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玲瓏院の一族
【二】玲瓏院の一族②
しおりを挟む室内に入ると、前々当主である――玲瓏院統真という名の、現在の我が家で、唯一の二文字の名前の祖父が、碁盤に向かっていた。
一応、明確に養父だと言われた事は無いし、縲本人も「俺は父親だよ」というから、僕は実の父のように考えているのだが――その父が縲の他には、僕は紬、そして僕の双子の兄は絆という名前だから、みんな一文字なのだ。
僕は大学生だが、絆は既に働いている。僕から見ると、何とも言えない仕事だけど……。
「おお、紬。帰ったのか」
碁盤から顔を上げて、祖父がこちらを見た。祖父もまた和装だが、こちらには特に違和感は無い。白頭で、ヒゲも白い祖父は、縲に比べると、質素な着物姿だからなのかもしれない。古いドラマの再放送時に、ご老人が抽斗から取り出して着用していたもののような、存在感があまりない装いだ。古いサスペンスドラマの通行人にいそうな、田舎のお爺ちゃん風である。
普段もとても優しいし、いつも囲碁や将棋に負けて、涙ながらに騒いでいるのを見ると、僕は和む。しかし一度、きちんとした玲瓏院に代々伝わる正装を纏い、ビシッと命令を下す姿を目撃した場合は、萎縮せずにはいられない。
何の命令かというと……それがまた、除霊だのといった、オカルトだ……。
それさえなければなぁと、僕は度々思う。しかし、祖父はいつも誇らしそうに言っている。
――我が、玲瓏院は、その昔、当時の偉人によって、『お主達の霊能力は卓越しているゆえ、今後は、寺ではなく院と名乗るように』と言われたんじゃ。それまでは、玲瓏寺としてこの地を治めておったと古文書にはあるが、認められた。よって、今の玲瓏院家が存在するのじゃよ。
……僕はその言葉を思い出し、はっきり言って、偉人とやらが余計な事をしなければと、何度も思っている。今、この新南津市において、僕の玲瓏院家は、『一番の力の持ち主』と呼ばれているようだ。巷では、『玲瓏院に逆らうと、この土地では、生きてはいけない』とまで囁かれているらしい。
何それ。これが、僕の率直な感想だ。
「いやぁ、紬という優秀な後継者がいて、玲瓏院も安泰だわい」
祖父の言葉で、僕は我に帰った。
……双子の兄もいるのだが、周囲は次の当主を僕だと、勝手に決めている。
兄もこれには、反対しない。していいのに。
「紬は、霊能力者として秀でておるからのう。天才としか言えぬな」
喉で笑いながら、祖父が一人で囲碁を始めた。
僕は、曖昧に頷いたが、溜息を押し殺す事に必死だった。
理由は、簡単だ。非常に、明確である。
僕は、心霊現象を信じていない。
だって、幽霊が視えた事も無ければ、嫌な気配を感じた事すらない。
お化けなんているわけがないと、確信している。
この地域にいると、僕が間違っているように思えてくるが、現代日本の科学の恩恵を受けて育っている大部分の人々は、僕と同じ見解だと思う。少なくとも、テレビやネットの有識者(?)達は、そういう考えだろう。
しかし……僕が道を歩いているだけで、そこに屯している浮遊霊が消えるだの、周囲は僕をもてはやす。だが何も感じない僕にとっては、それこそ古くから続く、田舎だから各地に顔もきく、玲瓏院家の次の跡取りである僕に、みんなが気を遣っているようにしか思えない。
「いやぁ、紬が、『霊泉』に進学してくれて、わしも鼻が高い」
祖父が続けたから、僕は目を細めて顔を背ける。
この新南津市に、唯一ある大学が、霊泉学園大学だ。
僕は高校生の頃から、霊泉の付属学校に通っていた。
本当はこの土地から離れて一人暮らしをしたかったけど、猛反対され……それに抗うほど、都会へ行きたいわけでもなかったし、僕は勉強もあまり好きではないから、そのまま持ち上がりで進学したにすぎない。
基本的には、霊泉学園大学には、仏教科と民俗学科しかない。
元々、僕は民俗学に興味があったし、それは良い。
一応、玲瓏院家は大きなお寺を持っているから、仏教科に進まなくても、あとを継ぐために必要な資格は取れる。だから、民俗学科を選んでも、特に反対はされなかった。他の大学に行く事は許されなかったが、学科の選択は許してもらえたのである。
「霊泉を卒業していない者など、ただのモグリじゃからな。絆は兎も角として」
祖父がそう言って笑った声を耳にしながら、僕はすぐ隣のキッチンへと向かい、一人静かに緑茶を用意した。これが、平均的な僕の、日常である。
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