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―― 第一章 ――

【二十三】《命令》を乞う

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 月が照らし出す馬車で、僕達は帰路に就いた。隣に並んで座りながら、僕はチラリとクライヴ殿下の横顔を窺う。すると気づいた殿下が小首を傾げて、僕に優しい眼差しを向けた。紫色の瞳が、僕を捉えている。

「祝祭は盛大だっただろう? 来年もまた来よう」
「はい……あ、あの……」

 そこで僕は、意を決して続けた。声が喉で閊えたようになったけれど、このままではいけないと、伝える事を決意する。

「ん?」
「……お願いがあるんです」
「ルイスの望みならばなんでも叶えたいというのが本心だ。どんなお願いだ?」

 優しい表情のままで、クライヴ殿下が僕を見ている。僕は両手で膝の布地をぎゅっと握り、俯いた。声が震えてしまいそうになる。

「《笑え》と……」
「うん?」
「《笑え》と、《命令》して欲しいんです……」
「――何故?」

 穏やかな声が返ってきたので、僕は一度息を詰めてから、強く目を閉じて続ける。誰かに何かを頼んだ事なんてほとんどないから、緊張と動悸が酷い。ドクンドクンと煩い胸の音に、僕はそれを自覚しただけで、体が震えそうになった。

「……《命令》されないと、僕は笑う事が出来ないから……それが、心苦しいんです。今日だって、僕は笑えなかった。楽しかったんです、本当に。なのに……笑い方を、忘れてしまっているんです」

 僕が必死で告げると、クライヴ殿下が僕の肩を抱き寄せた。突然の事と軽い衝撃に、僕の体から幾ばくか、緊張感が抜けた。

「今日は、楽しかったんだろう?」
「は、はい」
「ならば、それでいいと俺は思う。俺は、ルイスの心からの笑みを見たい。だから、そのお願いは、叶えてやれない。悪いな。ただ、ルイス。覚えておいてほしい。無理に笑う必要は、ないんだ。その事を、忘れないでほしい」
「でも……」

 目を開けて、僕は不安になりながら、クライヴ殿下を見る。するとより強く抱き寄せられた。長い指先が、僕の肩に触れていて、そこに力が込められる。

「なにも笑顔だけが、楽しさの表現ではないからな。俺には、今日のルイスが、きちんと楽しんでいるように見えた。俺としては、それで十分満足だよ」
「クライヴ殿下……」

 その言葉に、僕の胸の中に穏やかな気持ちが、満ちてきた。幸せ過ぎて、涙腺が緩みそうになる。この夜僕は、クライヴ殿下が、本当に僕の事を、よく見てくれているのだと改めて感じた。だから殿下の肩に、自分の頭を隣から預けてみる。温もりが、愛おしい。

 こうして馬車は、コーラル城へと帰還した。


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