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「エドワード殿下」

 凛としたその声がかかった時、エドワードとグレイルは正面に迫っていた炎を見て、硬直していた。先程まで禍々しい熱を放っていた炎が――凍り付いていた。火の揺らめきをそのまま氷にしたように見える。咄嗟に振り返った二人は、そこにいるリリアの姿を認めて、どちらともなく目を見開いた。

「お下がりください。以後は、私めが」

 リリアはそう述べると二人の前に立った。エドワードはスッと眼を細くすると、頭を振る。クリソコーラ侯爵家の人間が、王族の裏の盾である事をエドワードが知ったのは、大学入学直後の事だった。

 一方の事情を一切知らなかったグレイルは、声をかけようとした。だが、その手首を握る者がいた。反射的にグレイルが振り返ると、そこにはリリアと同じ装いのオズワルドが立っていた。

「足手まといになります。お下がりください」

 それを聞いて、グレイルが息を飲む。エドワードもグレイルをじっと見て頷いた。

「グレイル、下がるぞ」
「待ってくれ、リリアが」
「――邪魔になるべきではない。グレイル、心配なのはわかる。だが、クリソコーラの人間をあなどるのは、別だ」
「っ」

 それをグレイルが聞いた直後、目の前でリリアが一体目の屍竜を屠った。光となって消えていく魔獣を認識しつつ、リリアの左腕を寸前で竜が抉ったのを見た。飛び散った血液に、グレイルが唇を噛む。

「行くぞ」
「……」
「グレイル! わきまえろ。これは、親友だから言うのではない。王太子としての命令だ。来い」

 エドワードが声を上げる。するとギリリと拳を握り、グレイルが双眸を伏せた。それからしっかりと目を開けると、エドワードに言った。

「断る。先に行け」
「グレイル!」
「足手まといになるような事は決してしない。だが、俺は彼女を置いてはいけない」

 するとオズワルドが嘆息した。

「クリソコーラ隊長より階級が高いものはここにはおらず、彼女より強い人間は、王都でも数が少ない。子供じみた心配で、相手の心を煩わせるのではなく、彼女を信じ、グレイル卿は己に出来る事をするべきでは?」

 いつか恋敵かとすら勘ぐった事のあるオズワルドの言葉に、グレイルは――しかし、冷静に首を振った。

「俺はリリアを信じている。だからこそ、ここに残る。戦闘に彼女が勝利した時、一番に迎えるために。オズワルド卿、貴殿こそ職務に忠実に、さっさとエドワード殿下をお連れしろ」

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