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―― 序章 ――
【五】結婚後、新居
しおりを挟む――生誕祭のあと、僕にとっては怒涛の日々が待ち受けていた。翌日には、正式な婚約及び結婚式の日取りを決めるとして、王宮から使者が訪れた。その上、五日後にはもう式をすると言われた。王族は結婚すると、王家の直轄地にある城とその領土を任せられる事が多く、例に漏れずクライヴ殿下も王都から離れた土地で僕と暮らすのだと教わった。
式は王都大聖堂で行われたが、披露宴は一年後にまた大々的に領地と王都でそれぞれ行うと聞かされ、まずは結婚式のみを挙げた。これは決して珍しい形式ではない。結婚式では、お互いに指輪の交換をし、愛を誓った。特に口づけをするといった風習は、この国にはない。僕は混乱したままで、それでもヘルナンドから解放されるならばそれだけでいいと思いながら、式を終えて、馬車に揺られた。クライヴ殿下は、執務の都合で先に、王領センベルトブルクにある、コーラル城に行っているとの事で、僕は一人で車窓を見ながら旅をした。
こうして本日コーラル城についたのだが、クライヴ殿下は領地の視察に出ているとの事で不在だった。僕は執事のバーナードに案内されて、今後暮らす自分の部屋へと案内された。塔の四階の日当たりの良い部屋だった。
まだ僕とクライヴ殿下は、じっくりと話をしていない。僕の生誕祭の夜も、周囲への挨拶で終わってしまい、その後のやり取りは書類を通してばかりであったし、結婚式の時も特に深く話す時間は無く、その後はクライヴ殿下がこちらへと先に旅立ったからだ。
「……どうして僕と結婚したんだろう」
あてがわれた自室で、僕はポツリと呟いた。クライヴ殿下の事を思い出してみる。漆黒の夜色の髪をしていて、目の色は深い紫色だ。アメジストの色によく似ている。目の形はアーモンド型だ。スッと通った鼻筋をしていて、唇は薄く形がよく、端正な顔立ちをしている。長身で、僕よりもずっと高い。名誉騎士として騎士団にも所属しているそうで、良く引き締まった体躯をしている。あとは――……。
「Domだと聞いた事があるけど……」
呟いた僕は、背筋が寒くなった。もしもクライヴ殿下が、ヘルナンドのような仕打ちを僕にしたら、ヘルナンドの同類ならば、そう思うと恐怖が浮かんでくる。僕は、Domが怖い。王侯貴族のダイナミクスは、基本的に公表される。公表されないのは、ランクのみだ。ランクには、S・A・B・C・D・Eがある。Sが高ランクであり、Eが低ランクだ。Domであれば、高ランクであればあるほど、グレアと呼ばれる威圧感のような力を発揮する事が出来る。それはDom同士であれば優劣をつける際に使われる。Subの場合のランクは、欲求の強さとなる。高ランクほど、支配されたいという欲求が強い。Eランクであれば、支配されずとも問題が起きない場合すらある。だが、Domのコマンドに、Eランクは基本的に逆らう事が出来ない。そこを行くと、SランクのSubは、なみのDomのコマンドならば、簡単に拒否できるとも聞いた事がある。僕の場合は、AランクのSubだ。
僕は、支配されたいという想いが、誰よりも強い。だから、跳ねのけられそうな《命令》であっても、それが出来なかったのかもしれない。いいや、ヘルナンドもAランクのDomであったから、拮抗していたせいで、僕は抵抗できなかったのかもしれない。
「……」
クライヴ殿下のランクは、なんなのだろう。僕はそれを聞く日が来るのだろうか。
それともこの結婚には、何かクライヴ殿下にとって利点があったのだろうか? そう考える方が、しっくりくるようには思う。だけど何故、僕が相手だったんだろう。
ノックの音がしたのは、その時の事だった。
「はい」
『クライヴ殿下がお帰りです。ルイス様とお話がしたいとの事です』
執事の声に、僕は長椅子から立ち上がった。
「今行きます」
こうして僕は、扉の前に立った。
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