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ブラックベリーの霊能学
【四十四】待ち合わせ①
しおりを挟む紬と別れて帰宅した火朽は、cafe絢樫&マッサージの店の扉から中へと入った。
普段は、住居スペース側の扉から入るから珍しい。
そして彼は、店内を一瞥した。
マッサージ側は賑わっているが、cafe側には、一人も客がいない。
当初の予定では既製品のケーキ類が並ぶはずだったらしきケースは、空っぽだ。
何気なく厨房へと向かい冷蔵庫を開けてみるが、そちらも何も入っていない。
cafe側に、やる気がないのは明らかだった。
「どうかしたんですか? 火朽さん」
砂鳥が隣に並び、首を傾げた。火朽は、少年姿の妖怪に、微笑を返す。
「いいえ」
――もう少し充実させてはどうかと進言しようとして、火朽は止めた。
もしそうすれば、本当に己がバイト作業として、準備をする事になるのは目に見えている。
率直に言って、面倒だった。
その後自室へと戻り、火朽は椅子に座る。
以前の観察により、玲瓏院紬が休日は基本的に家にいる事も、交友関係がゼロに等しい事も、火朽はよく知っていた。周囲は敬意を払っていたり憧憬しているから、自分達から近寄る事も無い。だが、決して紬は、インドアな性格ではないようだった。
そして――非常に、押しに弱い。
というよりは、これまで紬を相手に強く出るような人間が周囲には不在だったため、本人も頷く以外にどうしていいのか分からないのではないかと、火朽は考えている。
火朽は前向きな性格であるし、非常に積極的だ。
気が短く、それこそ火のようにすぐに怒りを覚えるタイプであるし、火がいつまでも燻り続けるようにその怒りも絶対に消えないタイプではある――表面は微笑しているが。
しかし、視覚的に見えるようになってからの、紬の穏やかで柔らかな態度が、火朽は嫌いではない。火朽は、どちらかといえば、素直に同意し、ついてくるような人間が好ましいと感じている。玲瓏院紬は、話してみると、性格も合ったのだ。
「これならば、良い友人になれそうですね」
一人、ポツリと呟いてから、火朽は机の上に置いてあった、新南津市史という文献を手に取る。分厚いその本を開きながら、頬杖をついた。
遊びに誘ったのは、別段親しくなるための口実には限らない。
実際に、火朽はこの新南津市の各地に点在する、資料的な価値が有る様々な名所に興味があった。それは地蔵といった目に見えるものに限らず、数々の伝承や、無定形の祭りなども同一である。
現在は行われていないというが、ムシオクリという行事が近年まで、八月頃に行われていたという。八月といえば、夏祭りもあるらしい。それは一般的な盆踊りといった行事らしいが、この新南津市において、肝要な祭りは、実際には九月に行われると聞いている。遡れば、祖霊信仰、さらに古くはアニミズムと集合した神道の行事が元だろう。冬には雪まつり……どちらかといえばサイノカミの名残もあるらしい。また、八人岬の伝承の関連なのか、地蔵なども興味深いし、至る所にある祠も興味深い。
この土地は、人間の学問に触れるにもうってつけなのである。
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