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―― 本編 ――
【005】プロポーズ
しおりを挟む「というわけでさ、もうおにぎり弁当を作らなくていいんだって、フレが。生産ギルドに融通してもらうらしいんだ」
「ではどうしてここへ?」
本日も海辺のマップに砂月はいた。微笑しながら静森が座っている。本日は砂月がモンスターを狩っている。
「うん? 静森くんに会いに来たんだよ」
「実は俺もなんだ」
「へ?」
「お前のおかげで鬼火の糸は足りた。だから来なくても構わなかったんだが、フレになり損ねていたと気づいてな」
「えー、嬉しい」
砂月はニコニコしながら頷いた。砂月も静森とフレンドになりたかったからだ。
このように利害関係なしの、もちつもたれつなフレなど、砂月にはいない。これまでの人生でいなかったに等しい。それがログアウト不可になってすぐにできたのだから、世の中分からないものである。
「申請していいか?」
「勿論」
砂月が頷くと、すぐにフレンド申請が届いたので、その場で承諾した。
「静森くん。君さ、飯バフ他に困ったら声かけてね? 俺素材集めとかちょっとなら手伝えるし」
「ありがとう。砂月もなにか困った事があったら言ってくれ」
「ありがと。静森くんもね」
へにゃりと砂月が顔を緩ませる。
ログアウト不可になって、早二ヵ月が経過していた。
「困った事……か」
「うん? なにか困ってるの?」
「ああ……いや、実は……見合いを勧められていてな」
「お見合い? なにそれ?」
「ギルドとギルドで連合をする証として、誰かギルメン同士で結婚を、というような話らしいんだ。しつこくて嫌になる」
「そんなのあるんだ。大変だね」
砂月はスキルを放ちながら、どこのギルドだろうかと考えた。
「ああ。俺は結婚するなら、一緒にいて楽しくて、安らげて、心地の良い気持ちになれる、そんな――砂月のような相手がいい」
「静森くん、俺の事口説いても何もメリットは無いと思うよ?」
「本音だ。しかし参ってしまった」
珍しく溜息を零している静森を、砂月はまじまじと見た。
「結婚以外には条件提示できないの?」
「いくつも詰めている」
「ふぅん。上手くいくといいね」
「だが……砂月」
「うん?」
「俺の言葉は本音だ。俺は結婚するなら砂月がいい。最初に会った頃からどことなく惹かれて……話す内にずっと一緒にいたくなってしまって困っているんだ。こんな衝動、生まれて初めてかもしれない」
静森はそういうと、真剣な瞳を砂月に向けた。
「俺は気づいたら砂月が好きになっていた。俺と結婚してくれないか?」
そして真っ直ぐにそう述べた。あんまりにも唐突に言われたものだから、砂月は杖を取り落としそうになった。慌てて握りなおしてから、目を瞠って静森を見る。
「えっ?」
「結婚して欲しい」
「え、え? え……静森くん……?」
「俺は砂月が好きなんだ」
案外押しの強い静森の声に、砂月は思わず頬が熱くなってきた気がした。
しかし、と、思い直す。
自分は、情報屋などという後ろ暗いことをしているのであり、静森は善良に前向きに攻略に臨む真面目なプレイヤーだ。相応しくないだろう。
「静森くん。君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……?」
「それでもいい」
「え? それでもいい?」
「お前が話したくないのならば聞かない。話してくれるのならばこれから知っていきたい。俺は今、この瞬間、こうして一緒にいるお前に惚れた」
「!」
「俺の事が知りたいのならば、聞いてくれたらいい」
「……、……」
「そばにいてくれないか?」
静森はそういうと立ち上がり、動きを止めている砂月に歩みよった。そしてそっと腕に触れた。
「抱きしめさせてくれないか?」
「っ、え、本気なの……?」
「俺はこんな嘘はつかない」
「う、ん……」
砂月が困惑しながらも頷くと、静森がぎゅっと砂月を抱きしめた。最初は優しく、次第にその後腕に力がこもっていく。静森はそれから、砂月の頬に口づけた。あまりにもさらりとした洗練された流れで、砂月には拒むという気すら起こらなかった。
「砂月、好きだ。愛している」
「……俺も、静森くんの事、ここに会いに来るくらいには好きだけど……俺、愛とか恋とかよく分からなくて……」
「俺が教える。俺に教えさせてくれ」
「静森くん……」
静森がそっと砂月に頬に手で触れた。砂月は静森の顔を見上げる。
翡翠色の瞳と目が合うと射貫かれたような気持ちになった。
「本当に俺でいいの?」
「お前がいいんだ」
「なにも知らなくても? 後悔しない?」
「しない。俺の直感が言うんだ。今、お前を離してはいけないと」
「お見合いしたくないから先に結婚する相手を探してるとかそういうこと?」
「いいや、お前に惚れた方が先だ。あるいはお前と出会っていなければ、俺は見合いで結婚していたかもしれない」
「それって俺、重罪人じゃ?」
「いいや。お前は俺の癒やしだ。本当はこんな風に性急に言うつもりはなかったんだが、悪い。余裕が無かった。お前を前にすると俺はいつも余裕が無いんだ、本当は。フレ申請するのにも勇気がいった。断られたらと思ってな」
静森が苦笑してから、掠め取るように砂月の唇を奪う。瞬時に赤面した砂月は、静森の腕の中で硬直した。
人と上手く距離感が掴めなかった砂月であるから、恋愛の方面にはからっきし免疫が無い。今のご時世、性別を問わない恋愛は主流だが、このように真っ直ぐに好意をぶつけられたのも初めてだった。砂月は容姿がいいのでモテることにはモテるのだが、あくまでもそれだけなので、過去、このように言われたことはない。
「砂月、返事を聞かせてくれ」
「……えっと」
「ああ」
「……え、えっと……お、俺でいいなら……」
「ありがとう。指輪を贈らせてくれ」
結婚制度は、アイテムの指輪を片方が送る事で成立するというのは、女神ファリアが語った知識でもある。静森がその時指輪アイテムを出現させた。そして砂月の左手を覆うように持つと、そっと指輪を嵌める。その重みに、いよいよ砂月は赤面した。
「俺も嵌める」
静森はもう一つ同じ品を取り出すと、自身の手で左手の薬指に嵌めた。すると双方の指輪が光り輝いた。砂月はそれからステータス画面を視覚操作で確認し、【伴侶:静森】と書いてあることに気がついた。
「愛している」
「静森くん……」
「できれば毎日でも会いたい」
「……俺の家、来る?」
「いいのか?」
「うん」
「では、可能な限り毎日行く。できれば――一緒に暮らしたい」
「俺の家で?」
「砂月の家でも俺の家でも構わない。ただ俺は帰りが遅い方だから、砂月の家の場合は、週に一度行けたらいい方かもしれない」
「ま、まずはそれで! じょ、徐々に! 俺、待ってるから!」
「そうか。では、そうしよう」
静森は余裕ある声音ながらも、実に嬉しそうな顔をしている。砂月は照れくさくなりつつ頷いた。
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