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―― 序章 ――
【四】婚約破棄
しおりを挟む当初僕は、何を言われたのか分からなかった。
「そして俺は、生涯エデンズ男爵家のルーゼフを愛すると誓う。俺の愛により、ルイスは同意してくれた。愛を祝福してくれました。これは円満解消だ。なぁ? ルイス。俺が幸せになって、嬉しいと思ってるだろう? 《言え》」
力のこもった《命令》が飛んできたので、僕は慌てて何度も頷いた。
「僕はヘルナンド様の幸せを祈っております」
だが――婚約破棄?
つまり、ヘルナンドから僕は、解放されるという事か?
結婚しなくていいのか?
そう考えていると、ヘルナンドが僕の耳元で囁いた。
「辛いだろう? お前を絶望させるのが俺の趣味だ。最高のプレゼントになっただろ」
僕は唖然としたままでヘルナンドを見たが、本音を述べるならば、ヘルナンドから過去に贈られたプレゼントの中で、これは最高としか言いようがない。
「じ、事実なのか?」
そこへ、僕の父の狼狽えたような声がした。そちらを見ると、上辺の柔和な笑みを取り繕い、ヘルナンドが頷いた。
「ええ。愛するという気持ちは変えられないので。俺はルーゼフと三日後に式を挙げます。何か異論が? バフェッシュ公爵家の人間であるこの俺に」
すると父が押し黙り、母は蒼褪め、兄は眉間にシワを寄せた。
「ヘルナンド卿、それは事実なんだな?」
その時だった。
確認するように、クライヴ殿下が口を開いた。耳触りの良い声が、水のように響いた。会場中の人々が、僕達を注視しているのが分かる。クライヴ殿下は、僕の隣に立った。そしてすぐそばにいるヘルナンドを見ている。
「ああ、殿下。事実ですよ」
「そうか。では、俺がルイスと結婚する」
「――なに?」
さらりと述べたクライヴ殿下に対し、聞き返すようにしながら、ヘルナンドが目を丸くした。それからクライヴ殿下と僕を見比べた後、唇の両端を吊り上げ、卑しく笑った。
「俺のお古でよければ、お好きにどうぞ」
小声だったから、僕とクライヴ殿下にしか聞こえなかっただろう。
その声に僕の鳩尾がぐっと痛んだ。
クライヴ殿下が僕のおろしていた左手を、軽く握ったのはその時だった。
「ではここに、クライヴ・リ・レゼルフォールとルイス・ベルンハイトの婚約及び近日中の結婚を宣言する」
よく通る声で、クライヴ殿下が言った。
僕が唖然としていると、クライヴ殿下は僕の父を見た。
「宜しいですか?」
「あ、ああ。王族の方に、その……婚約破棄などという傷がついてしまった息子を受け入れてもらうのは心苦しいが……ルイスは内気だが優しい子なので、宜しくお願い出来ましたら……」
僕の家族も呆然としていた。
その時、ヘルナンドが口笛を吹いた。
「いやぁ、お互い丸く収まって何よりだ。よし、夜会の続きをしようじゃないか」
このようにして、夜会が本格的に始まる事になった。
僕にとっては最高のプレゼントをもらったと同時に――新たな婚約者の出現に、困惑せずにはいられない生誕祭となった。
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