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知識とハジメテと

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   納得なんて行かないまま、翠母子は帰って行った。
   母親は何を考えているか分からない。
   翠は諦めきれてはいないだろう。

(疲れたな……)

   カグヤはソファーの上で、クッションを抱き締めながら座っていた。
   
(……あの子が死んでも手に入れれないモノって、……何だろ)

   前に千皇が言って居た事が気になっていた。
   それを、自分は持っている、と。  
   考える事は得意じゃない。
   でも、自分で答えを出さないと行けない気がする。

「……わっかんねぇ」

   カグヤは一息吐いた。
   ただでさえ、ここ数日感情が落ち着かない。
   ドス黒いモヤモヤまではいかないが、モヤモヤとグルグルで気が滅入りそうだ。
   何をどうしたら、この感情の説明が付くのだろうか。
   以前、真幸が『好き』とはドキドキやらワクワクやら特定の人物に抱く感情、と言われた気がする。
   ルシカは楼依に対してドキドキするとは言っていた。
   千皇にドキドキしたのは、キスをされた時だけで、それ以外はモヤモヤとグルグルだ。
   弾も翠も、千皇の何を見ているのだろう。
   何を見て手離したくないとか、抱きたいとか思うんだろう。
   弾や翠が千皇を見る目は、ルシカと楼依がお互いを見る時と違う様な気がする。
   翠がカグヤを見る目は、雌の魔族の嫉妬の目。
   千皇が翠を見る目は、冷たい訳でもなく翠ですら見ていない様な、そんなつまらない目だ。
   千皇が弾を見る目は、興味が無い目。
   千皇が楼依や佐藤達を見る目は、少しだけ温かみがある、様な気がする。
   じゃぁ、千皇がカグヤを見る目は……。
   
(……良く分かんねぇな)

   あえて表情を出さないのか、ただ分かるのはうんざりとした時だけだ。
   セックスをした時だって、バックだったせいかどんな表情だったか分からない。
   
(他人の顔なんて、気にした事なかったのに……)

   魔王はどうだっただろう。
   自信と威厳に満ちていた。
   
(魔王様も笑わないもんな……。交尾ばっかだし。……下界に行くって言った時だって、別に……)

   何か、考えるのもだるくなって来た。
   考え過ぎて、身体までもが疲れたのか、全身から力が抜けて行くような感覚がして来た。
   熱とかがある訳でもなさそうだが、何故かダルい。
   クッションを枕に、ソファーの上で横になった。
   思えば、下界に行くと言った時に全力で止められると思っていた。
   止めなかったのは、余裕だったのだろうか。
   下界では精を摂る事しか知らないカグヤが、それ以外で生きて行けると思われなかったのだろうか。
   確かに、魔界に居た時みたいに精を摂れば生きて行ける環境では無い。
   食に関したって、適当に狩でもして山菜を採る訳でも無い。
   たまに呼ばれる城での食事とも違う。
   快適な部屋だって、本来なら家賃が必要だ。
   それに、ルシカやヨゾラは今のカグヤと違い、ニンゲン同様に生活費を稼ぎ、楼依に助けられながらも生きている。
   自分は監禁されているとは言え、衣食住では至れり尽くせりだ。
   セックスもない。

「そもそも俺は、……何で生かされてるんだよ」

   溜息と共に、つい口に出した。

「さぁ、……何でだろうな」

   いきなり声が聞こえた。
   明日来る業者の為に、ベッドルームを掃除していた千皇が、何時の間にかソファーの肘掛に腰を下ろしていた。

「俺なんか、今はただの穀潰しじゃねぇか。お前に得があるとは思えねぇし」
「損得とか考えてねぇよ。場所を提供してる以上は、俺がやりたいからやってるだけ。ただの自己満足」
「……自分勝手な理由だよな」
「だから、お前も自分勝手でいーんじゃねぇの?恋愛感情なんてそんなもんだ」

   自分勝手でいい、そんな事言ったって……。

「……お前、ちゃんとセックスしてくれなかったじゃん」

   不貞腐れ気味に、カグヤが呟く。

「ちゃんとってなんだよ」
「……お前となら、一方的なセックスじゃないのが出来るって思ってたんだよ……。いつもと、違う……」
「いつもお互い気持ち良かったんじゃねぇの?」
「……そんな簡単なもんじゃなくてさ」

   カグヤは身体を丸めると、小さく息を吐いた。
   
「……俺は兄弟以外に誰かと関わるのは交尾しかなかったわけ。交尾は好きだけど、こう言う事でしか誰かと関われなかったってさ、……意外と虚しく思える時もあったし、だから交尾を楽しもうって、……思ってたのかも。まぁ、魂持って行くのは、……申し訳ねぇけどさ」

   クッションを抱き締めながら語るカグヤを、千皇は見下ろした。

「今までは多分、気持ち良くなるが、お互い一致した訳だし、俺が淫魔の媚薬注ぎ込んだから余計にそう思わせてたんだし。……弾は別だけど」

   弾の名前に眉間に皺が寄る。

「でも、お前が誰かを抱くのも、俺がお前以外に誰かに抱かれるのも、……嫌だって思いだして。……何だろな、……お前って淡白でつまらなさそうなのに、初めて……、多分他と違うんだろう、って思えた」
「……ふーん」
「その無表情な面、崩してやりてぇって気もあんけどさ。……お前とだから、……より気持ち良くなりてぇっつーか?気持ち良さにも違いがあんなら知りてぇっつーか……」

   言葉が上手くまとまらない。
   カグヤは不貞腐れた。

「……お前さぁ」

   カグヤの頭に手を伸ばすと、そっと乗せる千皇はポツリと声を発した。

「何?」
「自分で何を言ってんか分かってんのかよ」

   呆れた様に聞こえる千皇の声。
   カグヤは自分の言葉を振り返ってみるが、よく分からない。
   思わず素直に言ってしまっただけだ。

「どう言ったって、お前はセックスしねぇんだし」
「したじゃねぇか」
「……よく分からなかったから、ノーカンってヤツだ」

   気持ち良かった等とは、今は口が裂けても言いたくない。

「お前は、俺にどうしてぇかって、……良く聞くだろ?」
「……」
「お前自身は、結果的にどうしたい訳?……お前の事も、魔王様の事も……、片付いたら……」

   ルシカやヨゾラの待つ部屋へは戻れるだろう。
   セックスしか知らないカグヤは、ニンゲンに順応出来るか不安だ。
   でも、千皇との繋がりが途切れるのは、嫌だ。

「さぁ?案外今と変わらねぇかもな」

   そう答える千皇に、カグヤの胸がキュッとなる。

「……別に、離す気はねぇよ。ただ、お前の思う様な野郎にはなれねぇだけ」
「何だよ、それ……」
「俺は姫神みたいに素直になれねぇってだけ。気持ちはあっても、どう表現すりゃ良いか分かんねぇの」
「……お前の無表情は照れ隠しかよ」

   鼻先で笑うカグヤに、そうかもな、と千皇は呟いた。
   千皇はカグヤから手を離すと、頬杖をついた。

「嬉しい時は笑う、悲しい時は泣く、ムカついたら怒る、……そう言うのは分かってんけど」
「あ、ムカついてる時は何となく分かる。……でも、俺がお前から目ぇ取った時は、悲鳴一つ上げなかったな。痛ぇっつー感情もなかったのかよ」
「……いや、普通に痛かったけど。目ぇ醒めたら病院だったし」
「少しは感情出せよ……」

   カグヤの呆れた声が聞こえる。

「……痛いって感情は、……他人を喜ばす。だから、余計に出せない」
「……確かにさ、そーかも知れねぇけど」
「お前は痛みで喜ぶだろ?」

   否定が出来ないカグヤは、些かむくれた。
   
「お前のハジメテもきちかっただろうが、俺もなかなかだった……。そこから余計に可愛げなく育ったわけだ」
「お前に可愛げがあった時とか想像出来ねぇよ。感情が出せなくなるくらい酷ぇ事されたってのも信じらんねー……」
「まぁ別に、悲観してるわけじゃねぇからな」

  この無表情男に酷い事など、そもそも出来るのだろうか。
  何か仕掛けようなら、返り討ちしそうだ。
   それも、逆にトラウマを植え付けるくらいに。

「お前より上の奴なんて居ねぇだろ」
「あの頃はまだまだガキだった。末っ子よりも、ずっと」

  少し見上げた千皇は、少し遠くを見ている。
  ヨゾラよりも子供だったなら、何かあっても対応する能力は少ないかも知れないが、頼れそうなの兄がいるのではないか?カグヤはそう思った。

「……拉致監禁の上、未成年性的暴行。相手は一番上の兄貴の女友達の一人だった。見つかった時には、顔も身体も傷だらけの服すら着てねぇ状態だ」
「……何でそんな事したんだろ」
「待て、が出来なかった。ヤク中だったし、そんなもんだろ」

  そんな簡単な考えで良いのだろうか。
  もしかしたら、その女の人は魔族に取り憑かれていたのかも知れないのに。
  まだ子供の千皇を襲った女の人は、千皇の何を思ってそんな事をしたのだろう。
  千皇の言う『待て』、はなんなんだろう……。

「だから、俺とセックスしねぇの?」
「それとこれとは別だ。ただ俺は、性行為なんてそんなもんて思ってただけ」

  思ってただけ、今は違うのだろうか。

「お前は、セックスが気持ち良くねぇの?」
「……どーだろうな」
「何だよ。俺を抱いたのは同情か?」
「そう言う訳じゃねぇよ……」

  どう言う訳だ?ますます分からない。
  
「お前は……、それなりに『待て』が出来る。他人とは違う」
「……待てって、……俺は犬かよ」
「だから俺も気持ちがぐらつかねぇで居られるんだよ。それに、同情で自分から抱こうとしねぇし。お前みたいなヤツを相手にすんのに、こっちも覚悟が居るんだ」

  千皇の考えが理解出来ない。
  カグヤに挿して出せば良いだけの事なのに。

「そんなに重く考えねぇでもいいじゃん」
「……次男や姫神みたいに、お互いが素直じゃねぇ上に、大事な感情が分かんねぇからな……」

  自分もセックスが嫌々だったら、ルシカの様に直ぐに気付けたのだろうか。
  もしそうなら、今頃は千皇と……。
  そう頭に過ぎると、何故か身体全体が熱くなる。

「……もし、お前んことも、魔王様の事も終わったら、……俺はどうするんだよ」

  ここへは、カグヤにとってはもう誰にも手を出されたくない為に来たわけだ。
  全部終われば、千皇はカグヤを抱くとは言うけど、何故そこまで待たされなきゃならないか、分からない。
  でも、その後は。

「思い切り、外の世界を楽しんだら良いだろ?映画やら遊園地やら美味い飯やら、お前が知らねぇ事が沢山ある」

  テレビで見た事がある遊園地。
  色とりどりの見たことも無い乗り物に、笑顔で悲鳴を上げるニンゲン達に違和感を持つも、凄く楽しそうで幸せそうだった。
  夜は何かのキャラクターが煌びやかなひかりの中を練り歩き、暗い空には花の様な音が鳴る光が咲いては消えた。
  インタビューでは、恋人や友達や家族で来ていた。

「それは、……お前も一緒じゃねぇの?」

  そんな楽しそうな場所に行くのは、ルシカやヨゾラとも行きたいが、何となく違う気がする。
  かと言って、弾とも違う。

「俺と行ってもつまんねぇよ」

  千皇はきっと笑ったり、騒いだりはしないと思う。
  テレビみたいに、楽しくはないかも知れない。
  それでも。

「……お前が連れてけよ。……最初は全部、お前と一緒が良い……」

  顔を逸らしながら、カグヤは千皇の服の裾を掴んだ。



  
    
  
  
 


  
  

   

   






   

   

   

   
       
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