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―― 第二章 ――
【二十五】十月の到来
しおりを挟むこの王国では、十月の前半に、社交シーズンがある。数多くの夜会が、王都邸宅で開かれるから、冬になる前に一度王都に戻る貴族が多い。
コーラル城にも毎日のように、招待状が届いている。僕はその中に、家族からの手紙を見つけた。僕の生家であるベルンハイト侯爵家の蝋印が押された手紙で、宛名は僕の名前だった。銀の盆に載せて執事のバーナードが運んできたので、僕は礼を告げてそれを受け取った。僕も大概無表情ではあるが、バーナードも基本的に一切表情を変えないと、僕はこの城で暮らす内に知った。お互い無表情で、余計なお喋りを一切しないという状況だから、同じ室内にいても、ほとんど会話をした事はないのだけれど、僕にとっては、それはある種心地が良い。バーナードは、僕の沈黙も、気にした様子がないからだろう。そんな風にして、僕は少しずつ、城の人々にも慣れつつある。
クライヴ殿下の王都邸宅は――王宮だ。だから他の貴族とは、滞在先が少し異なる。僕と殿下も、十月の初旬に、一度王都に顔を出す事になっているから、明後日には共に旅立つ。今日の僕の仕事は荷造りと招待状へのお返事の作成だったが、僕はほとんど確認するだけでよく、大半は侍女や侍従が終わらせてくれた。
「……」
僕はペーパーナイフを手に取り、家族からの手紙を開封する。
季節の挨拶から始まった手紙は、父からのものだった。見慣れた父の筆跡で、当たり障りのない挨拶が、一枚目の八割ほどまで記されていた。父はいつも、本題を最後に持ってくる。そんな癖を思い出し、懐かしく思いながら、僕は読み進めた。すると最後の段落に、『一度会って話がしたいから、侯爵家へと一人で顔を出すように』と綴られていた。
「一人で……」
最近の僕は、常にクライヴ殿下のそばにいる。それに慣れてきてしまっている。だから、実家に帰るだけであるはずなのに、無性に『一人』という言葉が気になってしまう。僕はクライヴ殿下の優しさに依存しているのかもしれない。
「僕も、もっとしっかりしないと……」
そうでなければ、クライヴ殿下の隣に並ぶ事が相応しくないように感じてしまう。クライヴ殿下は決して僕にそんな事は言わないだろうけれど、僕はそれに甘えるべきではないと、自分としては考えている。
「これ以上、どのようにしっかりなさるのですか?」
その時、珍しくバーナードが口を開いた。何気なくそちらを見ると、無表情の執事は首を傾げている。
「ルイス様のご采配で、この土地の冬への備えは万端のものとなっておりますが?」
「そ、その……」
僕は、事務作業といった執務は、最近覚えつつあるから、多少は役に立てたのではないかと思う。だが、それらだって、まだまだだ。ただ純粋に、バーナードの言葉が嬉しい。
「休むこともまた仕事なのですから、ぜひ、そろそろ私めに紅茶の用意をお命じ下さい」
「ありがとう……では、お願いします」
そんな風にして、午後の執務の時間は流れていった。
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