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―― 本編 ――

【008】黒闇叡刻のローブ

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 静森が帰ってから、砂月はベッドにダイブし、バシバシと枕を叩いていた。

「うわぁぁぁあ結婚! しちゃった! 結婚! わぁぁぁぁあああああ」

 そしてこれまで口に出さなかった叫び声を上げた。
 その顔はにやけている。
 頭の中は静森一色であり、まさに結婚をきっかけに自分の気持ちに気がついたような、そんな感覚だった。とにかく嬉しくて、枕をバシバシと叩かずにはいられない。

「静森くんと、結婚! うっわぁぁぁぁ」

 にやけっぱなしの砂月はその後、普通に就寝した。

 そして翌朝。
 欠伸をしながら起き上がると、手紙が来ていた。

「静森くんからだ――『おはよう』って、おいおいマメだなぁ。俺も返そっ」

 翌日も砂月は朝からにやける結果となった。
 上機嫌でスクランブルエッグを作って食べた後、砂月は大きく深呼吸をする。そして表情を引き締めたが、三分でまたにやけた。

「って、ダメだダメ! ダメだ俺! 俺には仕事がある!」

 この世界において仕事は自分が作り出すものなのかもしれないが、変わらず砂月は情報屋である。

「今日は、ええと……」

 おにぎり弁当はもう作らないが、かといって遼雅との縁が切れたわけでもなく、相変わらず遼雅はいい顧客でありフレだ。だが、他のフレンドという名前の顧客からも、最近は色々と依頼が舞い込み始めている。主に手紙で届くので、砂月はその中から気が乗る依頼を選択する事にした。

「【Lark】が、黒闇叡刻のローブを奪ってる噂……? 理由と用途が知りたい。出来れば返して欲しい……?」

 砂月はフレンドである、【タコハイ】というギルドのサブマスである慧山えやまから届いた手紙を読んだ。

 なんでも、強引な理由をつけて、装備を奪われた様子だ。
 黒闇叡刻のローブは、魔術師の最強装備である。砂月がログアウト不可になる直前に買いあさった装備の一つでもあり、砂月は現在五十二着のストックと、自分用が五着ある。

「【Lark】に売りつけてもいいけど、穏やかじゃないなぁ。返す返さないは俺の知ったことではないけど……なんでまた? 【Lark】のギルメンなら、もう持ってそうなのに」

 砂月は首を傾げた。
 【Lark】というのは有名な、魔術師専門ギルドである。魔術師オンリーのギルドとしては、最高峰だ。だが別の意味でも有名で、【ファナティック・ムーン】の『姫』と呼ばれる、【夜宵】というプレイヤーの存在感がすごい。姫とはいうが、性別が現実通りになって変化したので無ければ男性だ。非常に儚げな美人として評判で、誰しもが伴侶にしたいと噂されており、老若男女が見惚れる容姿の上、非常に優しい人物だという話は砂月も聞いた事がある。何度か直接見かけた事もある。夜宵はギルメンに護衛されながら、時々各地の教会や大神殿にお祈りに出かけるので、見かけるチャンスが多いためだ。

 記憶を辿ると、長い髪をした美人の姿が浮かんでくる。いつも桜色の和服姿だ。【ファナティック・ムーン】は、和服アバター派がそれなりに多い。砂月もそうだ。

「遼雅くんの話だと、【Lark】も攻略組のギルドみたいだし、その関連で関係ギルドに卸すのかもね。案外連合先に渡すとか? ありえるな。【Lark】が連合を組むとすると……」

 ぶつぶつと呟きながら、砂月はフレンドリストを確認する。
 手紙の主である慧山の表示は、現在通常状態で退席はしていない様子だ。

「とりあえずチャットを送ってみるか」

 うんうんと一人頷き、砂月は珈琲を淹れてから、連絡を取ることに決めた。

『こんにちは、慧山くん。手紙読んだよ』
『砂月っ!! 助けてくれ!!』
『そう言われても、状況を具体的に聞いたらもしかしたらなにかヒントくらいはわかるかもしれないけど無理』
『無理てぇ……うう。状況をとりあえず聞いてくれぇ!』

 そう言うと、慧山が話し始めた。
 チャットは文字チャットと通話チャットがあるのだが、今回は文字である。

『実は、ギルメンの食べ物がなくてなっ』
『うんうん』

 やはりどこのギルドも困っていたようだと砂月は思った。

『そうしたらある日、【Lark】から『支援する』って声がかかって、ありがたく頼ったんだけどさぁ、その条件が、『返済するまで黒闇叡刻のローブを担保にする』って話だったんだ』
『ほうほう』
『そしたらだな? いざ返済しようとしたら、あり得ない高額のエルスを請求されて……本当あり得ない。だってミカンが一個6000エルスだぞ? あり得ないだろ?』
『高っ……』

 ミカンは元々の露店価格であれば300エルスである。

『だろ? で、【タコハイ】でローブ持ってるのうちのギルマスだけだったからそれを渡してたんだけど、そのまま剥がされて返ってこねぇーんだよぉ! うちのギルド、マスターと俺くらいしかガチではやってないけど、だからこそギルメン守れるのも俺達だけなのに、これ酷くね?』
『酷いねぇ』
『……本当にそう思ってるか?』
『ハハ』

 砂月は空笑いをそのまま文字で打ってしまった。

『おい。まぁ、そういうわけなんだけどな……なぁんか変だと思うんだよ俺は。あそこの所属魔術師なら、あの装備絶対一人一つは持ってるだろ? なんで奪いに来るんだよ? おかしくね? 変だろー!』
『そうだねぇ』
『で、同じ条件で他のギルドも、ローブ持ってかれた奴いてさぁ! 砂月! 調べてくれ! 【Lark】が何を企んでるのか!』
『興味深い話が聞けて助かったよ。ありがとねー! 気が向いたら調べてみるよ』
『結果、教えてくれ』
『それは慧山くんの懐次第だよ』
『情報提供料!』
『愚痴ってきたのそっちじゃん。まぁあとで、お茶の一本くらいは送っとくよ』
『それでもありがたい!』
『じゃあねー』

 こうして砂月はチャットを打ち切った。

「うーん、確かに変だな。別に弱小ギルド潰しって事は無いだろうし。まぁ物価が高騰してるのは事実だから、本当に善意と、今はローブにその価値があるって考えることも出来るけど……うーん。うーん。不思議だなぁ。【Lark】って別に乱暴な印象は無いんだけど」

 首を捻ってから、砂月は珈琲を飲み干して立ち上がった。
 そしてふらりと街へと降りる事にした。

 【転送鏡】を用いて向かった先は、【Lark】のギルドホームがある、白林都市プレーンだった。白い木々と緑の柴が美しい街で、ギルドホームの設置場所として人気でもある。だが白林都市といったら【Lark】というようなイメージが強い。それは、葉竜都市といったら遼雅の【Genesis】というイメージがあるのと同じで、勢力の大きいギルドがあるとその都市は、そのギルドで固まりがちだ。

 それでもギルドホーム街というのは存在するので、砂月はぶらぶらとそちらの方面へと歩きはじめた。

「返してよ! お姉ちゃんのローブ、持っていかないで!」

 するとすぐに、泣き叫ぶような声が聞こえてきた。
 角からひょいと砂月が顔を出すと、ポニーテールの少女が、泣きながら黒闇叡刻のローブをひっぱっていて、もう片側は大男がひっぱっている。

「破けそう……」

 ぽつりと砂月は呟いてしまったが、装備の強度は強いのでそういう結果にはならないだろうと予測は出来た。

「お姉ちゃんのだよ!」
「煩い! 女子供だからといって、それ以上喚くようなら容赦はしないぞ!」
「きゃぁっ!」

 男がその時拳を振り上げた。砂月が地を蹴ったのは、それよりも一瞬早かった。

 ガン、と音がして、砂月が構えた短刀の鞘に、男の手首が当たる。

「な」
「女子供だからと言うより、他者の事は殴ってはいけないと俺は思うけど、俺達ってもしかして違う道徳教育受けてきた感じですかね?」

 砂月がへらりと笑って述べると、ローブを片手にしている男が目を剥いた。

「な、なんだ貴様は! いきなり! 貴様のことも容赦しない! 俺は怒った」
「あー、俺、暴力嫌いなんで」

 砂月の声がそう響き終わった時には、砂月は暗殺者という職業の接近戦スキルで男の背後を取っていた。鞘から引き抜いた短刀を、男の顎の下にぴたりと当てる。

「ローブ、置いてとりあえず今日は帰りません? 事情は知りませんけど、俺の目の前ではちょっと……不愉快って言うか……ね?」

 苦笑交じりの砂月の声は優しげでもあったが、男はだらだらと冷や汗をかき、唇を震わせている。

「わ……わかりました……」
「うん。教会に行くより出直した方が、装備もエルスも無事らしくていいと思うよ。ローブは貰うね」

 砂月は男の手からローブを取り上げて、短刀を少し放してから、後ろに退いた。
 すると男がハッとしたように息を呑んでから、全力で逃げ出した。

「はい、これ」

 砂月は目の前で涙もひっこんだ様子で唖然としている少女に、ローブを渡す。

「あ、ありがとうございます!」
「ううん。だけど一体何があったの?」

 首を傾げてみせつつ、黒闇叡刻のローブに関する騒動であるし、先程の大男の肩には【Lark】のギルメンの紋章があったので、砂月は情報を得る手がかりだと確信しながら問いかけた。

「……私のお姉ちゃん、ギルマスをしていて」
「うんうん」
「この前、私も含めてみんなが【ラララ病】になっちゃって」

 【ラララ病】というのは、【ファナティック・ムーン】内の病気だ。システム上は以上ステータスだが、特殊な回復アイテムがないと治らない感染する病気である。逆に薬さえあればすぐに治る。

「それで薬を探していたら【Lark】の人が来て、薬をくれたんです。いい人だと思った。だけど、代わりにこれを持っていこうとして……」
「なるほど」
「今はお姉ちゃんも【ラララ病】になっちゃって、さっきやっと薬が効いてきたところで……」
「薬が効いてきた? すぐに治らないの?」
「はい。ログアウト不可になってからの病気系のステータス異常は、現実の風邪みたいに暫く寝込んだり、熱は下がるけど倦怠感が残ったりするみたいで」
「へぇ」

 それは知らなかったなと砂月は脳裏にメモをした。

「事前にローブと引き換えにと言った約束はあったの?」
「ありませんでした。薬をくれた後、たまたまお姉ちゃんの部屋に入ってそれを見つけたら、いきなり態度が豹変して」
「最低じゃん」
「はい……」
「まぁ、また狙われるかもしれないけど、気をつけてね。俺はそろそろ行くよ。無事を祈ってる。応援してるね」
「ありがとうございます! あ、あの! お名前は?」
「名乗るほどのものではないよ」

 にこりと砂月が笑うと、少女が頬を染めた。それからチラリと砂月の左手の薬指を見て、苦笑しながら上目遣いで言った。

「やっぱりこんなにイケメンの方だと、すぐ売り切れちゃうんですね!」
「イケメン? 嬉しい……のかな、ありがとう。売り切れって……ハハ」
「いい男がいたら逃がすながお姉ちゃんの口癖なんです。残念!」

 くすくすと笑った少女の目を見て、砂月も笑い返してから、静佳に手を振る。

「じゃあまたどこかで」
「ありがとうございました!」

 こうして砂月は、少女とその場で別れた。
 そして歩きながら、指輪の存在感は偉大だと気づき、またにやけてしまった。

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