冷血宰相と氷姫 ~ 稀代の政略結婚と噂されたあがり症と毒舌 ~

猫宮乾

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【八】庭園から

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 ある日、仕事の息抜きに、ジェフリーは珍しく外へと出た――そして、不慣れな道に迷い、一つの麗しい庭園へと入り込んでしまったのである。

「参ったな……」

 召喚獣を呼び出して、ここがどこなのか位置を把握しよう、そんな事を考えていた時である。

「っ、な、何故此処に……?」

 聞き覚えのある声にジェフリーが振り返ると、そこにはマリーウェザーが立っていた。
 最初の遭遇以来、夜会の度に、今では二人は顔を合わせている。
 しかし王宮では、滅多に会わない。

「道に迷いました……」

 無表情のマリーウェザーの顔に、明らかに自分は嫌われているよなと、ジェフリーは俯いた。

 何せ、夜会で会う度に、気がつくと口喧嘩をしてしまっているのだ。
 ――喧嘩の台詞は、弟と応答集を作ってあったので困らなかった。

 当初こそ、宰相職を回避するために、マリーウェザー王女に嫌われる計画だったのだが、最早その必要が無いくらいに嫌悪されているだろうと、ジェフリーは判断していた。

 だから極力近づくのは止めようと思ったのだが、気がつくといつのまにか、夜会の度に口論している現実がある。何故なのだろうか――ジェフリーはその理由をずっと考えていた。

 理由その一――回避するためにマリーウェザー殿下を視線で追っているため、彼女が場の雰囲気を悪くしたのを見つけると、つい口を出してしまう事。勿論フォローに入るつもりだというのに、あがり症ゆえに場を悪化させてしまうので、結局口論に。

 理由その二――もうマリーウェザー殿下のことを考えるのを止めようと思案して(即ち、結局は考えている)、黙っていると、何故なのかマリーウェザーから寄ってくる。大抵の場合『今日は大人しいのね』から始まる嫌味。そして始まる口舌戦。結局口論になる……もしかするとこの場合は、誰も話す人がいない自分を哀れに思って声をかけてくれているのかも知れない(というのはジェフリーの勘違いであるが)。

 理由その三――最早マリーウェザー王女を見るだけで、あがってしまうという現実!
 だが何故あがってしまうのか、が分からないのだ。

「道に?」
「ええ……マリーウェザー様こそ、供の者も連れずにどうなさったんですか?」

 ああ、どうせ罵詈雑言を含む嫌味が返ってくるのだろう……と、ジェフリーは身構えた。

「ここは父が私に作ってくれた庭園なのです。私だけの場所なので、侍女は庭園の外で待っています。一人になりたい時に来る場所なので」

 だがその時、嫌味は何も放たれなかった。

「勝手に立ち入り、失礼いたしました。では私は、これで――」
「待って下さい。少し、お話をしませんか?」
「話?」

 驚いて振り返ったジェフリーに、マリーウェザーが視線でベンチを示した。
 座り込んでまでイヤミの応酬をしなければならないのかと考えると、ジェフリーは胃に痛みを感じた。しかし仮にも王族の誘いだ、断るわけにもいかない。

「お座りなさい」
「承知しました」

 並んで座ってみる。何となく手のやり場が無くて、両手の指を組んだ。

「貴方のおかげで、最近の夜会はとても充実しています」

 彼女は、口喧嘩を楽しんでいるのか、いやそんなわけはない、きっとこれも嫌味なのだろう――ジェフリーはそんな事をつらつらと考えていた。

「婚約を迫ってくる男性方も、貴方と私の口論が始まれば逃げて行ってくれます。私を利用しようとする人々も、そうです。よって私は、適当に家柄重視の慎重派の貴族達と会話をしているだけで良くなりました。貴方のおかげです、本当に有難うございます」
「――と、言いますと?」

 ん?
 と、ジェフリーは気づくと作り笑いを浮かべて首を傾げていた。

 ジェフリーの笑みは、どこからどう見ても、全てを見通した上で、嫌味っぽく笑っているようにしか見えない。それに安堵するように、しかしジェフリーとは真逆で、氷姫にはとても見えない――宮中の人もほとんど見たことがないだろう、心からの満面の笑みをマリーウェザーが浮かべた。

「あの時、疲れたと言った私の事を気遣ってくれているのでしょう? いつも私の『氷姫』としてのイメージ作りにご助力下さること、心から感謝しています」

 何か絶大な勘違いが発生しているらしいと、ジェフリーは気がついた。
 だが不意すぎる笑顔に、視線がからめとられて、何も言えなくなる。

 確かに――マリーウェザー殿下は、美しい。

 改めてそう実感したジェフリーは、『理由その三』の原因に、気がついた。
 それは……マリーウェザー殿下のことが気になっているのか! という、ジェフリーにとっては驚くべき事実だった。

 イメージ作りというのはいまいち分からないが、兎も角、思ったよりは嫌われていない様子である。ならば、まだ可能性はあるだろう。可能性……なんの? ジェフリーは自身の思考が分からなくなる。まぁひとまず、何故気になるのか、解明しようとジェフリーは誓った。

「これからも、よろしくお願いいたしますね。ジェフリー卿」

 柔和に笑ったマリーウェザーの姿に、再び見惚れそうになったジェフリーは、慌てて頷いた。

 その後マリーウェザーとは別れたが、帰宅するまでの間、ジェフリーはずっと彼女について考えていた。そして帰宅してすぐ、弟の部屋へと向かい状況を全て説明した。

「――ということなんだ、ギル」
「なるほど。マリーウェザー様が気になる、その理由が知りたい……うん。ねぇ、何でだろうねぇ」
「まぁ美人だから気になって当然か」
「この前俺が美人だって言ったら、首を傾げていたじゃないか。要するに、何回か接触する内に、魅力的だと感じるようになったんじゃないの?」
「そうかもしれない。だとすると、どういう事だ?」
「兄さんさぁ、胸がキュンとかしないの? 動悸がしたりさ」
「健康診断では異常無しだったぞ」
「違うよ、恋だよ恋」
「恋? 俺が? まさか」
「じゃあ他にどんな理由で、マリーウェザー様の事が気になるって言うんだい。目を閉じて、マリーウェザー様のことをじっくり思い浮かべてみて。胸がドキドキしない?」

 ジェフリーは言われた通りに瞼を伏せた。

 数々のマリーウェザーとのやりとりを思い出す――まず痛んだのは胸というか、あきらかに胃だった。ドキドキというよりは、キリキリと痛む。キュンとすると言うよりかは、ジクジクする。

「マリーウェザー様のどんなところが気になっているか、よぉーく思いだして兄さん」

 無意識に胃へと掌を添えながら、ジェフリーは思案する。

 夜会ではどこか寂しそうな姿が気になる、のかも知れない。
 今日は、笑顔に心を惹かれた。

 どちらの場合も、綺麗な蒼い瞳の奥にうっすらと浮かぶ、泡沫のような感情の色が、見ているこちらの胸を打つのだろう。

 しかし胃が痛い。

「総合して解答を出して、兄さん」
「俺、医療塔に行って胃を重点的に診てもらった方が良いかもしれない」
「は?」
「あ、いやその……そうだなぁ……もっと様々な表情を見てみたいとは思う」
「兄さんが他人に興味を持っただけでも大進歩だよ!」
「失礼な奴だな。俺はこれでも、結構周りに気を配ろうとして生きているんだ! ただ、ついつい余計な事を話してしまうせいで、上手くいかないんだが」
「どうでも良いけど、好きになったら迷ってないで、行動あるのみだからね!」
「行動……?」
「押して押して押しまくらないと!」
「無理だ!」
「やる前から後ろ向きなの本当に止めた方が良いって」
「相手は王族だぞ?」
「うん、降嫁してもらうとなれば、やっぱり兄さんも宰相くらいのステータスはあった方が良いんじゃない」

 その時はまだ半信半疑だった。

 そして――その後も相変わらず夜会では口論を重ねていった。
 特に間近でそれを目にしがちだったのは、エドワードだった。



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