婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
12 / 84
―― 序章 ――

【十二】辛い記憶

しおりを挟む


 その日も夜が来た。今日も抱かれるのだろうかと考えながら、僕は寝室へと入った。本日はまだクライヴ殿下の姿は無く、先に到着した僕は、寝台に腰かけた。巨大な寝台で、僕達二人でも十分に余裕がある。三倍の人数がいても横になれるだろう。

 銀の燭台で揺れる炎を眺めながら、僕はぼんやりと座っていた。
 寝台のそばには、本日も香油の瓶が置かれている。その隣には、中を清める魔導具もある。小さな鐘の形をしていて、慣らすと魔術で内部が綺麗になるという仕様だ。音魔術は、この国でも進んでいる技術の一つである。そんな事を考えながら待っていると、扉が開いて、クライヴ殿下が入ってきた。手には丸く平べったいものを持っている。軟膏か何かの薬の器に見えた。

 歩み寄ってきたクライヴ殿下は、僕の隣に座ると、それを香油の瓶に隣に置いた。

「ルイス、《服を脱いでくれ》」

 言われた通りに、僕は薄手のシャツに手をかける。今後する事を思えば、必要な事だと思うから、諦めとも違い、当然のような気持ちで僕は、服を脱いだ。上半身が裸になったところで、クライヴ殿下が僕の肩に手で触れた。

「《そのまま。こっちを見てくれ》」

 その《命令》に、僕は従う。隣に座るクライヴ殿下を見上げ、脱ぐのをとめた。するとクライヴ殿下が、不意に僕の背中を撫でた。その感触に、びくりとしてしまう。傷跡をそっとなぞられたからだ。

「ルイス、昨日聞くか迷った。この痕は? 《教えてくれ》」
「っ、その……これは……」
「《早く、言ってくれ》」
「ッ、これは……鞭で叩かれて……」
「誰に? 《答えてくれ》」
「……っ、ヘルナンドに……」

 バレていないと思っていた僕は、思わず俯いた。体に傷がある僕など、クライヴ殿下は気持ち悪いと思うかもしれない。ヘルナンドが言っていた、『俺のお古』という言葉も脳裏をよぎる。ヘルナンドが傷つけた僕の体を見たら、クライヴ殿下は気分が悪くなると思った。僕は、捨てられるだろうか。

「――ヘルナンド卿が、か。このような目に遭っても、ルイスは彼が好きだったのか?」
「……」
「《教えてくれ》、言いたくなければ、セーフワードを使ってほしい」
「……好きじゃ、ないです」
「いつから好きではなくなったんだ?」
「最初から……」
「そうか。では、何故お前は、ヘルナンド卿を見る時だけ、笑顔を浮かべていたんだ?」
「それは……『笑え』と命令されて……」
「ルイスを疑うわけではない。ただ客観的に言って、そのような非道を働いていたというのか……確かに、悪評は高かったが……俺のルイスに、なんて事を。にわかには信じがたいが、ルイスが嘘をつくはずがない」

 地を這うような低い声で、クライヴ殿下が両眼を細くし、腕を組んだ。

「痛みはあるか?」
「……雨が降ると、ズキズキする事があります」
「そうか。今日から、魔術薬を塗りこめよう。この軟膏はよく効くんだ」

 そう言うと、クライヴ殿下が持参した丸い器を手に取り、蓋を開けた。
 そして中に入っていた黄緑色の軟膏を手に取ると、僕の背中の傷跡をなぞるように、塗りこめていった。僕は驚いて目を瞠る。

「すぐに傷跡も消える。辛かったな」

 それを聞いた時、僕の心の中で、何かが壊れた。それまで奥深くに押し殺していたような感情が、罅が入ったその箇所から溢れ出てくるようになり、気づくとそれは涙となって、僕の頬を濡らしていた。今まで、誰かに辛さを分かってもらったことなど無いし、分かってもらえる日が来るとも思っていなかった。

「ルイス」

 クライヴ殿下が僕を両腕で抱きしめる。僕は両手でその腕に縋りつき、暫く静かに泣いていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑) 本編完結しました! 『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル 『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました! おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。 ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです! 第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。 心から、ありがとうございます!

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」 知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど? お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。 ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

処理中です...