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―― 第四章 ――
【六十四】溶けかけた雪だるま
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食後、僕はノアと共に庭へと出た。バーナードがついてきたから不思議に思っていると、片目を細くされ、嘆息された。それから有能な執事は咳ばらいをし、僕にだけ聞こえる声で告げた。
「クライヴ様から、『二人きりにしないように』と厳命されております」
「どうして?」
「――クライヴ様は人格者ですが、ルイス様に限っては、非常に嫉妬深いお方ですので」
僕は不覚にも照れてしまった。
「何を話してるんだ? それより、これ、溶けているぞ!!」
そこへノアが声をかけた。僕とバーナードは、そろってそちらを見る。
確かに雪だるまは溶けていて、人参の鼻が落ちそうだった。その位置を、ノアが修正している。僕はそちらへと歩み寄り、逆にバーナードは少し距離をとった。
「なぁ、ルイス様」
ノアはしげしげと雪だるまを見ている。隣に並んだ僕は、少年を一瞥した。
「なに?」
「――僕がどうしてここに呼ばれたか分かるか?」
「え?」
特別クライヴから理由は聞いていないから、貴族によくある親戚の敷地への旅行かと考えていた僕は、目を丸くして首を傾げた。
「聞いていないようだな」
「うん?」
「……その……僕は、その」
口ごもってから、ノアが僕に振り返った。そしてじっと僕の目を見上げた。
「クライヴ殿下とルイス様の間には、お子がデキないだろう?」
「うん」
男同士であるから、自然の摂理として、それは叶わない。ただこの国では珍しくない同性婚であるから、養子縁組制度が根付いていて、たとえばユーデリデ侯爵家のお二人の間にも養子がいる事を僕は漠然と思い出した。その部分については、僕は特に不安を抱いたことはない。
「王宮とサーレマクス公爵家で話し合いの場が持たれて、僕は三男だし――クライヴ殿下とは従兄弟関係であるから血を同じくしているし、クライヴ殿下とルイス様の養子となってはどうかと言われている」
突然の言葉に、驚いて僕は息を飲んだ。正直びっくりして、ノアの話の続きを待つ。
「だから名目上は養子となって、ただ家族になるならば習慣として慣例通りに年末年始だけはこの王領のコーラル城に滞在し――普段は、王都の生家、サーレマクス公爵家で過ごしてはどうかと言われたんだ。僕はそのつもりだった。三男だから、継ぐものもほとんどないしな! 僕はお荷物だ!」
「お荷物なんてことはないと思うけど」
「うん。もっと慰めてくれ。ただ、それのほかに、クライヴ殿下とルイス様はDomとSubだ。そして僕は、Switchだ。特殊なダイナミクスだから、理解のある二人が家族になってくれたら、もっと僕にとって世界は色々な見え方がするのではないかと、周囲にも勧められた」
「そう」
僕はゆっくりと頷いた。僕は己の家族に理解がなかったからこそ、その部分には強く同意してしまう。当事者でなければ分からない事というのは、確実に、世界には存在している。差別や偏見とまでいかなくても、辛い事は襲い掛かってくるものだ。
「ただ――僕は乗り気だし、周囲もそれを推奨しているけれど、クライヴ殿下は言うんだ。ルイス様次第だ、って。ルイス様がいいっていったらいいし、ダメっていったらダメだって。だから僕には、今、将来が全然見えない。僕はサーレマクス公爵家にはいらない子として捨てられて、クライヴ殿下とルイス様にも家族として迎えてはもらえないのだろうか?」
つらつらとそう語りながら僕を見上げるノアの瞳が、涙で潤んだ。
息を飲んだ僕は、慌てて首を振る。
「ルイス様は、僕が嫌いか?」
「そんなこと、ないよ。僕一人では決められないけど、僕はノアが家族だったら嬉しいよ」
僕が力を込めた声で言うと、ノアが不意にぎゅっと僕に抱き着いた。
小さな両腕が僕に回る。僕は思わず抱きしめ返しながら、少年の艶やかな黒髪を撫でた。
「っく」
すると僕の体に額を押し付けたままで、ノアが笑う気配がした。
「ノア?」
「うん? では僕は、来年も再来年も、年末年始の慣例で、その期間だけはこちらにお邪魔する。僕はルイス様の家族だ。よろしくお願いいたします!」
顔を上げた少年はもう涙ぐんではおらず、くすくすと笑っていた。
そんな僕達を呆れたようなバーナードと、溶けかけた雪だるまが見守っていた。
「クライヴ様から、『二人きりにしないように』と厳命されております」
「どうして?」
「――クライヴ様は人格者ですが、ルイス様に限っては、非常に嫉妬深いお方ですので」
僕は不覚にも照れてしまった。
「何を話してるんだ? それより、これ、溶けているぞ!!」
そこへノアが声をかけた。僕とバーナードは、そろってそちらを見る。
確かに雪だるまは溶けていて、人参の鼻が落ちそうだった。その位置を、ノアが修正している。僕はそちらへと歩み寄り、逆にバーナードは少し距離をとった。
「なぁ、ルイス様」
ノアはしげしげと雪だるまを見ている。隣に並んだ僕は、少年を一瞥した。
「なに?」
「――僕がどうしてここに呼ばれたか分かるか?」
「え?」
特別クライヴから理由は聞いていないから、貴族によくある親戚の敷地への旅行かと考えていた僕は、目を丸くして首を傾げた。
「聞いていないようだな」
「うん?」
「……その……僕は、その」
口ごもってから、ノアが僕に振り返った。そしてじっと僕の目を見上げた。
「クライヴ殿下とルイス様の間には、お子がデキないだろう?」
「うん」
男同士であるから、自然の摂理として、それは叶わない。ただこの国では珍しくない同性婚であるから、養子縁組制度が根付いていて、たとえばユーデリデ侯爵家のお二人の間にも養子がいる事を僕は漠然と思い出した。その部分については、僕は特に不安を抱いたことはない。
「王宮とサーレマクス公爵家で話し合いの場が持たれて、僕は三男だし――クライヴ殿下とは従兄弟関係であるから血を同じくしているし、クライヴ殿下とルイス様の養子となってはどうかと言われている」
突然の言葉に、驚いて僕は息を飲んだ。正直びっくりして、ノアの話の続きを待つ。
「だから名目上は養子となって、ただ家族になるならば習慣として慣例通りに年末年始だけはこの王領のコーラル城に滞在し――普段は、王都の生家、サーレマクス公爵家で過ごしてはどうかと言われたんだ。僕はそのつもりだった。三男だから、継ぐものもほとんどないしな! 僕はお荷物だ!」
「お荷物なんてことはないと思うけど」
「うん。もっと慰めてくれ。ただ、それのほかに、クライヴ殿下とルイス様はDomとSubだ。そして僕は、Switchだ。特殊なダイナミクスだから、理解のある二人が家族になってくれたら、もっと僕にとって世界は色々な見え方がするのではないかと、周囲にも勧められた」
「そう」
僕はゆっくりと頷いた。僕は己の家族に理解がなかったからこそ、その部分には強く同意してしまう。当事者でなければ分からない事というのは、確実に、世界には存在している。差別や偏見とまでいかなくても、辛い事は襲い掛かってくるものだ。
「ただ――僕は乗り気だし、周囲もそれを推奨しているけれど、クライヴ殿下は言うんだ。ルイス様次第だ、って。ルイス様がいいっていったらいいし、ダメっていったらダメだって。だから僕には、今、将来が全然見えない。僕はサーレマクス公爵家にはいらない子として捨てられて、クライヴ殿下とルイス様にも家族として迎えてはもらえないのだろうか?」
つらつらとそう語りながら僕を見上げるノアの瞳が、涙で潤んだ。
息を飲んだ僕は、慌てて首を振る。
「ルイス様は、僕が嫌いか?」
「そんなこと、ないよ。僕一人では決められないけど、僕はノアが家族だったら嬉しいよ」
僕が力を込めた声で言うと、ノアが不意にぎゅっと僕に抱き着いた。
小さな両腕が僕に回る。僕は思わず抱きしめ返しながら、少年の艶やかな黒髪を撫でた。
「っく」
すると僕の体に額を押し付けたままで、ノアが笑う気配がした。
「ノア?」
「うん? では僕は、来年も再来年も、年末年始の慣例で、その期間だけはこちらにお邪魔する。僕はルイス様の家族だ。よろしくお願いいたします!」
顔を上げた少年はもう涙ぐんではおらず、くすくすと笑っていた。
そんな僕達を呆れたようなバーナードと、溶けかけた雪だるまが見守っていた。
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