ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
19 / 73
火朽桔音という現象

【十九】大学生活②

しおりを挟む


 翌日、まず火朽は、それとなく玲瓏院紬を観察してみる事に決めた。

  無論、本分は大学生活を送って、人間の得ている知識を収集する事であるから、観察は片手間に過ぎない――はず、だった。

  火朽は、バスターミナルから構内に向かってくる学生の人波を一瞥し、その日の朝、一限の直前に、観察対象を発見した。”能力”の気配で、すぐにいるのは分かったし、あるいはそれがなくても、周囲が紬に対して、憧れや羨望の視線を向けているため、気づく事が可能だっただろう。ただ、明確な事実として、別段待っていたわけではない。

  無表情で歩いてくる紬は、どこか憂いを感じさせる眼差しで、時折嘆息している。
  そして彼は、火朽の前を通り過ぎようとした。
  だから、それとなく横に並ぶ。

 「玲瓏院くん、おはようございます」

  笑顔を貼り付けてそう声をかけたのは、十一号館のエレベーターホールでの事だった。
  一限であるのも手伝って、その場には、二人きりだった。
  先程バスを下車した学生達の九割は、仏教学科の必修に出席予定らしい。

  事前に、夏瑪から『めったに受講者がいないけど面白いよ』と紹介された講義の教室に、火朽は向かう途中であり、そのために移動する中で、偶発的に紬と同じ空間に身を置く事になっただけだ。

 「……」

  しかし気怠い表情の紬は、火朽に視線すら向けない。挨拶も返さない。
  ぼんやりと澄んだ瞳で、エレベーターが一階に到着するのを待っている。

 「――あの?」
 「……」
 「玲瓏院くんは、もしかして低血圧なんですか?」

  努めてにこやかに火朽は聞いた。だが、紬に反応はない。
  その時エレベーターが到着した。すると紬はさっさと乗り込み顔を上げた。

 「あ、僕も乗りま――」

  火朽がそう言いかけた時、目の前でエレベーターの扉が閉まり始めた。
  完全に、『閉』ボタンを、紬が押している。

  ……ちょっと待って頂きたい。これは、無視ではない。嫌がらせである。そう考えて、火朽は表情こそ笑顔だったが、心の中で激怒した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...