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……第一章
何処へ?
しおりを挟む「あの……」
僕はしばらく引っ張られた後、空き部屋に引っ張りこまれた。早足だったからか、僕もフェル殿下も息をきらしている。
「はじめに言っておく」
「はい?」
「お前の心は俺にだだ漏れだ」
「へ?」
「俺には、一定の条件を満たすと相手の心の声が聞こえるという能力がある。これは俺の取り柄としてもいいだろうな」
僕は目を見開いた。
「えっ、それって……僕の考えてることが分かるってことですか?」
「いつもではないし条件はあるが、簡単にいえばそうなる」
フェル殿下かっこいい……と、僕は念じた。するとしらっとした顔をされた。それから睨まれた。
「俺はこの力のせいで、人の聞きたくない本音を聞いてきた。人間の醜さを知った。だから、他人が信用できない。よって、信用出来ない相手と一緒にいたくないから、結婚もしない。わかったか? 決して童貞だからいきがっているわけじゃないんだ!」
人間不信ということだろうか。
「その力を駆使して、心が綺麗な人を探したらどうですか?」
「ポジティブだな……それはもう試した。今のところ見つかっていないから、俺は童貞なんだ」
「閨の講義は?」
「『早漏そうな王子様』と講師が考えたのを認識した瞬間、萎えきって勃たなくなった」
殿下もどうやら苦労しているようだ。
だが、安心してほしい。僕には持久力がありそうな遅漏絶倫に見えます、だからどうか脱童貞、脱独身! 僕と結婚しましょう!
「脳内で会話をふらないでくれないか?」
「口に出すのが恥ずかしかったもので……」
僕は頬を染め、照れてみせた。
「それにしても、俺の力のことを聞いてもなお、俺を怖がるでもなく、まだ結婚したいのか?」
「怖がる、ですか?」
「自分の心を知られるのは怖いだろう?」
「僕の心は、読まれるまでもなく、決まっていたのを殿下もご存知だと思いますが」
というか出待ちしていた人々全員の気持ちが、僕にだってわかる。
……結婚したい!!
これだ。
「フェル殿下。ちなみにどんな相手なら、結婚してもいいんですか?」
「恋愛的な意味で好きになった相手だ」
「好みのタイプは?」
「心が綺麗な人だ」
「具体的には?」
「心から俺を思ってサンドイッチをくれるような」
「まさに僕では……そんな、プロポーズですか?」
「違う! お前のような下心はいらないんだ!」
「我が儘ですね。人間妥協も必要です。ここは一つ、僕にしましょう」
「生涯に一度きりのことを、妥協ですませるなら、結婚なんかしなくていい!」
断言したフェル殿下を見て、僕は腕を組む。
「ですがこのままでは、フェル殿下は結婚するように国王陛下にも周囲にも言われ続けると思います。逆転の発想で、契約結婚をするなどしては?」
名案だと思う。
「誰と?」
「心でなく、もっと目に見える、外見的な好みはありますか?」
「それは……その……」
「その?」
「と、とくに外見にこだわりはないが、皆が高嶺の花というだけはあってグレイは相応に美しいと思うが」
あれ? もしかしてフェル殿下、意外とちょろい? 僕の顔が好きで、名前も覚えてくれてるし。
「誰がだ!! 俺はちょろくない!!」
「僕でよければ、契約結婚のお手伝いをさせていただきますが……?」
僕は儚さと苦笑の中間のような顔をして尋ねた。
「冗談じゃない。第一、それではお前も幸せになれないだろう」
いや、そうでもない。殴られずごはんが出てくるだけで……というのはなんでもないです。
「殴られ……?」
幼少時のことを思いだしかけて、そんなものをみられて暗い気持ちにさせたくなかったから、僕は必死で、さっき読んだ詩を思い出そうとした。
「……そうか。そんな過去があったのか」
「え?」
「俺は条件が整えば、今でなく過去に考えたこと、過去の心、ようするに過去の記憶も読めるんだ」
殿下が僕を見て、初めて不憫なものを見る顔をした。
「あの、殿下?」
「なんだ?」
「僕にもプライバシーってものがあると思うんですけど?」
「その通りだ。だから俺の力は気味悪がられる」
「自分では制御できないんですか?」
「できる」
「なんで今制御しないんですか! プライバシーの侵害です!」
僕はムッとした。
「俺と結婚するというのは、そういうことだ」
「どうぞいくらでもご覧くださ……い、とは、ちょっといいにくいです。うーん……」
僕に虐待された経験がなかったら、いくら見せてもよかったが、その経験がなかったらそもそも玉の輿を目指していないから、見せる機会もなかっただろう。
「お前に人間味を感じたのは、初めてだ」
「……僕、今日はもう遅いので帰ります」
「待て。俺の力のことは重大な秘密なんだ」
「僕にあっさりと話したらダメじゃないですか。わかりました、誰にも言いません。それでは」
「あっ、おい!」
僕は引き留められそうになり、本来それは喜ばしいことだと思ったが、過去を知られたらなんだかテンションががた落ちしてしまい、部屋から出て帰宅した。
そして翌日は、気分が悪かったので、ずる休み……出来ない性格の僕は、淡々と仕事をこなし、この日は出待ちをせずに帰った。
翌々日から二日間は、休日だった。
気分を切り替えて、僕は来週からの攻略法を考えた。
そうして月曜日。宰相府に朝早く向かい、観葉植物に水をあげていると、ドアが開いた。いつも月曜日の朝は、このように早朝は僕しかいないので、首を傾げて振りかえる。僕は水をあげるので月曜日は、いつも早くきている。
「おはようございます、フェル殿下」
意外な姿に驚きつつ挨拶したら、何故かほっとしたような顔をされた。
「ああ。おはよう」
「コーヒーを淹れますか?」
「……いや、いい。自分でいれる」
「そうですか、淹れたかったです」
僕は苦笑してみせつつ、水やりの手は止めなかった。それが落ち着いたので、自分のデスクについた時だった。
「よければ」
「!」
なんと僕のそばに、コーヒーが置かれた。ここには、殿下と僕しかいない。なんと殿下が淹れてくれた。びっくりした。顔を向けると、殿下が咳払いした。
「先日は、ぶしつけに心や記憶を見て悪かったな。謝りたい。すまなかった」
「いえ、よいのです」
僕は儚さを心がけて表情筋を動かした。
「悪いだなんて畏れ多いですが……でしたらお詫びに、食事をご馳走してください」
そして僕は、悪戯を思いついたような顔をとりつくろった。
さすがに断らないだろう。僕は同情はされたくないが、弱みにはつけこんでいきたい。
「お前……本当に表情と心の声が一致しないな。しかし分かった。同情はしない。だから食事もご馳走しないからな。以上」
そういうとフェル殿下は、執務室に入っていった。謝りながら人の心を読んだのだから、本当に謝る気があったのか、僕には疑問である。
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