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しおりを挟むそのまま半ば転げ落ちるように、図書館のあった二階から一階まで駆け下り、どころかその先の地下までおりると、慌てた様子で傍らの壁の模様に、間宮が学生証を走らせた。
途端に開いた扉を怪訝に思った瞬間には、軽い調子で扉が閉まり、続いて二つ目の扉を間宮が押し開くのを目にした。
「何こ」れ、と言い終わる前に、二つ目の扉も閉まる。
壁際には、放射性下降物緊急避難所という看板があり、理解できずに瞬いた。
暗い室内にはいると、正面の巨大な画面が放つ人工的な光が目に入る。
その大画面には、先ほどまで見ていた街並みが映されていた。
右上には、空中から見下ろしているらしい姿が、そのすぐ下には宇宙かららしき映像が、そして左側には、見知った化学準備室と、自分たちの教室と、今し方入ってきた非常階段の最下層が映し出されていた。
「本当に見たんだな? 気のせいであってくれよ」
「待ってよ、これ、どういう事だよ?」
「俺が聴きたい、黙って見てろ。なんだよこれは、4時って聴いてたのに。まだ14時だ」
「え? それって昨日の32時間後って、沙希香が言って、っ、あ、え、夢じゃ?」
「ああ夢だよ。夢だ夢」
「じゃあなんで俺は知って、これ」
「混ざってんだろ。後で説明してやるから、今は黙ってろ、落ち着け、良いか、絶対にそこの扉を開けよう何て考えるな」
その声音に、息を飲んだのとほぼ同時に、見慣れた街並みの上空に、まばゆい光が現れた。
先ほど見た物によく似ている。
光が消えたその瞬間、辺りは煙につつまれ何も見えなくなった。何が起こったのか理解しようとしても追いつかない状態で、ただすぐ頭上から聞こえた轟音と、僅かに振動した室内に立ち竦む。
画面の向こうで次第に靄が晴れていくと、そこには驚異的な程整った形の、茸雲が聳え立っていた。実物など当然見たことのない、教科書の中の出来事であるといえる、核弾頭の申し子の姿に、困惑して瞬きをする。
学校の風景を映し出していた映像は、窓硝子が割れる光景を最後に途切れていった。
ただ残ったのは、大画面の映像と、宇宙、空中からの映像、そして、この地下室のすぐ側にあるらしいカメラの映像だけだった。初めは人影も何もなかったそこへ、幾ばくかして、一つの陰が落ちてきた。誰かが階段を下ってきたようだった。
けれどその影が人の物であるとは、到底思えなかった。その理由は、長く剥け垂れた皮膚が、新たな影を生み出していたからなのかもしれない。全貌が画面に映し出された瞬間、間抜けな程口と目を見開いて、務は硬直した。右の眼球が耳をしっかりと眺めた状態の、男性らしき顔。彼は髭と髪に火が付いた状態のまま、顔と身体の皮膚と裂けた衣服が混じり合った状態のまま、こちらへと向かい進んでくるところだった。伸ばされた腕で炭のようになっている時計にだけ、見覚えがあった。嗚呼、確か教頭先生がしていた物ではなかったか。扉の前で力尽きた様子で這い蹲り、それでも必死にその手はカードキーのような物を伸ばしている。
「安心しろ、中から閉めれば、もう開かない作りになってる」
「安心て何?」
「何って?」
分からないといった調子で小首を傾げながら、漸くこちらに視線をよこした間宮の顔は、前に誰かの置き傘らしきビニール傘を二人で拝借した時によく似ていた。本当に良いのだろうかと呟いた務に、今と全く同じ顔を彼はしたのだ。
次第に画面の向こうに、一人二人と人影が増えていく。それらは焼けただれたり、硝子まみれになった肉体を携え、次第に前面へと進み出てきた。嗚呼。
口が閉まらない様子で、水を求めているのか、無数の唾液が至るところで床へとしたたっている。鼻はある者もない者もいた。有紗の遺体とはまた違った趣の、艶めかしい死臭を携えた生者の姿。その中の一角に、先ほどまで笑っていた前原明菜の姿を見つけ、気づけば、あ、と声を漏らしていた。
「どうかしたのか?」
「前原さんが」
「ああ。あそこにいたんなら被災してるだろうな」
「助け」
「どうやって? 今俺たちに出来るのは、自分たちの身を守って、被災者を一人でも減らす事じゃないのか? 少なくとも、今出て行ってお前に何が出来るんだよ務、よく考えてみろ、何もないだろ。救援隊がすぐに来る」
「でも」本当にそんな物が来るのだろうか。確かに対核対策として、軍に資金は割り振ってあると授業でも習った覚えはある。
「行きたいなら、そこを開けて出て行っても良いけどな。俺はその後此処の扉は閉めるぞ」
「それで此処でどうする気だよ? ここにいたって、こんな、どうせすぐに、だったら」
「嗚呼、此処も危ないかもな。でももっと安全なところに通じてるんだ。良いか、お前に可能な選択は二つだ。俺と一緒に生き延びるか、あいつらと一緒に此処でいつ来るともしれない救援隊を待つかだ。ま、どうせお前もすぐに何も考えられなくなるだろうけどな。いや、お前の場合はゆっくりかもな。俺は嫌だね、出て行くと言うならお前の勇気に感服するな。俺にはもう化け物にしか見えない」
「何て事を言うんだ。彼らは被害者だろ」
「ご立派な意見痛み入るよ。じゃあ行け。どうせお前はただ見ていることすら出来ないんだ。目に浮かぶよ、お前がそこの扉をあの中に混じって泣きながら叩いている姿がさ」
「黙れ。黙れよ黙れ」
「行くんなら早く行け。行かないんなら、状況が落ち着くまで余計なことは喋るな、俺に従ってろ。許される返答は、はい、か、はい、だ」
「……分かったよ」
「本当に分かってるのか、ああもういい。それよりあいつらも、地軸変動が起きるって分かった途端にこれだ。なりふり構っていられなくなったんだろうな」
「地軸変動って……あいつらって……」
「お前に分かりやすいように言えば、地球のSとN極の築く線だ。もっと分かりやすく言えば、赤道の位置を決めている物か?」
「違うよ、地軸って言うのは正確には」
「はいはい分かりました、そうだなお前の方が成績良かったですね」
「そうじゃないよ、待ってよ、待ってくれ、だから何でそんなことが」
「マグネエルライトの暴発だよ。だから質問は後だって言ってるだろ。兎も角それが起きる前に、それにたえられる場所に避難しなきゃならないんだよ」
「だけど避難なんて何処に……」
「着いてこい」呟きながら、間宮がしゃがむ。開かれたその足下には、更に深くへと通じる梯子が覗いていた。
それ程長くないその空間は、避難所と同じ壁に覆われている。
背後の画面でもう一度破壊された街並みを目に焼き付けてから、務は間宮の後に続いた。
突き当たりの壁も同じ素材で出来ているらしく、ただ左右に、発行する灯りが点々と並んでいた。
人一人が漸く通れる程の狭さで、間宮の後に続き匍匐前進で進んでいく。
一体自分は何をしているのだろうかと、目眩を覚えて、途中何度も咳き込んだ。けれどその度に、こちらに気を配る様子もなくただ離れていく間宮の背を、必死に追う。
どれくらいの間進んだのかは分からなかったが、喉の渇きを強く覚えていた務には、それが何時間もの道のりであったように感じた。
たどり着いた部屋は、それまで通ってきた通路と同じ灯りに照らし出されていたが、通路とは違い、先ほどの避難所よりもずっと広い部屋だった。
通路から務を引きずり出すように手を引いた間宮は、すぐにそこへと通じる扉もきつく閉め、音を立てて施錠する。それから一人、焦るように、いろいろな部屋を行ったり来たりしていた。
床に座ったまま、そんな光景をただ務は眺めていた。
その内に、始めに間宮が向かった方角の側にある椅子の上に、見覚えのある鞄を見つけた。未だ少し、血液らしき汚れが残っているその鞄は、昨日変装していた時分に、確かに自分が携えていた物だった。
夢ではなかったのかと、恐る恐る立ち上がり手を伸ばす。
しかしその中には、記憶装置もマグネエルライトも無かった。
「おい、立てるんならちょっと手伝ってくれ」
「ねぇ間宮。これ、どうしてここにあるの?」
「は? お前が持ってきたんじゃないのか? ここ、務の家の地下だぞ」
「ねぇ、夢じゃなかったの?」
「もう今はどうでも良いだろ、そんな事は。俺だって夢であって欲しい。良いから来い、ここの装置を起動させるために、網膜認証が必要なんだよ、お前の家族のな。ここまで来て死にたいのか? 別にお前が生きている必要はないんだけどな、俺は」
冷たい声音に唇を噛み、おずおずと後を追う。
家族と聞こえた。この施設は恐らく父の持ち物なのだろうと、務は考える。しかし、父親は自分のことを家族などとは思っていないのではないか。
そんな恐怖に襲われながらも、指示された位置に立つ。
「は、やっとこれで終わりだ。今の内に認証方法変えておかないとな」
無事に起動した画面に、驚くような思いで務は瞬く。
「動いた……?」
「ああ。良かったよ本当。何でそこで驚いてるんだよ?」
「僕、父さんには家族だと思われてないんだって考えてて……だって必要ないって言われて……」
「嗚呼、お前馬鹿だな。そんなの決まってるだろ、それこそ」
おかしそうに笑った間宮が不意に言葉を止めこちらを見た。
ただ言葉の続きを待ち、務はぼんやりと吐息する。
「悪い夢だったんだろ」
そう告げ笑んだ間宮の表情が、あまりにもいつも通りの物だったから、なんだか久しぶりに楽しい気持ちになってきて、思わず務も笑った。ああそうなのかもしれない。これは、悪い夢なのかもしれない。
「安心しろ、お前は悪くないよ」
けれど、と思った。悪夢であっても、今確かにこうして友人がいるのだから、だから少しはどうにかなるのではないのかと。少なくとも今は一人ではないのだから、これまでよりも気が楽だ。そんな風に実感しながら、務は静かに頷いた。
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