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……第一章
手がかり?
しおりを挟むしかし、どうしたものか。
やはり留学していたというのだし、隣国の話題でも出してみるか。隣国の有名な古典文学だとか、詩とか。どちらもあまり興味はないが、王立学園時代にいくつかは読んだ。
だが、知的な人が好きとはかぎらない。
「仕事を頑張りたいみたいだったし、僕ならエナジードリンクの差し入れとか、資料庫の案内図とかの方が嬉しいな」
資料庫は広大だ。僕は新人の頃、自分用に案内図を作った。あれを書き写して渡すか?
「まずは同じ職場で働く者として親しくなり、玉の輿に向かおう」
僕は夜更かしして案内図を書き写した。
こうして翌日宰相府に向かい、僕は仕事をしながら昼休みを待った。今日の午後も宰相閣下は打ち合わせなので、サンドイッチだろう。僕はフェル殿下の執務室に向かった。すると宰相閣下とフェル殿下が僕を見た。そしてフェル殿下が言った。
「なんのようだ? 今日はサンドイッチを持参しているぞ」
「よろしければ、こちらを……僕は少しでもお役に立ちたくて」
僕が案内図とドリンクを渡すと、フェル殿下が首を傾げて受け取った。宰相閣下も覗きこんでいる。そして宰相閣下が、目を見開いた。
「なんだこの秀逸な案内図は! グレイ、お前が作ったのか!?」
「はい。殿下のお役に立ちたかったもので」
「殿下どころか宰相府全体の役に立つ!! すぐに複製魔術機で印刷して、宰相府の全員に配るように!」
宰相閣下がキラキラした瞳に変わった。フェル殿下はポカンとしている。僕は印刷という雑用を頼まれてしまったので、あまりアピールはできなかったが退室するしかなかった。
ルークに手伝ってもらい、昼休み中に印刷を終えて配布した。
「やっぱりグレイ様のように仕事が出きるかたは、こういう資料を作成したり効率よく仕事をなさっているんだな」
「それを殿下や俺たちのために見せてくださるなんて」
「お心も優しいんだろうな」
「それに美人だし」
「近寄りがたい美貌だよな」
帰り際、僕は、僕を称賛する噂話に耳を傾けていた。他方、少し位置をかえ、逆方向の休憩室から聞こえてくる声に耳をすます。
「なんだよ、あの年増!」
「だけど、悔しいけど案内図が完璧すぎて、言葉がみつからないな」
「そうだけど、俺の方が若くてかわいい」
「若いのは事実だけど、お前よりは僕の方がまだマシ」
「絶対俺がフェル殿下を射止める!」
「いいや、それは僕だ!」
若い子達も僕を貶しつつほめていた。
僕は、正直、僕以外の人々が、案内図なしに資料庫を歩いていたことに驚いていた。よく迷子にならなかったものである。
「次はどうしようかなぁ」
呟いたとき、ルークがトイレから戻ってきたので、僕は取り合えず、今日も出待ちに向かうことにした。
宰相府は、王宮の北側一帯にある。王族の皆様のお住まいは南側だ。なので、双方をつなぐ回廊のそばの階段を、宰相閣下執務室と新しくできたフェル殿下執務室から出てくる人は必ず通る。
「あ、きた」
ルークの声に、僕は家の書庫から持参した隣国の詩集の翻訳版を手にし、フェル殿下が絶対前を通るソファに座った。
周囲がフェル殿下に群がっていく。ルークもそちらにいった。僕は読書だ。そしてフェル殿下が通りかかった瞬間に、感極まった声を出した。
「なんて物悲しい詩……胸が張り裂けそう!」
すると、びくっとしてフェル殿下が立ちどまり僕を見た。しかし気づいたら普通に没頭し、涙ぐんでいた僕は、フェル殿下を視界に捉えたが、感動には勝てず、すぐにまた本に視線を戻した。今日は玉の輿計画はお休みだ。
「……何を読んでいるんだ?」
「今話しかけないでください」
「……お前は俺と結婚したくて、小道具にその本を読んでいるんじゃないのか?」
「ちょっと黙っていて下さい。今、風が悲しい予言をしているんです!」
「あ、ああ……オロボスの詩か……」
僕は熟読し、読み終わって顔をあげた。
「あ」
そして奇妙なものを見るように、僕を見て立っているフェル殿下と、彼を取り巻いたまま、『え、このあと、どうすれば?』みたいに困惑したように立ち止まっている、フェル殿下の妃志願者達の視線を一心に受けた。
「……」
「……読み終わったか?」
「……はい。ええと、殿下は隣国に留学なさっていたのだとか。この詩集はご存知ですか?」
僕は話を戻し、知的な笑みを浮かべた。そのへんの人がよく見とれてくれる評判のいい笑顔だ。
しかしフェル殿下は、怪訝そうに首を捻っているばかりだ。
「まぁ有名な詩集だからな」
「よろしければ、二人でゆっくり詩について語りませんか?」
僕はにこりと笑った。
「本当にその詩集が、お前は好きなのか? 確かグレイ・エヴァンスだったな?」
「今日好きになりました。フェル殿下のことが知りたくて隣国の詩にふれてみたのですが……」
広がっていたのが沼で、我ながらびっくりだ。
「そんなに俺と結婚したいのか?」
「フェル殿下は魅力的な方だと思います」
性格は知らないが、実際それ以外は魅力的だ。僕がそう考えていると、フェル殿下が僕を睨んだ。
「俺は結婚する気はない。特に俺自身でなく条件しか見ていないような人間とは、絶対に結婚しない」
フェル殿下の言葉に、僕はゆっくりと瞬きをした。条件以外に、フェル殿下には何かいいところがあるのだろうか? 童貞がいきがってるようにしか見えない。
「ぶほぉっ!!」
その時急にフェル殿下が吹き出した。
「童貞がいきがってるだと!? お前辛辣すぎではないか!? 第一俺にはそんなに取り柄がなさそうだっていうのか!?」
僕は目を丸くした。
「え……?」
「あ」
すると焦ったように、フェル殿下が口を押さえた。
「っ、ちょっとこい!」
そして僕の手首を握ると、早足で歩き始めた。
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