に値する」
「トーマ様がお選びになった伴侶の方だ。間違いなどあるはずはないが」

 そんなやりとりが耳に入ってきたので、カッと夜宵は目を見開いた。

「トーマ様の伴侶の方がおこしなのですか!?」

 夜宵は思わず我も忘れて声を上げた。するとびくりとして、執権達が立ち止まった。

「あ……ああ、はい。そのようですが」
「――そうですか」

 夜宵はにこりと微笑し、自分の勢いをセーブした。すると彼らも夜宵に見惚れた。
 それから不憫そうに夜宵を見た。

「や、夜宵様も十分お美しいです……」
「よいのです。僕は気にしておりません」

 どうも失恋した不憫な人だと思われている様子であったが、夜宵はそれを逆手に取り儚く笑って見せてから、廊下の奥を見た。

 ――推しの伴侶が来ている!
 ――見たい!

「……陽堂さん」
「は、はい?」
「僕は少し所用が出来たので、退座します」
「所用?」
「はい。エベレスト登山よりもハードな任務が生まれたのです。なので茶菓子の手配はお願いいたします!」

 こうして陽堂を置き去りにして、夜宵は駆けだした。
 会談が行われているという部屋の位置は聞いていたので、夜宵はそこを目指して走った。
 そして戸が開け放たれている部屋のそばに立ち、ちらりと室内をのぞき込む。

「……!」

 すると静森が、たぐいまれなる美人を抱きよせながら座っていた。
 瞬時に夜宵は、抱き寄せられている人物――おそらく砂月という名前のはずだと考えながら、その人物を値踏みした。顔良し、服のセンスよし、体型よし、表情よーし! オールオッケーであった。現時点で、静森の隣に座らせておくにはパーフェクトである。あとは中身の問題だ。そう考えて、聞き耳を立てる。

「――え? それは非効率すぎない?」

 すると砂月という名だと静森から聞いていた伴侶らしき人物が口を開いた。今も、静森の腕の中である。

「土の究極魔術クエイクは、範囲攻撃だよ? ボスみたいに対象が一体だと効果は半減していくのが範囲だよ?」
「そうだ。砂月の言うとおりだ。仮に【Genesis】とうちで討伐にあたるにしろ、そういうことならば、土属性の銃術士の単体攻撃『アーストリンガー』の方が威力がある。【エクエス】が、【Genesis】の補佐をするべきだ」
「やっぱりそうだよね? 静森くん」
「ああ。砂月の言うとおりだ」

 何やら中では攻略の話し合いが行われていた。どうやら砂月はガチ勢的だぞと、夜宵は心の中でメモを取る。

「まずこっちとしては、【エクエス】が俺達の補佐をしてくれる印象がない。欠落してた。それってあり得るのか?」

 遼雅がそう言うと、横からぽんと悠迅が遼雅の肩を叩く。

「俺達は、敵対したいわけじゃないからなぁ! 効率がいい方が――というより、死傷者が少ない道を選ぼうなぁ!」
「……それはありがたい。ならば、次の紫晶竜アメザスの討伐に関しては、合同で――」

 遼雅がそう述べた時、夜宵は後ろでため息をつく気配を感じた。

「何事かと思ったよ」
「! 滴様」
「抜け駆け? なにか話し合いに大惨事でも勃発したのかと思った。だけど、なにあれ? 発言はまともだけど、なんでその中に、バカップルらしき一組が紛れ込んでるの? 見たことないからあれがトーマ様と、なにやら今日の仲介者らしい情報屋さん……というかなんというかなんだろうとは思うけど、どういう状況なの? まともなの? バカなの?」

 銀髪を揺らして腕を組んだ滴に振り返り、夜宵は真顔をした。

「トーマ様ほどのお方はおられません。そのお方の腕の中におられるのだから、まっとうのはずです!」
「……、……あ、そう」

 二人がそんなやりとりをしていると、ガラガラと大きく戸が開いた。
 そこには悠迅が立っていた。

「あ、夜宵。と、そちらは【Harvest】のギルマスだったな。入るかぁ? 今、【Genesis】が教えてくれた新しい中難易度ボスの攻略に、親睦を深めるのもあって、合同でいかないかって、うちと【Genesis】と、あと、えっと、トーマ様の伴侶だった情報屋と話してる所なんだよぉ! 行くってなれば、【Lark】と【Harvest】にも話回すってことになってたから丁度いいわ」

 こうして悠迅が手招きしたので、夜宵は迷わず室内に入った。滴はしらっとした顔をしてから中へと入る。そして滴は、遼雅の隣に座った。遼雅の逆隣が悠迅だ。夜宵はその悠迅と角を挟んで横に座る。

 遼雅達の正面には、砂月を抱き寄せている静森の姿がある。
 静森は無表情で睨むように、夜宵と滴を見た。だが、続いて砂月と目が合うと口元を緩めた。

 やばい。推しが笑顔を振りまいている。
 砂月の偉大さに、夜宵はガッツポーズしそうになった。

「あー……礼儀として名乗るけど、僕は【Harvest】のマスターをさせてもらってる、滴だよ。よろしく」
「ああ、宜しく頼む。【エクエス】のギルマスをしているトーマと呼ばれている者だ。砂月以外の多くには」
「その補足凄いどうでもいいよ。なに、砂月、どういう状況なの?」

 どうやら砂月を知っているらしい滴の声に、夜宵は視線を向ける。静森も態度が一変し、滴を凝視したのが分かる。

「あのね、俺結婚したんだけど」
「どうでもいい、聞いてない」
「あ、ごめん。じゃあいいや」
「まさかとは思うけど、無駄話はあまりしない砂月がいきなりのろけ出すとすると相手は、そのトーマ様だったりするの? まさかね?」
「うん、そうなんだよ……」
「自殺願望でもあるの? トップギルドのギルマスと結婚するなんて、いつ刺されても文句は言えないけど」
「滴くん。それが、ね? 今日俺も、静森くんが、トーマ様だって初めて知ったんだ」
「セイシンくんって呼んでるんだ? へぇ」
「うん!」

 砂月がへにゃりという顔をすると、滴が目を据わらせた。
 静森の伴侶を知っているらしい姿に、夜宵は滴が羨ましくなる。

「砂月、そちらの滴とは旧知の仲なのか?」
「うん。同じ生産者だからね」
「――僕は、砂月に生産の全てを教わったんだ。いわば、砂月は僕の生産者としての師匠だよ」

 すると砂月の声が終わってから、滴がそう述べた。
 息の長いゲームだったので、【ファナティック・ムーン】には、自分より優れた古参の者を師として敬う風潮があった。

「……? 生産トップギルドの【Harvest】のギルマスの師だと?」

 静森が驚いた顔をしている。こんな表情変化も珍しい。

「やだなぁ、滴くん。そんなにおだてないでよ」
「いや、本当のことでしょ。僕は忘れないよ。生産初心者で、ボスドロを入手できなくて詰みかかってた僕を助けてくれたこと」
「照れるなぁ」
「まぁ……砂月が選んだ人なら大丈夫なんだろうけど、いや、大丈夫じゃないかも。真剣な話し合いの場で、伴侶を抱き寄せてる相手と、僕は話し合いできる気がしない。トーマだっけ? 離しなよ」

 どきっぱりと滴がそう言うと、静森が鋭い眼光を向けた。

「――お前は本当にただの弟子なのか? まさか砂月に対して邪な思いを――」
「ない。それはない。ありえない。僕、砂月と結婚するくらいなら、夜宵と結婚した方がマシ。夜宵と結婚して毎日刺されそうな生活する方が、砂月よりいい」

 真顔で滴はそう言った。

「わかってないんじゃないの? 砂月と結婚するってことは、素材集めのために三日、不眠不休で数がそろうまでボスを討伐するってことなんだよ? 頭おかしいよ?」
「やだなぁ、滴くん。静森くんの前でそういうこといわないで……第一、俺は生産は本職じゃないしさぁ」
「でも、事実だよね? 鬼って評するしかないよ? 砂月の素材集め」
「大丈夫だよ。静森くんも、鬼火の糸を最終的に8090000個集めるまで狩り続けてた」
「あ、同類? 失礼しました……変態がいたのか、砂月のほかにも」

 滴は静森を見て、遠い目をした。

「ああ。いや、砂月と話しているのが楽しかったから苦にはならなかったが、飯バフの素材を少しな」
「なるほど。あの入手困難な【鬼灯の礎】を大量に作ろうとしたとかそういう?」

 滴の言葉に、静森が頷く。それを見ると滴が遠い目をした。

「ああ、なるほど、本当に砂月の同類か。失礼しました。生産者の目から見てもクオリティおかしい砂月の伴侶だけある。なるほど――ところで遼雅、それで【エクエス】とは良好な関係を築けそうなの?」
「ん? ああ、お前が砂月と親しいアピールをうっかりして、トーマの機嫌を損ねなければいけると思うぞ」
「安心して、師弟関係と親しさは別のベクトルだから」

 このようにして、滴と夜宵も加わって、今後のボス討伐についての話し合いが行われることになったのだった。

 夜宵は砂月をちらりちらりと見ながら、さすがは静森が選んだだけあって凄い人なのだと、終始燃え上がっていたのだった。




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