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【22】夜泣き
しおりを挟むこうして、三人での生活が始まった。
しかし――想像していたのとは違い、産みの衝撃は無かった。苦痛も何も無かった。だからなのか、目の前で生まれたとは言え、自分の子供だという実感が……わかないわけでもない。クリクリとした緑色の瞳を見ていると、頬が緩んでしまう。イゼルは可愛い。
右腕でイゼルを抱っこして、俺はソファに座っている。朝食を終えた所であり、以前だったら新聞を読んでいた時間だ。ユフェルはもう仕事に出かけた。
それにしても眠い……。
イゼルは、夜泣きをするのである。そんな時は、俺が抱っこしないと泣き止まない。ユフェルではダメらしく、都度俺が起きて世話をしている。魔族の子供は、人間の子供よりも生後一年間の成長が特に早いらしい。よってイゼルは既に、人間で言う所の生後三ヶ月くらいの大きさに育った。そうしたら――夜泣きが始まったのである。
おむつも何もかも異常なしであって、ミルクもあげているのに、泣くのだ……。そして俺が抱っこすると泣き止むのである。しかしその体を寝台に置くと、また泣く。俺が抱き上げると泣き止む。その繰り返しだ。
夜だけではない。日中も俺が抱っこしていると普通にしているのだが、俺がちょっと手を離すと泣き出す。甘えん坊さんなのだろう。可愛い。が、俺の体力にも限界というものがある。
ベビーベッドに寝せていたのだが、最近では、抱きしめて一緒に眠るようになった。こうしていれば夜泣きは収まる。しかし、腕にぬくもりがあるので、俺は押しつぶしてしまったらという恐怖から熟睡出来無い。
それにしても――この状態では、冒険に行くなど無理だ。仮に泣くのを仕方が無い事として出かけたとしても、俺はイゼルの事が気になって依頼に集中したり出来無いだろう。現在の俺は、イゼルの虜である。
子育てなど初めてである俺としては、先達となる他の親御さんと話をしてみたいようにも思う。しかしユフェルが言うには、魔族の子供の成長速度は速いだけでなく、人間の赤ちゃんの経過とも異なる部分が多いらしいという事で、今の所、誰かに相談する機会には恵まれていない。
乳母さんの募集をユフェルは行っているようであるが、魔族の子供という事もあって、やはり人間である普通の乳母さんは募集に応じないらしい。そこで現在魔族の国で探しているそうだったが、時間がかかりそうだという話だった。ただこちらには不満があるわけではない。俺にも自分で我が子を育てたいという気持ちもあるからだ。
こうしてこの日も、俺は一日中イゼルを抱っこしていた。するとユフェルが帰宅した。
「ただいま」
「おかえり」
「抱かせてくれ」
「うん」
俺の腕からイゼルを抱き寄せたユフェルは、微笑している。しかしイゼルが泣き始めた……。ユフェルが困ったように笑っている。それでも暫く抱き続けていると、イゼルが次第に大人しくなってきた。俺を除けば、唯一ユフェルの腕の中でも、イゼルは泣き止む場合がある。だがすぐにまた泣き始めた。
「うーん」
ユフェルからイゼルを引き受けて、俺が抱っこすると、すぐに泣き止む。
「弱ったな。カルネには迷惑をかける」
「迷惑だとは思わない。けど、困ったよな……」
実際、最近の俺はずっと眠い。
その後、イゼルを連れて、俺達は食堂へと向かった。イゼルを隣の椅子の上にあるカゴに入れると、再び泣き始めた。
「……」
俺もご飯は食べなければならない。そう思い、高速で食事をしてから、俺はイゼルを抱き上げた。するとピタリと泣き止んだ。そんな俺の前で、複雑そうな顔でユフェルが食事を続ける。
「乳母の候補を三人まで選定したと、帝国からは連絡があったんだ。カルネ、もう少しだけ耐えてくれ」
「耐えるというか、イゼルは可愛いからそこまで苦じゃないんだけどな……その」
「肉体的に辛いだろう? 目の下のクマが酷い」
「……俺が抱っこしてる間、ユフェルだって起きて一緒に見ていてくれるんだから、ユフェルだって同じだろう?」
俺が苦笑すると、ユフェルが曖昧に笑った。正直、ユフェルがついていてくれなかったら、俺は泣きたくなっていたかもしれない。子育てとは大変だ。
食後俺達は、寝室へと向かった。そして俺がイゼルを腕に抱いたまま横になり、その正面にユフェルが寝転がった。俺の腕の中のイゼルの柔らかな髪を、ユフェルが撫でている。イゼルはすぐに寝入った。眠った後も俺が手を離すとすぐに気づくからすごい。
「イゼルは可愛いが、カルネと二人の時間が見事にゼロになったからな――時に俺は我が子に嫉妬しそうになるぞ」
「え?」
「これからは三人で、と、強く想うのは変わらないが……カルネは俺の中で特別だ」
「ユフェル……」
ユフェルがイゼルの髪から手を離すと、そっと俺の頬に触れた。優しい眼差しに、俺は照れくさくなる。
――イゼルという後継者の男の子が生まれたから、もう俺は用済みかと思ったのだが、ユフェルは今まで以上に俺に優しくなった。
日中の仕事時間を除けば、ずっと俺のそばに居てくれるし、夜泣きで俺が起こされた場合は、必ず自分も起きて、俺を気遣ってくれる。それだけではなく、言葉が前よりもどんどんストレートになってきた。
「カルネ、愛している」
……。
赤面した俺は、静かに瞼を閉じた。
乳母さんが派遣されてきたのは、それから三日後の事だった。
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