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学生とヨゾラ

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  学校に通い出して3日ほど経った。
  何も今のところは問題もなく平和だ。
  ただ、真幸には逢っていない。
  電話をしてもいつも出ないし、メッセージの返事は来るけど、前の様に頻繁では無い。
  唐島や御手洗達とは仲良くなった。
  しかし、兄達の事がある限り、いろいろ話して聞いて欲しかった。
  一日の授業が終わり、教室はザワつく。

「なぁ、唐島君」

  ヨゾラはふと唐島に声を掛けた。
  カバンに教科書を直しながら、んー?と唐島が返事をした。

「真幸、学校来てる?」

  真幸の名前に、一瞬唐島君の動きが止まった様に見えた。

「……、どうなんだろう?俺にもあんまり連絡くれないんだよね」
「……そうなんだ」

  少しの間が気になったが、ヨゾラはそう呟いた。

「浅霧、バスケ部に入らないか?」

  突然、御手洗が話しかけて来た。

「バスケはいいぞ!背も伸びるし」
「いやいや、野球部に来いよ。人数足りないし」
「柔道部なんてどうだ!護身術にも使えるよ」

  一気に部活の勧誘が来た。
  ヨゾラは一瞬固まる。

「お前らは一気に話しかけ過ぎだろ?いつも答えに困っているじゃん」

  笑いながら唐島が助け舟を出した。
  
「部活はまだ考えてないんだ。兄さんにも迷惑かけられないし」
「ご両親居ないんだっけ?」
「うん。兄さんと、その友達の人が手助けしてくれてて。もちろん、何かしたいって言えば喜んではくれるけど、……まだ、ね」

  ヨゾラはぎこちなく笑った。

「まぁ、部活は必ずじゃないからさ」
「唐島君は何か入ってるのか?」
「俺は軽音部だよ。と言ってもあんまり活動出来てないんだけどね」
  
  軽音部、ヨゾラは目を見開いた。
  もしかして真幸も軽音部に居るんだろうか。

「もしかして、真幸も軽音部?」

  思わず聞いてしまった。
  唐島の笑顔が曇った。

「……もう、辞めちゃったんだよね」
「そっか。……またギター聞きたかったんだけど」

  ヨゾラは肩を落とした。

「ギターやってるのは知ってるんだ?」
「ストリートって言うの?……たまたま駅で見かけて」

  ふーん、と呟く唐島は何だかつまらなさそうだ。

「あ、俺トイレに行って来るわ」 

  そう言って、唐島は席を立ち上がった。
  教室を出る唐島の背中をじっと見詰める。

「真幸って、5組の神崎の事か?」

  御手洗がふと聞いた。

「組までは分からないけど、知ってるの?」

  ヨゾラは御手洗を見上げた。
  御手洗はチラッと他の奴らを見る。

「……軽音部でな、先輩と揉めてさ。俺も神崎の事は良く知らんが、唐島とは良くつるんでるんだ」
「唐島と神崎って出来てんじゃねぇか、って噂になるくらい」

  ふーん、とヨゾラは呟いた。

「でも実際、あんまり良くない奴らと絡んでるからな……」
「……良くない奴?」
「3年に黒槌組の息子が居てさ。その人とね……」
「浅霧が浅霧組と関係あったらヤバいけど、たまたま苗字が一緒なだけだからな」

  何やら複雑だ。
  なるべく弾とは接触しないで置こう。
  だが、真幸と黒槌の関係は気になる。
  同じ高校に入ると知った時から、真幸のヨゾラに対する態度が可笑しい。
  冷たいと言うか、避けられてると言うか。
  浅霧組との関係は知ってても普通だったのに。

「御手洗君達は、真幸と遊んだりしないのか?」
「ないな。接点ないし、雰囲気がな……」
「俺、去年クラス一緒だったけど、喋った事ない」

  野球部の富岡君がヨゾラの前に座って言った。

「授業終わるといつも音楽聴いてんし、たまに怪我してて。自然とみんなが離れるっつーか」

  ヨゾラから見たら、面倒見が良くて面白かった。
  明るい印象だ。

「黒槌組の息子とつるんでたら、……やっぱりいい印象ないよな。唐島はそれでも着いて回って居るけど」
「……そんな感じじゃなかったんだけどな」

  ポツリとヨゾラは呟いた。
  初めて出来たニンゲンの友達で、何も知らないヨゾラにも何だかんだと優しかった。
  電話もメッセージのやり取りも楽しかった。

「軽音部も、唐島が誘ったんだったっけ?確かにギターはカッコイイよな。弾けるだけでもすげぇのに、惚れそうになるくらいカッコ良かった」
「それなー」

  そんな事はヨゾラも知っている。
  
「浅霧って転校生、いるー?」

  そんな声が教室内に響いた。
  と同時に一気に教室内が静かになる。
  入り口にチャラついた男が二人居た。

「……3年だ」

  ポツリと御手洗が言った。
  
「ここは静かにやり過ごそう……」

  富岡もコソッと言った。
  が、ヨゾラは立ち上がった。

「ちょっ……、浅霧」
「逃げてもいつかバレる。しつこかったら、御手洗君達に迷惑かかるかもしれねぇし」

  そう言ってヨゾラは男達が待つ入り口へと行った。

「……俺ですけど」

  ヨゾラは男達を少し見上げた。
  
「随分派手な色入れてんな」

  ヨゾラの髪の毛をニタニタ見ながら、一人の男が言った。

「地毛なんです。クォーターなもので」
「……ふーん、まぁ良いや。ちょっと付き合ってくんない?」
  
  拒否権はないのは直ぐに分かった。
  ヨゾラの返事を待たず、男二人は廊下を歩き出した。
  ヨゾラは二人の後ろを歩いた。
  廊下にいる生徒の目線やヒソヒソ話が痛い。
  こんな二人に呼び出されるのは、十中八九良い事では無いだろう。
  いざとなったらどうやって逃げるか。
  力任せに逃げるのが一番だが、そんな事をすれば学校に居られなくなる。
  今までの知識をいろいろ思考しながら、黙って着いて行った先は、少し古びた校舎だった。
  今はそんなに使っていないのか、暗く埃っぽい。
  そして、ある部屋の前で男二人は立ち止まった。

「常磐さん、連れて来ましたよー」

  男の1人はそう言うと、その部屋の扉を開けた。 
  その瞬間、一人の女性が飛び出して来た。
  ヨゾラとチラッと目が合った女性の衣服が少し乱れ、そそくさと走り去って行った。
  
「あーぁ、俺達も遊びたかったのに」

  ヨゾラの真横に立つ男が呟いた。 

「入れよ」

  薄暗い部屋の置くから、そう聞こえた。
  男の一人がヨゾラの背中を押す。
  ヨゾラは部屋の中に入った。

「今日も中出しさせてくんなかったなー」

  窓から入る光に、キラキラと金色のメッシュが見えた。
  短めの髪の毛、耳にはピアスが沢山付いている、
  入り口が縛られた使用済みのコンドームを眺めている目は、覇気がない。

「浅霧って転校生、連れて来ましたって」

  男の一人が言った。
  どうやらこの部屋にはコイツら三人しか居ないようだし、鍵は締められていない。
  逃げようと思えば直ぐに逃げれそうだ。
  常磐と呼ばれた男は、無気力な目をヨゾラに向けた。

「……」

  何か視線が嫌だ。
  無気力なくせに、その奥がギラギラしている様に感じる。
  
「君さぁ、……浅霧組と繋がってるよね?」

  いきなり聞かれた。

「それ、よく聞かれますが、たまたま苗字が……「俺、黒槌組の組長の息子なんだ」」

  無気力な笑顔が向かれた。

「だから、誤魔化しは効かない」

  ヨゾラは心の中で舌打ちをする。

「俺に危害がない限りは何もするつもりはないけど、浅霧は厄介だからね」
「ちょっと世話になっただけで、別に何もないですよ」
「……本当に?」

  常磐は窓際から離れてヨゾラの前に立った。

「君がここに入る時、浅霧の若頭さんが何度かここに来てた。まぁ、校長先生を脅しに来たんだろうけど」

  やっぱりか、とヨゾラは思った。

「あの人の役目はここまでですよ。確かに浅霧を借りてますが、今はそう言う関係がない人が後見人です」
「本当にそうかな? 」

  ヨゾラより少しだけ高めの視線から目を合わせ、じっと見詰められた。
  手を伸ばすと、ヨゾラの髪の毛に触れる。

「この髪色、綺麗だよね。こんなに綺麗なの、羨ましい」

  ヨゾラの髪の毛の表面を軽く撫でた。

「この前、うちの父親がさこの間男の子連れて来てさ。……同じ髪色の綺麗な男の子」
「……」
「アルビノかと思ったけど、目の色は俺と変わらない。……君もね」
「……何が言いたいのですか?」

  ヨゾラは平静を装いながらそう聞いた。

「親父とセックスしたのって、浅霧の若頭のお気に入りだろ?そして、……君の兄さんかな?」

  ヨゾラの眉間に皺が寄る。

「ヤクザ者同士、情報なんて簡単に手に入るよ。もちろん、向こうだって、俺の事なんて知ってる。お互い、全てじゃなくてもね」
「俺は浅霧組とは関係ない」
「君の兄さんが身体を売って君を学校に入れてくれたんじゃないの?……それってさ、バレたらヤバいよね、君の立場さ」

  常磐は笑いながら言った。
  バレたのはカグヤの事だけだろうか。
  全てじゃない、ルシカの事はまだ大丈夫だろうか。
  早く逃げ出して、楼依に伝えないと……。

「あー、そうそう。転入初日に君を連れて来たのは姫神先輩だろ?昔から浅霧の若頭と知り合いなのは知っていたけど、ヤクザと繋がりがあるって姫神先輩もバレたら大変」

  楼依の事は知られている。
  ルシカまでもと思うと、気持ちが焦る。

「……だからさ、ちょっとお願い事聞いてよ」
「……お願い事?」
「聞いてくれたら、君の平穏なスクールライフは保証してあげる」

  上からの物言いに、ヨゾラは一瞬イラッとした。

「何……?」
「兄さん、紹介してくんない?」
「……は?」

  常磐のお願い事に、ヨゾラのコメカミがピクっと動いた。

「中出ししたい症候群なんだ。花咲ちゃん、あ、さっき一緒に居た現国の先生。中はダメって言うし」

  なんだそりゃ、とヨゾラは呆れる。

「男同士なら妊娠しないし、女とするより気持ちいいって聞くし」
「ヤクザの息子だろ?ちゃんと買えば良いだろ」
「ヤクザの息子って言ってもこーこーせーだもん、そんなにお小遣い持ってないんだ」
「浅霧組の若頭のもんて分かってんなら、あんたの立場だってヤバいだろ?」
「それでも売りをやらせてるなら、君の兄さんの立場なんてそんなもんだろ?もっとも俺は、君でも良いけど」

  ヨゾラの頭を撫でていた手が、スルッと口許に滑る。
  ヨゾラの背中がゾワッとした。

「今すぐにとは言わないさ。とりあえず、一週間待ってあげる」

  常磐はヨゾラから手を離した。

「自分自身で自分を守るか、兄さんに守って貰うか。……簡単だろ」

  そんな事、出来る筈がない。
  老人を相手にするよりはマシだ。
  だが、ここで自分を売るのはこれからを考えると今までが水の泡になる。
  かと言って、カグヤを売るなんて以ての外だ。
  いくらカグヤの今の態度が気に入らなくても、兄を売るなんて出来ない。
  時間は一週間。
  答えは出せるか自信はない。

「俺の用事はここまで。じっくり考えてな」

  最後に常磐はニッコリ笑った。
  男達はヨゾラの腕を掴み、追い出す様にヨゾラを部屋から出した。
  ヨゾラはしばらく呆然と立ち尽くすも、フラフラと来た道であろう方向に歩き出した。
  どうするべきか。
  とりあえず、楼依か千皇に相談すべきか、それとも千皇の兄の百瀬を頼るか。
  ふと、真幸の顔が浮かんだ。
  話を聞いてくれる雰囲気では無いが、助けてと言えば一緒に考えてくれるだろうか。
  何も浮かばないなら、自分を売るしかない、そんな考えが頭をよぎった。
  下を向き、頭の中を整理しながら歩いていると、誰かに腕を掴まれた。
  ヨゾラははっと顔を上げる。

「……お前、何でこないなとこおるん?」

  独特の口調。 
  久しぶりに見た真幸は、ターバンの様なヘアバンドを目深くし、睨む様な冷たい目をしていた。
  
「お前こそ、何で一緒の学校って……」
「そないな事どうでもえぇねん。何でここおるんか?」

  そんな事、その言葉にヨゾラはムッとした。

「俺が何処に居たってどうでも良いだろ?」
「ここはお前が来てえぇ場所やない」
「知るかっ!呼ばれたから来ただけだしっ!」

  ヨゾラはそう怒鳴ると、真幸の手を振り解いた。
  真幸の舌打ちが聞こえる。

「とにかくや、ここには近付くな」
「何で指図なんかすんだよ……」
「喧嘩でどないかなる相手やない」
「俺が避けたって向こうが来るだろ」
「俺が何とかしたる」
「どうでも良いって言ったのはお前だろうが」
「……せやから」

  真幸は溜息を吐いた。

「とりあえず、ここには来るな。……それから、もう俺には構うな」
「……何だよ、それ……。お前と話したりするの、楽しかったのに」

  ヨゾラは拳を握った。
  そして、真幸を睨むと口を真一文字に結んでその場を去った。
  悔しくて悲しくて、腹が立つ。
  知らない間に何かをしたかも知れないが、あまりにもあからさまな態度に腹が立つ。
  教室へ戻る廊下を歩きながら、ただただイラついた。 




    
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