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―― 本編 ――

【019】名推理と迷推理

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 悠迅を経由し、【エクエス】の側から正式に仲介を依頼された砂月は、その旨を音声チャットで遼雅に伝えた。

『いや、本当。砂月さすがすぎる。尊敬した』
「20億エリスは、いつでもトレードOKだよ。あ、嘘ごめん。今日はダメ」
『今日はなにか予定があるのか?』
「伴侶が来る日」
『語尾にハートマークとんでそうなくらい嬉しい声を聞かされるとは思ってなかった』
「えっ、俺そんなに嬉しそうだった?」
『うん』
「じゃあとりあえず、仲介に都合の良い日にちだけ挙げて手紙でおくっておいて。トレードは後日こちらから連絡する」
『砂月、仲介してくれるっていうんだから、お前も来てくれるんだろうな?』
「――へ?」
『俺と【エクエス】の【トーマ】の一対一とか、気まずそうすぎて何話していいか分からん』
「遼雅くんならやれるっしょ。コミュ力おばけじゃん」
『それはお前だ。頼む、仲介者のお前と、俺達。で、空気を読んでお前が退出。これでどうだ?』
「……えー……」
『俺とお前の仲だろ?』
「……そうだなぁ。確かに俺も、未知のヴェールに閉ざされてる【トーマ】様とやらのご尊顔は見ておきたいけど。うん、そうだね。前向きに検討して、俺も同席する方向で調整するよ。じゃ、そろそろ静森くんが来るから通話を切るね」
『おー。お幸せに』

 と、こうして通話を打ち切り、砂月はキッチンへと向かった。
 今日は和食には入らないかもしれないが、和風おろしハンバーグを作ると決めていた。
 既に下準備は終わっているので、あとは静森が来る頃に焼くだけだ。
 そう考えながら突き合わせのポテトなどの準備を終えて、砂月はコーヒーカップを持ってからリビングのソファへと戻った。

 そして、ふと考えた。

「……お見合い、かあ。結局、俺が聞いた限り、【エクエス】と【Lark】の間でしか、お見合いらしきお見合いの話って聞いてないんだけど……ギルメン同士でも話があったとしたら、やっぱそこの二カ所だよなぁ、きっと」

 もしかしたら、静森は魔術師であるし、【Lark】に所属しているのかもしれない。あそこはガチガチの魔術師ギルドなのだから、魔術師ならば在籍すること自体が栄誉だとされる事もある。大男らも、魔術師スキル以外の格闘家スキルを上げている状態の、本職は魔術師だった。

「エンブレムはつけてないけど、絶対つけないといけないわけじゃないだろうし。攻略もギルドでしてそうだったし、静森くんは【Lark】の魔術師なのかなぁ?」

 調べないと決めていたが、少し気になってしまった。あのように優しい静森であるから、真っ黒だった結納品には関わっていないと思うが、きっと【Lark】の魔術師に違いないと、砂月は思った。砂月は、自分に関係する事柄になると、著しく直感が鈍るという悪癖がある。

「まぁだとしても【エクエス】と【Lark】は穏便みたいだし、【Genesis】と【Harvest】は良好だから、これで【エクエス】と【Genesis】が連合関係になれたら、静森くんへの危険も減るかな? だといいなぁ。間接的にでも静森くんの役に立ちたい」

 つらつらとそんな事を呟いていると、待ち合わせの十分前になり、ドアがノックされた。

「はーい」

 カップを置いて、勢いよく砂月が立ち上がる。そして小走りにエントランスへと向かいドアを開けると、入ってきた静森が柔和な笑みを浮かべて、正面から砂月を抱きしめた。その優しい腕の温もりと、着痩せする様子の厚い胸板の感覚が、砂月は大好きでもう虜だ。

「砂月」

 静森が片腕で砂月を抱き寄せ、もう一方の手で砂月の顎を軽く持ち上げる。
 そして目を伏せ首を傾けて振れるだけのキスをしてから、改めて目を合わせて優しく微笑した。

「会いたかった」
「俺も」
「そうか。嬉しくてたまらない」

 あんまりにも静森の笑顔が綺麗なものだから、見惚れつつ砂月は両腕で静森に抱きついた。二人で居ると、その時間だけが全ての感覚で、余計な事はどうでもよくなってくる。

「入って。今珈琲を淹れるから」

 砂月は静森の腕に両手を絡めて中へと誘ってから、ソファに促した後、珈琲を淹れに向かった。そして用意してリビングに戻り、静森の前にカップを置いてから並んで座る。

 すると静森が砂月を何気ない調子で見た。

「【月に沈む】」
「――え?」

 突然のことに、笑顔のままで砂月は硬直した。

「ギルドランキングを見たか? 一位だったギルドの名前だ」
「あ、うん……」

 世間話かと判断し、砂月は胸を撫で下ろす。すると静森がカップを持ち上げて、その水面に視線を落とした。

「【月に沈む】は生産カンスト者がソロで運営しているようだな」
「っ、あ、そ、そうなの?」

 砂月は反射的にすっとぼけた。

「ああ。ギルド人数1、生産者数1とあったからな」
「な、なるほどぉ。いやぁ、よく見てなくて見方がさっぱりで、ハハハ」

 あからさまな空笑いになってしまい、砂月はいたたまれない気持ちになった。
 ダラダラと冷や汗が浮かんでくる。
 まさか気づかれているのだろうか? と、不安に駆られた。

 もし静森に知られたら――聞かれたら伝えても全然構わないが、あのような嬉しくないランキングで一位だった件がバレるというのは、まるで己がガチ勢みたいで嫌でもある。決して自分はガチ勢ではないと砂月は自負している。気のせいであり、砂月は自分で思っている以上に【ファナティック・ムーン】を極めているのだが、それに関しては本人の認識なのでどうにもならない。とにかく引かれそうで怖かったといえる。

「しかし、【月に沈む】か」
「こ、こだわるね」
「そうか? よい名だと思ってな」
「そ、そう? 俺にはよく分からないかなぁ」
「砂月は自分のギルドの名前はどうやってつけたんだ?」
「っへ!? えーっと……えーっと……えっと……えっ……わ、忘れた!」

 動揺しすぎて挙動不審になってしまい、これならばいっそ話した方がよいだろうかと砂月は内心で悩みあぐねいた。

「せ、静森くんの入ってるギルドの名前の由来は?」
「――長くなるからいつかゆっくりと話す。ところで砂月、今日は何を作ってくれるんだ? 前回は希望を話すのを忘れてしまった」
「和風おろしハンバーグだよ」
「ハンバーグか。いいな」

 静森がふわりと笑ったので、そこで【月に沈む】の話は途切れた。
 単なる世間話だったらしいと判断した砂月は、動揺に気づかれないように何度かひっそりと深く息を吐いてから立ち上がる。

「今用意するね」
「なにか手伝うか?」
「あ! じゃあ飲み物の用意をお願いしていい? 前に淹れてくれるっていってたけど」
「ああ、勿論だ」

 と、こうして二人は並んでキッチンへと立った。カウンターで静森がアイスティーの用意を始める。フライパンの前には砂月が立ち、ハンバーグを焼いた。

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