ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
45 / 73
ブラックベリーの霊能学

【四十五】待ち合わせ②

しおりを挟む



  翌日――火朽は、待ち合わせをしている、御遼神社の石段の下へと向かった。

  神社のすぐ下に、首無しの八地蔵が並んでいて、その横に『御遼神社前』というバス停がある。降りればすぐに、神社へ続く石段が視界に入る。

  腕時計を一瞥すれば、現在は、朝の七時半だ。

  待ち合わせ時刻は、十時だったが、火朽は事前に少し見て回ろうと考えて、早めに訪れたのである。だから何気なくバスを降りてから、視線を上げた時、短く息を飲んだ。

 「紬くん?」
 「え」

  声をかけると、驚いたように紬が振り返った。

 「あれ? 待ち合わせは、十時じゃ?」
 「ええ。紬くんこそ、どうしてこんなに早く?」

  純粋に火朽が首を傾げると、紬が困ったように視線を揺らした。

 「その……ちゃんと案内できるように、先に少し見て回っておこうかなと思って……」

  小声だった。その配慮に、気を良くして火朽は喉で笑う。
  紬のこういう真面目さが、非常に好ましい。
  それにしても、事前に一人で見て回るという部分まで感性が一致していて、吹き出しかけた。

「そんなに気を遣わないで下さい。案内してもらうのは、僕の側の我が儘なお願いなんですから」

  火朽がそう言って微笑すると、紬が安堵したように吐息した。
  それから二人で石段を登る事にした。
  神社には、一応、おみくじ売り場の開店時間などは存在するが、参拝自体は自由だ。

  既に開放されているため、二人は石段を一番上まであがり、周囲を見渡した。

  すると、一人の青年が、掃き掃除をしていた。
  神主らしい。二十代後半くらいだろうか。若い。

 「おや、おはよう、紬くん」
 「おはようございます、侑眞さん」
 「そちらは?」
 「僕のゼミに来た編入生で、火朽くんです。火朽くん、こちらは、この神社の神主さんで、御遼侑眞さん」

  紬に紹介されたので、火朽は微笑し、会釈してから挨拶をした。
  見ている限り、この神主にも自分を人間ではないと疑っている様子は無い。
  そう考えつつ、火朽はそれとなく、まずは御神木を見上げた。

  一番太い枝の上に、赤い着流し姿で、季節外れの白いマフラーを巻いている少年が座っている。左側に回している狐面が見て取れる。狐色のふわふわの髪をしていて、大きな瞳は緋色だ。外見で言うならば、十代後半だろうか。

  火朽は、赤い鳥居のすぐそばにある狐の像を一瞥してから、神主の青年にも紬にも見えている様子のない少年を、それとなく何度か見た。そちらは、遠慮するでもなく、興味深そうに、じっくりと火朽を見ている。

  どうやら、この神社の”門番”であり、”神の遣い”らしい。

 『その通り。俺は、水咲という名前の妖狐だ』

  火朽も隠す気もなく思考していたから、唐突に脳裏に響いてきた挨拶に、小さく頷いた。
  だが、どちらかといえば、水咲というこの妖狐は、火朽にとっては問題では無かった。
  問題なのは――神主の後ろから、実に楽しそうな顔でこちらを眺めている、狩衣姿の青年だ。

  彼もまた、御遼侑眞にも、玲瓏院紬にも、見えている様子は無い。
  しかし、火朽には、はっきりと見える。

  ――なにせ、この御遼神社の祀っている神、本人だからだ。

  妖狐を飼っている神――神聖な存在、妖魔とは一線を画する存在というのは、火朽は珍しいと思う。平安貴族がそこに顔を出したかのような服装の青年だが、その瞳も髪の色も、緑色だ。烏帽子を被っているわけではないが、お内裏様としてひな壇の上に鎮座していても不思議のない格好ではある。外見は二十代半ばに見える。

 『へぇ。狐火かぁ。どうも、神様でぇす』

  気の抜けるような、声が続いて火朽の脳裏に響いてきた。
  この存在は、非常に強い。火朽はすぐにそう判断し、敵意が無い事を心の中で念じる。
  それが功を奏したとは思わないが、その後二人が火朽に声をかける事は無かった。

  神主との雑談を終えた紬が、敷地内を案内してくれる間、チョロチョロとつきまとわれたが、火朽は気にしない事にした。

  それよりも、人の世の歴史上の、神仏習合について思い出し、近くに広がる林を眺め、紬と民俗学的見地から、風土史を語り合う事に注力する。

  その後神社を後にしてからは、予定していた史跡や資料館を見て回った。
  途中で食事をしながら、色々と語り合う内に、すぐに日が暮れていく。

  こうして、中々充実した休日を味わい、日曜日の約束を入れない代わりに、翌週の約束を火朽は取り付けた。紬は断らなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...