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ブラックベリーの霊能学
【四十五】待ち合わせ②
しおりを挟む翌日――火朽は、待ち合わせをしている、御遼神社の石段の下へと向かった。
神社のすぐ下に、首無しの八地蔵が並んでいて、その横に『御遼神社前』というバス停がある。降りればすぐに、神社へ続く石段が視界に入る。
腕時計を一瞥すれば、現在は、朝の七時半だ。
待ち合わせ時刻は、十時だったが、火朽は事前に少し見て回ろうと考えて、早めに訪れたのである。だから何気なくバスを降りてから、視線を上げた時、短く息を飲んだ。
「紬くん?」
「え」
声をかけると、驚いたように紬が振り返った。
「あれ? 待ち合わせは、十時じゃ?」
「ええ。紬くんこそ、どうしてこんなに早く?」
純粋に火朽が首を傾げると、紬が困ったように視線を揺らした。
「その……ちゃんと案内できるように、先に少し見て回っておこうかなと思って……」
小声だった。その配慮に、気を良くして火朽は喉で笑う。
紬のこういう真面目さが、非常に好ましい。
それにしても、事前に一人で見て回るという部分まで感性が一致していて、吹き出しかけた。
「そんなに気を遣わないで下さい。案内してもらうのは、僕の側の我が儘なお願いなんですから」
火朽がそう言って微笑すると、紬が安堵したように吐息した。
それから二人で石段を登る事にした。
神社には、一応、おみくじ売り場の開店時間などは存在するが、参拝自体は自由だ。
既に開放されているため、二人は石段を一番上まであがり、周囲を見渡した。
すると、一人の青年が、掃き掃除をしていた。
神主らしい。二十代後半くらいだろうか。若い。
「おや、おはよう、紬くん」
「おはようございます、侑眞さん」
「そちらは?」
「僕のゼミに来た編入生で、火朽くんです。火朽くん、こちらは、この神社の神主さんで、御遼侑眞さん」
紬に紹介されたので、火朽は微笑し、会釈してから挨拶をした。
見ている限り、この神主にも自分を人間ではないと疑っている様子は無い。
そう考えつつ、火朽はそれとなく、まずは御神木を見上げた。
一番太い枝の上に、赤い着流し姿で、季節外れの白いマフラーを巻いている少年が座っている。左側に回している狐面が見て取れる。狐色のふわふわの髪をしていて、大きな瞳は緋色だ。外見で言うならば、十代後半だろうか。
火朽は、赤い鳥居のすぐそばにある狐の像を一瞥してから、神主の青年にも紬にも見えている様子のない少年を、それとなく何度か見た。そちらは、遠慮するでもなく、興味深そうに、じっくりと火朽を見ている。
どうやら、この神社の”門番”であり、”神の遣い”らしい。
『その通り。俺は、水咲という名前の妖狐だ』
火朽も隠す気もなく思考していたから、唐突に脳裏に響いてきた挨拶に、小さく頷いた。
だが、どちらかといえば、水咲というこの妖狐は、火朽にとっては問題では無かった。
問題なのは――神主の後ろから、実に楽しそうな顔でこちらを眺めている、狩衣姿の青年だ。
彼もまた、御遼侑眞にも、玲瓏院紬にも、見えている様子は無い。
しかし、火朽には、はっきりと見える。
――なにせ、この御遼神社の祀っている神、本人だからだ。
妖狐を飼っている神――神聖な存在、妖魔とは一線を画する存在というのは、火朽は珍しいと思う。平安貴族がそこに顔を出したかのような服装の青年だが、その瞳も髪の色も、緑色だ。烏帽子を被っているわけではないが、お内裏様としてひな壇の上に鎮座していても不思議のない格好ではある。外見は二十代半ばに見える。
『へぇ。狐火かぁ。どうも、神様でぇす』
気の抜けるような、声が続いて火朽の脳裏に響いてきた。
この存在は、非常に強い。火朽はすぐにそう判断し、敵意が無い事を心の中で念じる。
それが功を奏したとは思わないが、その後二人が火朽に声をかける事は無かった。
神主との雑談を終えた紬が、敷地内を案内してくれる間、チョロチョロとつきまとわれたが、火朽は気にしない事にした。
それよりも、人の世の歴史上の、神仏習合について思い出し、近くに広がる林を眺め、紬と民俗学的見地から、風土史を語り合う事に注力する。
その後神社を後にしてからは、予定していた史跡や資料館を見て回った。
途中で食事をしながら、色々と語り合う内に、すぐに日が暮れていく。
こうして、中々充実した休日を味わい、日曜日の約束を入れない代わりに、翌週の約束を火朽は取り付けた。紬は断らなかった。
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