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―― 第二章 ――
【三十七】王宮での目覚め
しおりを挟む殿下が僕を支配してくれ、全てを忘れさせてくれた夜から、一夜明けた。
僕が目を開けると、隣では優しい笑顔のクライヴ殿下が、こちらを見ていた。
「おはよう、ルイス」
そろって迎えた王宮での朝。
僕は王都にいるけれど、ベルンハイト侯爵家ではなく、今はこの塔が家なのだと、自分に念じる。そう思えるようになったくらいに、支配され――愛された夜を回想すると、改めて己の痴態が脳裏を過ぎり、僕は赤面してしまった。
窓からのぞく日は、既に高い。
その後僕達は、昼食の時間帯に本日最初の食事をした。食後に出てきたのは、本日も珈琲だった。僕も、クライヴ殿下の好きなものを、一緒に楽しみたい。そう考えながら味わって飲むと、体が温かくなった。
「もうすぐ出た方がいい時刻だな」
本日は、最初の夜会がある。招待されている全ての夜会に出るわけではないが、今夜の夜会には出席をすぐに決断した。僕がではなくて、クライヴ殿下が行きたいと言ったのである。ユーデリデ侯爵家の夜会で、王妃様のがわの、クライヴ殿下のお祖母様の生家で行われるためだ。王妃様は、この王国には二つしかない公爵家――ヘルナンドのバフェッシュ公爵と対をなすとされる、サーレマクス公爵家のご出身だ。そちらに、ユーデリデ侯爵家からお祖母様は嫁いだのだという。ただ、サーレマクス公爵家は、バフェッシュ公爵家とは異なり、めったに表舞台には出てこない。社交はもっぱら、親戚関係にあるユーデリデ侯爵家を経由して行っているそうだ。僕はこれらの知識を、嘗て家庭教師から習った。
「身支度も済んでいるし、出るとしようか」
クライヴ殿下に促されて、頷いてから僕は立ち上がった。
こうして僕らは、そろって塔を出て、迎えの馬車に乗り込んだ。
ユーデリデ侯爵家の王都邸宅は、王宮からは少し離れた位置にある。歴史ある一個の城のような外観の邸宅で、王都の邸宅にしては珍しく、庭に湖があった。到着した僕は、四階建ての邸宅が湖に映りこんでいるのを眺めながら、クライヴ殿下の隣を歩く。
夜会の開始は午後四時だ。少し早めに開催される。
それだけ挨拶客が多いからであるらしい。僕とクライヴ殿下は、王族の代表も兼ねている。僕はまだ、己が王族の一員になったという実感はないが、少なくとも本日の役割はそうなっている。これもある種の公務の一つだ。
エントランスにつき、案内の係の者に、僕達は招待状を見せた。そして確認をしてもらってから、正面の白亜の階段を登っていき、三階にある大広間へと入った。既に会場には、多数の参加客がいる。
「まぁ……」
「本当に、人形のようにお綺麗だ」
「並ぶと絵になりますなぁ」
「月神セレスと黒神ヴァラントのようだ」
入室すると同時に、僕達には多数の視線が飛んできた。僕は人込みに来た経験ががほとんどないため、思わずクライヴ殿下の袖を掴む。すると殿下が僕を見てから、腕を組みなおしてくれた。
「みんながルイスに見惚れているな」
「クライヴ殿下がおられるから、こちらに視線が来るのだと思います……」
「それもあるだろうが、昔からルイスは、こういった場では視線を注がれていただろう? ライバルが多いなといつも思っていた。このように皆に見られていては、俺の事など視界に入らないだろうと嘆いていたものだ。当時の俺は、ルイスと目が合うだけでも嬉しかったからな」
懐かしむようにクライヴ殿下が笑った。
僕はそんな話は知らなかったから、内心で驚く。
そのまま歩いていき、僕達はユーデリデ侯爵とその伴侶の前に立った。ユーデリデ侯爵はDomだと聞いたことがある。伴侶のアルヒ様は、Subだ。結婚前に母が教えてくれたこの二人のダイナミクスは、貴族の間で有名なのだという。オシドリ夫婦らしい。二人とも男性だが、伴侶同士を夫婦と呼ぶことはこの国では珍しくない。
「久しいな、ユーデリデ侯爵。それに、アルヒ」
クライヴ殿下が笑いかけると、殿下と同年代の二人が微笑しながら頷いた。
ユーデリデ侯爵家は、若くして先代は引退し、領地にこもるという噂も僕は聞いたことがある。社交的な家であるから、若人に任せるという風潮らしい。夜会を楽しむのは若い内のみで、その後は愛する相手と領地で過ごすのが慣例なのだという。これは兄上から聞いたのだったか。兄上は僕が結婚するときに、見習って幸せになるようにと言っていた。
「ああ、お久しぶりです、クライヴ殿下。それにルイス様は、改めまして。ユーデリデ侯爵のザイスです」
「伴侶のアルヒです」
二人に挨拶されたので、僕も頭を下げた。
その後、夜会が本格的に始まるまでの間、僕達は歓談して過ごした。
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