ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
44 / 73
ブラックベリーの霊能学

【四十四】待ち合わせ①

しおりを挟む



 紬と別れて帰宅した火朽は、cafe絢樫&マッサージの店の扉から中へと入った。
  普段は、住居スペース側の扉から入るから珍しい。
  そして彼は、店内を一瞥した。

  マッサージ側は賑わっているが、cafe側には、一人も客がいない。
  当初の予定では既製品のケーキ類が並ぶはずだったらしきケースは、空っぽだ。
  何気なく厨房へと向かい冷蔵庫を開けてみるが、そちらも何も入っていない。

  cafe側に、やる気がないのは明らかだった。

 「どうかしたんですか? 火朽さん」

  砂鳥が隣に並び、首を傾げた。火朽は、少年姿の妖怪に、微笑を返す。

 「いいえ」

  ――もう少し充実させてはどうかと進言しようとして、火朽は止めた。
  もしそうすれば、本当に己がバイト作業として、準備をする事になるのは目に見えている。
  率直に言って、面倒だった。

  その後自室へと戻り、火朽は椅子に座る。

  以前の観察により、玲瓏院紬が休日は基本的に家にいる事も、交友関係がゼロに等しい事も、火朽はよく知っていた。周囲は敬意を払っていたり憧憬しているから、自分達から近寄る事も無い。だが、決して紬は、インドアな性格ではないようだった。

  そして――非常に、押しに弱い。

  というよりは、これまで紬を相手に強く出るような人間が周囲には不在だったため、本人も頷く以外にどうしていいのか分からないのではないかと、火朽は考えている。

  火朽は前向きな性格であるし、非常に積極的だ。

  気が短く、それこそ火のようにすぐに怒りを覚えるタイプであるし、火がいつまでも燻り続けるようにその怒りも絶対に消えないタイプではある――表面は微笑しているが。

  しかし、視覚的に見えるようになってからの、紬の穏やかで柔らかな態度が、火朽は嫌いではない。火朽は、どちらかといえば、素直に同意し、ついてくるような人間が好ましいと感じている。玲瓏院紬は、話してみると、性格も合ったのだ。

「これならば、良い友人になれそうですね」

  一人、ポツリと呟いてから、火朽は机の上に置いてあった、新南津市史という文献を手に取る。分厚いその本を開きながら、頬杖をついた。

  遊びに誘ったのは、別段親しくなるための口実には限らない。

  実際に、火朽はこの新南津市の各地に点在する、資料的な価値が有る様々な名所に興味があった。それは地蔵といった目に見えるものに限らず、数々の伝承や、無定形の祭りなども同一である。

  現在は行われていないというが、ムシオクリという行事が近年まで、八月頃に行われていたという。八月といえば、夏祭りもあるらしい。それは一般的な盆踊りといった行事らしいが、この新南津市において、肝要な祭りは、実際には九月に行われると聞いている。遡れば、祖霊信仰、さらに古くはアニミズムと集合した神道の行事が元だろう。冬には雪まつり……どちらかといえばサイノカミの名残もあるらしい。また、八人岬の伝承の関連なのか、地蔵なども興味深いし、至る所にある祠も興味深い。

  この土地は、人間の学問に触れるにもうってつけなのである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~

白井よもぎ
キャラ文芸
地元の企業に勤める会社員・安藤優也は、林の中で瀕死の未来人と遭遇した。 その未来人は絶滅の危機に瀕した未来を変える為、タイムマシンで現代にやってきたと言う。 しかし時間跳躍の事故により、彼は瀕死の重傷を負ってしまっていた。 自分の命が助からないと悟った未来人は、その場に居合わせた優也に、使命と未来の技術が全て詰まったロボットを託して息絶える。 奇しくも、人類の未来を委ねられた優也。 だが、優也は少女をこよなく愛する変態だった。 未来の技術を手に入れた優也は、その技術を用いて自らを少女へと生まれ変わらせ、不幸な環境で苦しんでいる少女達を勧誘しながら、女の子だけの楽園を作る。

龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか
キャラ文芸
両親を交通事故で亡くした月ヶ瀬美桜は、叔父と叔母に引き取られ、召使いのようにこき使われていた。ある日、お金を盗んだという濡れ衣を着せられ、従姉妹と言い争いになり、家を飛び出してしまう。 そんな美桜を救ったのは、幽世からやって来た龍神の翡翠だった。異界へ行ける人間は、人ではない者に嫁ぐ者だけだという翡翠に、美桜はついて行く決心をする。 お菓子作りの腕を見込まれた美桜は、翡翠の元で生活をする代わりに、翡翠が営む万屋で、洋菓子店を開くことになるのだが……。

【未完】妖狐さんは働きたくない!〜アヤカシ書店の怠惰な日常〜

愛早さくら
キャラ文芸
街角にある古びた書店……その奥で。妖狐の陽子は今日も布団に潜り込んでいた。曰く、 「私、元は狐よ?なんで勤労なんかしなきゃいけないの。働きたいやつだけ働けばいいのよ」 と。そんな彼女から布団を引っぺがすのはこの書店のバイト店員……天狗と人のハーフである玄夜だった。 「そんなこと言わずに仕事してください!」 「仕事って何よー」 「――……依頼です」 怠惰な店主のいる古びた書店。 時折ここには相談事が舞い込んでくる。 警察などでは解決できない、少し不可思議な相談事が。 普段は寝てばかりの怠惰な陽子が渋々でも『仕事』をする時。 そこには確かに救われる『何か』があった。 とある街の片隅に住まう、人ならざる者達が人やそれ以外所以の少し不思議を解決したりしなかったりする短編連作。 ……になる予定です。 怠惰な妖狐と勤勉な天狗(と人とのハーフ)の騒がしかったりそうじゃなかったりする日常を、よろしれば少しだけ、覗いていってみませんか? >>すごく中途半端ですけど、ちょっと続きを書くのがしんどくなってきたので2話まででいったん完結にさせて頂きました。未完です。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

巻き込まれ女子と笑わない王子様

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
 目立たず静かに生きていきたいのに何故かトラブルに巻き込まれやすい古川瞳子(ふるかわとうこ)(十八歳)。巻き込まれたくなければ逃げればいいのだが、本来のお人好しの性格ゆえかつい断りそびれて協力する羽目になる。だがそのトラブルキャッチャーな自分の命運は、大学に入った夏に遊びに来た海で、溺れていた野良猫を助けようとしてあえなく尽きてしまう。  気がつけば助けたその黒猫と一緒に知らない山の中。  しかも猫はこちらにやって来たことが原因なのか、私とだけ思念で会話まで出来るようになっていた。まさか小説なんかで死んだら転生したり転移するって噂の異世界ですか?  トウコは死に損じゃねえかと助けた猫に同情されつつも、どんな世界か不明だけどどちらにせよ暮らして行かねばならないと気を取り直す。どうせ一緒に転生したのだから一緒に生きていこう、と黒猫に【ナイト】という名前をつけ、山を下りることに。  この国の人に出会うことで、ここはあの世ではなく異世界だと知り、自分が異世界からの『迷い人』と呼ばれていることを知る。  王宮に呼ばれ出向くと、国王直々にこの国の同い年の王子が、幼い頃から感情表現をしない子になってしまったので、よその国の人間でも誰でも、彼を変化させられないかどんな僅かな可能性でも良いから試しているので協力して欲しいとのこと。  私にも協力しろと言われても王族との接し方なんて分からない。  王族に関わるとろくなことにならないと小説でも書いてあったのにいきなりですか。  異世界でもトラブルに巻き込まれるなんて涙が出そうだが、衣食住は提供され、ナイトも一緒に暮らしていいと言う好条件だ。給料もちゃんと出すし、三年働いてくれたら辞める時にはまとまったお金も出してくれると言うので渋々受けることにした。本来なら日本で死んだまま、どこかで転生するまで彷徨っていたかも知れないのだし、ここでの人生はおまけのようなものである。  もし王子に変化がなくても責任を押し付けないと念書を取って、トウコは日常生活の家庭教師兼話し相手として王宮で働くことになる。  大抵の人が想像するような金髪に青い瞳の気が遠くなるほどの美形、ジュリアン王子だったが、確かに何を言っても無表情、言われたことは出来るし頭も良いのだが、何かをしたいとかこれが食べたいなどの己の欲もないらしい。 (これはいけない。彼に世の中は楽しいや美味しいが沢山あると教えなければ!)  かくしてジュリアンの表情筋を復活させるトウコの戦いが幕を上げる。  フェードイン・フェードアウトがチートな転生女子と、全く笑みを見せない考えの読めない王子とのじれじれするラブコメ。

あやかし子ども食堂

克全
キャラ文芸
大坂の有る所に神使の妖狐たちが営む子ども食堂があった。苦しい状況にいる子供を助けると同時に、毒親に制裁を下す恐ろしい面もある妖狐たちだった。

処理中です...