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―― 序章 ――
【三】生誕祭の開幕
しおりを挟む生誕祭の日が訪れた。
本日の夜会を思うと、胃がキリキリと痛む。控室で襟元を正していた僕は、何度か鏡を見た。ゆっくりと瞬きをしてみる。時々僕は人形のようだと言われるけれど、それは表情がないという意味なのだろうと考えている。
その時、乱暴に扉が開いた。
一瞥すれば、ヘルナンドが入ってきたところだった。
「よぉ、ルイス」
名前を呼ばれた僕は、小さく会釈をした。体格がよく、丸い鼻をしているヘルナンドは、ぎょろりとした目を動かしてから、唇の片端を持ち上げた。
「今日は最高の誕生日プレゼントを用意している。期待していろよ」
「……ありがとうございます」
大抵の場合、『プレゼント』と称して行われるのは酷い暴力だ。暴言を放たれるだけで済めばよい方だ。
「それと今日は、大切な相手を招いているから、失礼をするなよ」
「分かりました」
抑揚のない声で僕は応えた。
「さっさと立て。本当に愚鈍だな!」
肩がずっしりと重いが、僕は細く吐息してから立ち上がった。
そしてヘルナンドの隣に並び、部屋を出た。
こうして向かった生誕祭の会場である大広間。
僕は誕生日のはずなのに、少しも嬉しくない。
この世に生を受けなければ良かったとすら考えてしまう。
シャンデリアに魔導灯が輝くその場で、シャンパンタワーを見据えた。既に参加客の姿が多い。僕の両親と兄が挨拶をしている。そちらへ合流するのかと思っていたら、ヘルナンドが僕の隣でニタニタと笑った。
「俺の愛するルーゼフがなぁ、無事にエデンズ男爵家の養子に迎えられたんだ」
その言葉に、僕は俯きがちに頷いた。
そんな僕には構わずに、楽しそうにヘルナンドが続ける。
「悔しいだろう? 悲しいだろう? それでもお前は俺の事が好きだもんな? 《言え》」
「……好きです。ヘルナンド様をお慕いしております」
「俺は微塵もお前を好きではないが、ルイスは俺がいないとダメなんだろう? 《そうだろう?》」
「……はい。僕は、ヘルナンド様がいないと生きていられません」
本当は、そんな事は思っていない。だが、力を込めて《命令》されると、従うしかない。セーフワードが無いから拒否権が無いというのもあるが、僕はとっくに諦めているのだと思う。
ヘルナンドが、奥のテーブルにいた青年の元へと歩いていく。僕もその後ろに付き従った。そこには、魔導写真で見た事のある、平民――現在は男爵家の養子になったというルーゼフの姿があった。流れるような黄土色の髪を右側で垂らして、ひもで結んでいる。衣服は洗練されているから、ヘルナンドが贈ったのだろうと判断した。僕より背が低い、少年のように愛らしい人物だった。
「今日の主役はルーゼフだからなぁ!」
「こんばんは、ヘルナンド様。それと……」
「こいつはゴミだ。気に留める必要もない」
僕を蔑むように見て、ヘルナンドが笑っていた。
その時、夜会の開始を告げる八時の鐘が鳴った。するとヘルナンドがルーゼフの頬にそっと触れてから、僕を睨みつけた。
「行くぞ」
そのようにして僕達は、僕の両親と兄がいる場所へと向かった。丁度、王族から代表してきていた第二王子のクライヴ殿下と言葉を交わしていた。クライヴ殿下は僕を見ると微笑したので、僕は頭を下げた。
「それでは、今宵集まって下さった皆様に感謝の意と――報告を致します」
父がよく通る声で挨拶をしたのは、それからすぐだった。
僕は陰鬱な気持ちでそれを聞いていた。
「結婚に関する重大な報告です。我が息子ルイスは、畏れ多くもバフェッシュ公爵家のヘルナンド卿と許婚関係にありました。では、続きはヘルナンド卿から」
父の言葉に、ニタリと笑ってから、ヘルナンドが頷いた。
「代わりまして、俺から皆様にご報告を」
僕は絶望的な気分になりながら、耳を傾ける。
「俺――ヘルナンド・バフェッシュと、ルイス・ベルンハイトの婚約を、ここに破棄する!」
その言葉に、僕は目を見開いた。
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