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【二】いつもとは異なる朝
しおりを挟む「起きていたんですか?」
「いいえ。すぐに気配に気づく訓練をしているだけです」
「な、なるほど……」
寝台から降りたルファは、頷いてから、洗面所の方を見た。朝起きたら、顔を洗わなければならない。それは母の教えだった。火にヤカンをかけてから、ルファは顔を洗う事にした。冷たい水で、指先が凍りそうな感覚に陥る。その後、薄い布で顔を拭いた。
「あ」
それから居室に戻ると、ヴェルディスがヤカンから、カップにお茶を注いでいた。驚いて目を丸くすると、ヴェルディスがそれを質素なテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「あ、有難う……」
敬語は止めにするのだったと思い出しながら、ルファは椅子に座る。ギシギシと軋んだ。ヴェルディスはその正面に腰を下ろす。二つのカップを見ながら、昨日ヴェルディスが話していた通り、カップの位置を覚えたのだろうなぁとルファは考えた。本当に用意をしてくれるらしい。
「お食事はどうなさっているのですか?」
「その、シチューを」
ルファの言葉に、ヴェルディスがヤカンの隣の鍋を見た。そして小さく唸るように首を傾け、長く目を伏せてから、嘆息して目を開けた。
「馬車に、道中での食事として、僅かですがハム等を積んであります。取って参りますので、私が外に出ている間は、家から出ず、不用意に扉を開けないと約束して頂けますか?」
ヴェルディスはそう言うと立ち上がった。ルファはオロオロとしながら、反射的に頷いた。そして出て行く彼を見送りながら、温かいカップに手を添える。久方ぶりに他者に淹れてもらったお茶が、妙に美味しく思えた。起床こそ出来るが目覚めた後、暫くはぼんやりしてしまうルファは、顔こそ洗ってスッキリしたものの、思考にはまだ曖昧な所があった。だから大人しく座って、お茶を飲んでいた。
ヴェルディスが帰ってきたのは、それからすぐの事だった。大きなカゴを持ってきたヴェルディスを見て、ルファは目を丸くする。中からは、大きく長いパンなどが覗いていた。
「朝食をご用意致します」
「……そんなに沢山……一週間分はある……」
「旅は長いですから」
「ヴェルが帰る時に食べる物が無くなっちゃうよ?」
「ご心配には及びません。また、ルファ様を必ず伴い王都に帰還する際も、道中で補いますので」
テーブルの上に食材を並べたヴェルディスは、最後に林檎を置くと、ここへ来てから初めて、優しい微笑を浮かべた。その表情が、幼い頃に見た姿と重なり、ルファの胸がトクンとした。
――やっぱりヴェルは、あの騎士様だ。
そんな思いでルファが座っていると、包丁を手に取り、ヴェルディスが料理を始めた。シチューも温めているが、他にもサラダを用意したりベーコンを焼いたりし、シチューはスープの一つという位置づけに変わったようだった。長いパンには、瓶詰めの鶏のペーストと柔らかなチーズが添えられて、皿に並べられていく。このように豪華な料理を、ルファは見るのが初めてだった。量も多い。二人分だからだろうか? きっとそういう事で間違いないだろうと、ルファは考えた。
「どうぞ、お召し上り下さい」
「一緒に食べるんでしょう?」
「私目には、騎士団から配給されている魔導固形食がございますので」
「魔導固形食?」
ヴェルディスが取り出したのは、四角いクッキーだった。それを見て、ルファは首を捻る。
「それだけで足りるの?」
「一個で約一日分の食事をしたのと同等の体力を維持できます」
「け、けど! 僕はこんなに沢山食べられないし、勿体無いよ……」
ルファがテーブルを見ながら言うと、ヴェルディスが驚いた顔をした。
「食物が無いために、少量のお食事をなさっていたのでは無いのですか?」
「それはそうだけど、村ではいつも食料が無いから、こんなに沢山のご飯は見た事が無いんだよ……食べられるかなぁ……あ! 夕食まで取っておいたら良いのか。今日一日は、これを食べていれば良いんだね!」
「昼食と夕食は別にご用意させて頂きます。残しても構いません」
「それは勿体無いから出来ないよ。やっぱりヴェルも一緒に食べよう?」
困ったようにルファが言うと、ヴェルディスが少し思案するような瞳をしてから、微苦笑した。そして小さく頷いた。
「お気遣い、有難うございます」
こうして、二人での朝食が始まった。ナイフやフォーク、スプーンも、ヴェルディスは持ってきてくれた。食器類もある。キラキラ光り輝いて見える朝食は、眺めただけでも食欲をそそる。本当に食べて良いのだろうかと困惑しつつも、ルファは空腹に抗えなかった。
「いただきます――わぁ、美味しい。このパン、すごく美味しい。それにサラダも、ベーコンも。お祝いの日にだって、こんなにすごいお料理を食べた事は無いよ」
味わって頬が落ちそうになっているルファを見ると、ヴェルディスが複雑そうな表情になった。彼はゆっくりとパンにチーズを塗っている。
「ルファ様は、細すぎて心配になります。今後は、しっかりと召し上がって下さい」
貧相な体をしているのは、ルファも自覚していたので、何も言い返す事は出来無かった。それ以上に、食事に魅了されてしまい、ルファは朝食に夢中だ。サラダのレタスにフォークを刺しながら、ルファは満面の笑みで頷く。
「王宮にお戻りになられましたら、この食事が質素であったとお考えをお直しになられると存じますが――喜んで頂けてとても嬉しいです」
「一生忘れません! ……それに、僕は王宮には行かないし」
「何故頑なに拒否なさるのですか?」
「僕が王族だなんて信じられないから……」
そう言ってルファは、シチューを一口食べた。もう食べ慣れすぎている味であるし、他の料理の方が美味しいのは分かるが、このシチューだってルファには大切な品だ。ずっとこの村で生きていくのだと考えていたから、唐突な事態の急変には、いきなり適応は出来無い。
「それに……お母さんのお墓だってこの村にあるし、この家には思い出も沢山あるし……ほ、ほら! もし王宮に行って、『間違いでした』と言われて戻ってきたら、その時にはこの村に、もう僕の居場所は無くなってしまうかもしれないから……」
ルファが時折口ごもりながら続ける言葉に、ヴェルディスは静かに耳を傾けていた。
「大体、どうして僕が王族だと分かるの?」
「昨夜も申しましたが、お母様からお手紙が王宮へと届いたのです。そちらに、ルファ様のお父上にあたる、アルフ王弟殿下の魔力印が押してあったのです」
「魔力印って何?」
「押すと、魔力を持つ魔法陣が刻まれるハンコです」
「母さんは、どうしてそんなのを持ってたのかな……」
「アルフ様が生前に残された記録によれば、息子が胎内に宿った際に、その母親に託したとありました」
「今は何処にあるの?」
「伴侶としての魔力印は、持ち主が死亡すると消滅する仕様です」
「そうなんだ……けど、それ以外に証明する物は何も無いんでしょう? 僕に兄弟がいるとは聞いた事がないけど、もしかしたら、何処かにいるのかもしれないし……」
少し困り、考えながら、ルファはそう答えた。するとヴェルディスが首を振る。
「お母様のお手紙には、しっかりとルファ様のお名前が記してありました。そして、その後、国王陛下が自ら、召喚獣に手紙の真偽をお尋ねになられました。結果、明確に、契約を待っている召喚獣がいる事が明らかになり、召喚獣経由でも、その主の名がルファであると名言されました。それらの確認作業が長引いた為、お迎えにあがるのが遅くなった次第です。正真正銘、ルファ様で間違いありません」
それを聞いたルファは、頬を指で撫でながら、俯いた。
そして、いつも見る夢を思い出す。契約しろと繰り返す鳥の夢だ。
――あれが、召喚獣なのだろうか?
「ルファ様?」
「な、なんでもない」
顔を上げて、ルファは慌てて首を振った。すると小さくヴェルディスが頷いた。深く追及するわけでは無かった。その様子を見てから、ルファは意を決して尋ねる事にした。
「ねぇ、ヴェル……」
「何か?」
「契約するとどうなるの?」
「召喚獣の叡智を借り受ける事が出来るようになります。スーレイメル王族の血を引く方々は、直接的に召喚獣の言葉を聞く事が出来るためです。それを解析し、広めていく事が、国民のためになります」
冷静に語るヴェルディスを見て、ルファは曖昧に頷く事しか出来無かった。
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