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―― 本編 ――
【016】ログアウト不可における新・特別クエスト(SIDE:遼雅)
しおりを挟む砂月と静森が結婚クエストをしていたその日。
「準備は良いな?」
ギルド【Genesis】は、女神ファリアが提示した新しい特別クエストに臨むことにしていた。既に二つほど、新規のボスは倒しているが、その二つはいずれも他ギルドも一度倒したことがあるボスであり、事前に属性などの噂は大きく広まっていた。またなにより、初心者の街に近しい場所にいたボスであるから難易度も低かった。
しかし、今回は違う。
ギルドホームがある葉竜都市から近い場所に発見された新ボス。
遼雅が指揮を執る【Genesis】の今回の討伐目標は、そこにいるまだ未確認のボスだ。ボスがいる場所には特別な紋章が浮かび上がるため、ボスがいる事は分かっているが、そこになにがいるのかは不明だ。
元々のVRMMORPGの時点から、葉竜都市の近隣のボスは中難易度だったため、決して気を抜く事は出来ない。
「はい!」
ギルメン達が大きく返事をする。
現在攻略に参加しているガチ勢のギルドの多くは、まだ初心者の街の付近のボスを見つけては討伐しているのが実情なので、今回【Genesis】が討伐に成功すれば、それは公的には初の中難易度討伐成功となる。
まぁ、周囲に情報をほとんど漏らさない【エクエス】は、既にどこかの中難易度ボスを倒している可能性があるが、と、遼雅は思う。
遼雅自身というよりもギルメン達が、攻略による覇権争いに乗り気だ。元々戦う事が好きなプレイヤーが所属しているせいでもある。
「よし、行くぞ。気を抜くなよ! 俺もだけど」
そう言って遼雅が笑うと、その場の緊張感が少しだけ和らいだ。
こうして向かった先は、エセルネの森の奥にある古い神殿だった。洞窟をそのまま神殿に作り替えてある様子で、晴天の空の下周囲の木々が揺れている。歩きながら装備の確認をし、遼雅は体装備である青貫銃士のベストや銃術士の武器の中で愛用している猟銃・奏の状態を確かめた。
神殿に扉はないので、遼雅が先陣をきり中へと入ると、次第に洞窟の岩肌が見え始める。湿っぽく黴臭い匂いがし、遠くからは水がぴちゃりと落ちる音が響いてくる。
「遼雅さん!」
暫く進むと、隣を歩いていた【ライキス】が立ち止まる。ほぼ同時に遼雅も立ち止まった。ライキスは、【Genesis】のサブマスで、今年二十六歳の遼雅より五歳年下だ。砂月と同じ歳である。
「ああ、あれだな」
正面には、亀のような巨大なボスの姿があった。甲羅の部分からは虹色の水晶のようなものが複数生えている。
「遼雅、属性は地だ」
逆の隣にいたもう一人のサブマスの【新(あらた)】が声をかける。銃術士には、属性を判明させるスキルがあり、それを早速使った様子だ。
「床に罠(ギミック)は無さそうだな」
遼雅は呟くように言う。VRMMORPGでは、様々なフィールドの床への仕掛けがボスにはあった。
「ただ場所が怖いな。地属性のボスは、地震動攻撃が主体だけど、ここ、洞窟だしな。落石に注意だ」
今度はよく通る声で遼雅が述べる。
周囲に緊張感が漂う。
「どうします?」
ライキスの声に、新が唇の両端を持ち上げる。
「そりゃ、俺達は脳筋火力だ。当たって砕けるだけだろ! いや、砕けたらダメだ。勝つぞ!」
するとギルメン達が歓声を上げた。
遼雅も大きく頷く。
「俺が一撃目を撃つ。あとは、俺達の経験と勘で乗り切ろう。俺達ならやれる!」
そう言って遼雅は猟銃・奏を構えた。
こうして戦闘が始まった。
「――と、まぁそういう感じで、一昨日は派手に戦ってきたんだよ。あー、頑張ったよ俺は!」
勝利を収めた翌々日、遼雅は今では『いつも』の場所になった酒場で、砂月と酒を飲んでいた。
「ふぅん。さすがは【Genesis】だね。討伐成功おめでとう!」
ソルティドッグを飲んでいる砂月が、綺麗な唇の両端を僅かに持ち上げた。
それを見て遼雅は微笑を返す。
最初の出会いこそ情報屋と顧客だったわけだが、遼雅にとって砂月は今ではよいフレだ。
「ただうちのギルドは聖職者――回復役と、あとは音楽家、バフ役が少ないから、どうしてもな……」
「死傷者が出たの?」
「……おう。怪我の方は戻ってから、【Harvest】の聖職者にヒールしてもらって治ったが、傷が治っても残存ダメージが数日残るらしい。死んだ奴の方は教会で蘇生したが、こちらも十日は動けないみたいだ」
遼雅の声が沈むと、グラスの中を覗き混んだ砂月が小さく頷いた。
「それにその度に装備のロストもある。今後高難易度に挑戦するとなると、やっぱり俺のギルドのみでは、客観的に考えて厳しいと俺は思う」
冷静に遼雅は述べた。
「それって他のギルドも多分同じだよね?」
「恐らくな。だから俺としては、もっと大規模に連合して、攻略を志す者で協力関係を築いた方がいいと思うんだけどなぁ……」
そう言ってから、遼雅はぐいっとビールを飲み込む。このような話はギルメンにはいいにくいので、砂月に聞いてもらえるのがありがたい。
砂月といると話しやすくて、ついぽろりと本音が零れる。
それはフレだからというよりは、砂月の人柄のような気が、遼雅にはしている。
ただ砂月は話しやすいのに、何処か一歩引いた線のようなものを感じることがある。本当には内側まで入り込めないような感覚だ。その絶妙な距離感が、口を軽くさせるのかもしれない。
とはいえ遼雅は、それを寂しいとは思わない。遼雅は、相手が自分をどう思っているかではなく、自分が友達だと想えば、その相手を友達だと認識して接する方だからだ。遼雅にとって砂月は大切なフレである。
「じゃあ【Genesis】は連合先を探してるって事? 【Harvest】とは別に」
「いいや、俺個人がそう考えているだけだ。それに生産ギルドだけど【Harvest】の奴らもいい奴が多くて、戦闘にも今後は出来ることは力を貸してくれるって話してた」
「なるほどねぇ」
頷きながら砂月がソルティドッグを飲んでいる。
「じゃあこれからも、暫くは主に【Genesis】主体で中難易度ボスを倒すんだ?」
「そうなると思う」
「連合先、見つかるといいね」
「――正直、あんまりツテも無ぇしなぁ。連合先を探してて、攻略に意欲的なとこはどこもやっぱギスってるから、中々にむずい」
はぁっと珍しく遼雅が溜息を零した。砂月はグラスを置いてから腕を組む。
「連合先探してそうなギルド、探ってみる?」
「いくらだ?」
「そうだなぁ。20億エルスくらいでいいよ」
「このご時世では高い。でも――本当に上手くいったなら払う。仲介まで頼むぞ。仲介料込みだ」
「了解」
そんなやりとりをした夜だった。
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