大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久

文字の大きさ
上 下
8 / 20
第1章 南海の覇者

第8話 鎖国の足音

しおりを挟む
 

 ソン川の戦いを終えた俺たちは、冬になって再び日本を目指した
 今回はジャンク型唐船3隻に加えて、新造したガレオン船を旗艦として初の遠洋航海になる


 通常のガレオン船と違い、太郎右衛門が進言してくれた縦帆を主帆メインセイルに据えたスクーナー型だ
 ジャンク型の特徴である風上への切り上がり能力を維持するため、大横帆バークが主流のガレオンにあえて縦帆を張った

 その分、順風能力が落ちるので、上部帆トップスルに追加の横帆二枚を足し、前列マストフォアマストから船首バウスプリットに向かって三角帆ジブを三枚追加したトップスルスクーナー型の最新鋭艦だった

 さらに船体にも東西の技術融合が図られ、竜骨キールを主とした船体はより耐久性が増したが、ジャンク型の特徴だった水密隔壁構造も取り入れ、多少船体に穴が空いた程度ではそうそう沈没しない不沈艦となっている

 ジャンク型の大砲運用の弱点だった水しぶきや雨も、船倉中央に砲列甲板を設けることで天候に左右されない運用が可能になる

 船大工たちが悲鳴を上げたのも無理はない
 今まで作って来た船とは設計思想から根本的に違うのだからな
 しかし、良い船だ。この船ならイスパニアと一戦しても十分に戦える


「言っておくが、イスパニア船と遭遇してもくれぐれも戦闘はするなよ」
「うぉっ! わかっている!今は華僑倭寇を駆逐するのが先だと言いたいのだろう」
「それもあるが、イスパニアと事を構えれば広南国に侵攻される恐れもある。南北に敵を抱える今、海からも敵に来られてはどうしようもなくなる。
 イスパニアはオランダに任せて、お前はカンボジアやシャムの海を平定することに力を注げ」


 福源陛下は先のソン川の戦いの折り、広南国へ侵攻の構えを見せていたクメール王朝に対し討伐軍を出していた
 知政殿の活躍もあり連戦連勝を重ねた広南軍は、クメール王チェイチェッタ三世から講和の使者を迎えていた
 チェイチェッタ三世は福源陛下の娘を妻に持つ縁戚で、この度の討伐軍を受けて正式に広南国に降ることを表明したそうだ

 これで、広南国はアユタヤと国境を接することとなった
 知政殿も気勢を上げていることだろう














 長崎に到着した俺たちは、まず奉書の上書きの申請を長崎奉行に出した
 奉書とは権現様家康公の発行した朱印状を追認する老中の書状で、これを持っていないと海外渡航は出来ない決まりだ
 広南国の交易官であると同時に、伊勢の廻船屋『角屋』の船でもあるので、日本の決まりは守らねばならない

 しかし、長崎代官も長崎奉行も驚いていたな
 見慣れたジャンク型和船じゃなく、イスパニアやオランダですら滅多に持っていないスクーナー型の最新鋭艦なんだから
 ちょっとだけ鼻が高い気分だ

「生糸は糸割符の価格に従ってもらう。今年は生糸一貫あたり銀三十貫での取引となるがよろしいかな?」
「よろしいかなと言われても、それしかないのでしょう?」
「うむ。そうではあるが…」
 日本人が持っているはずのない洋式艦だから少しビビってるのかな


 今回も砂糖とジャガタライモが主な交易品だが、持ってくる荷が不足したため生糸と磁器・鹿の皮とカボチャも追加した
 今回は4隻合わせて5000貫の銀が手に入った

 やっぱり日本との交易は儲かるなぁ… オランダが必死こいて繋ぎとめようとするわけだよ



 交易も一段落し、持ち帰りの荷を物色していたら長崎奉行から呼び出しがあった

「呼びたてて済まぬな。長崎奉行の今村である」
「いえ、何事がありましたか?」

「この度、某が長崎奉行に赴任するにあたって老中よりお下知を頂いておる。それによると、今後5年以上海外にて居住する者は内地への入港を認めぬというものだ。
 原因はキリシタン禁令だ。朱印船に乗ってキリシタンが帰国しては困るのだ。

 それゆえ、その方もあまり海外に長く居過ぎては入港を認められぬことになる。
 よくよく注意して渡航されるがよろしかろう」

「…ご忠告かたじけなく」

 ―――5年以上海外に居住する者は、だって!?
 じゃあ、太郎右衛門は…


「一つご確認したきことがございますが…」
「何であろう?」
「キリシタンを海外へ運ぶのは構いませぬか?海外にはキリシタンたちが住む町がありまする。内地に居場所がないならば、そこへ連れて行ってやりたいのですが」
「それは構わぬ。むしろありがたいというものだ」
「では、今回は荷に加えてキリシタンをかの地に運ぶことといたします」


 驚きを抱えて長崎を出航した
 どうやら本格的に海外渡航を制限する腹積もりのようだ
 俺はどうするか…








「帰れない?知っているが?」
 ホイアンに戻って太郎右衛門に事の次第を話すと、事も無げに返された
「知っているって… いいのかよ?八幡町に兄が居ると言っていただろう?」
「ああ、まあな… 兄上には申し訳ないが、俺には海の外でやらねばならん事があるからなぁ」
「覚悟はできているってわけだ… 俺はどうするかなぁ…」

「…悩んでるのか?」
「普通悩むだろう!二度と故郷に帰れないかもしれないんだぞ!」

「…七郎兵衛。一つ話をしてやろう。俺はここ広南を中心に様々な南海の国を巡った。
 明を始め、ジャカルタやルソン・アユタヤの向こうのビルマ・天竺まで行ったことがある。
 そこで目にしたのは、西洋人いわゆる南蛮人に奴隷の如く使役される日本人やアジアの人民だ」

「…」

「俺が今経営を始めているプランテーションもな、あれは本来奴隷を働かせるものなんだ」
「そうなのか!?しかし、お前は給金を出しているんじゃ…」

「それが俺の…いや、八幡商人の商売だからな。俺は西洋人にアジア人が使役される現状を変えたいと思っている。
 その為には、アジアから強い国が出なければ駄目だ。イスパニアやオランダとも伍して戦っていけるような強い国がな」
「それが広南だと…?」

「正確には、お前だ」
「―――!」
「角屋の海軍力があれば、広南は海洋国家として西洋と伍して戦えるようになる。だが今のままじゃダメだ。もっと広南自体も強くなってもらわねばならんし、海軍力も増強しなければな…
 その為に、クメール王朝を併合してもらった」

「…まさか、クメールに不穏の気配ありっていうのは…」
「真っ赤な嘘さ。クメールも突然の討伐軍でさぞ驚いたことだろう」
「太郎右衛門… お前…」

 部屋の壁が迫ってくるような感覚がする
 息苦しくなり、呼吸が荒くなった
 目の前には太郎右衛門の冷たい顔があった


「お前の嘘で、一体何人死んだと思ってる!」

「戦いは綺麗ごとじゃない。今西洋と伍して戦える国がアジアになければ、この先アジアは西洋の奴隷としての未来が待っている。
 本当は日本がその強国になってくれれば良かったのだがな… どうやらその目は薄いと海外から見て感じた。
 だから、広南国に強くなってもらう」


 言葉が出なかった
 安南海軍に勝っていい気になっていたのかもしれない

 冷や水を浴びせられた気分だ…
 オランダやイスパニアと伍して戦うなどと…


「まあ、今すぐ決めるような話じゃない。角屋艦隊が駄目なら、次の手を考える。
 だがな、お前が言う広大な海の向こうには、海の覇権を賭けて戦う大国が待っている。

 海の果てを目指すという事は、そいつらを食って大きくなるということだ。
 生半可な覚悟じゃ出来んことだということは忘れるな」


 太郎右衛門が部屋を出て行った後には、すっかり冷えたコーヒーが残っていた

 ―――大国たちを食って大きくなる、か…

 今まで考えたこともなかった
 ただ、波と風の狭間でどこまでも旅に行けたらいいなと思っていただけだ
 太郎右衛門の覚悟に比べて、どれだけ子供ガキだったのか思い知らされた…







「ああ、分っているさ」
 七郎兵衛の部屋を辞した太郎右衛門は誰に言うともなく独りで呟いていた

「今はそのくらいしか言えないんだよ。これ以上のことは、まだアイツには早い
 これは失敗できない戦いなんだ」
 
 周りから見たら奇異に映っただろう
 太郎右衛門はまるで目の前に誰かが居るような口調で話していた
 

 だが、その姿を見る者は誰もいなかった







 翌日から、俺は新造スクーナーの七郎丸の調練を繰り返した
 スクーナーは風上への切り上がり性能の高い機動力に富んだ船だ
 その分、操帆や操舵にはバーク船以上の高い技術が必要になる
 手足のように動かせれば強力な武器になる

「若、どうやら何か一つ吹っ切れたようですな」
「判るか。利左衛門」
「ええ、海の男の顔になって参りました」
 逸平やグエンも同意する

「利左衛門。逸平たちも話がある。
 俺は日本に戻れないかもしれない。しかし、それでも広南海軍として生きていきたいと思う。
 二度と故郷の土は踏めないかもしれない。
 それでも、俺に付いて来てくれるか?」
「何を仰るかと思えば、我らが居らねば若などまだまだひよっこでございましょう」

 心底可笑しそうに利左衛門が笑う
 逸平やグエン・宗助も笑った
 周はニヤリとしただけだったな

「―――すまん。ありがとう」
 涙で視界がにじんだ
 こんな若造の俺に命を懸けて、故郷を捨ててまで付いて来てくれる
 こいつらには感謝しかない


「若、新たな門出に涙は禁物ですぞ」
「な、泣いてなどおらん!目に汗が入っただけだ!」
 全員が大きく笑った







 ―――アユタヤ王宮―――


「広南がカンボジアを降したという。先頭に立つのはあの山田長政セナピモックの遺臣だそうだ。
 趙!よもや広南の船に負けるようなことはないだろうな!」
 トーン王が配下の倭寇頭・趙斉明に怒鳴るように下問する

「お任せください。我らはタイランド湾においては無敵です。
 艦隊を引き寄せれば奴らは容易に沈めることができるでしょう。それよりも、陸は大丈夫なのですかな?」

「我らアユタヤ軍は安南やクメールとは違う。奴らの強さの源である日本製の武器は我らにも豊富に配備されている。
 まして、我が兵は長年ビルマのタウングー王朝やムガル帝国・パタニ王国とも戦った精鋭達です。
 所詮は少数民族の広南など相手にはなりますまい」
 傭兵部隊を指揮するシャイフ・アフマド・クーミーが不敵に答える

「今度こそ山田長政セナピモックに連なる者共を皆殺しにしなければならぬ。その方らもそう心得よ」
「「ハハッ!」」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

下田物語 -幕末の風景-

夢酔藤山
歴史・時代
幕末、下田。 どこよりも真っ先に海外に接した場所。少女・きちや、のちの通辞・村山滝蔵と西川助蔵に写真家・下岡蓮杖など、若い力が芽吹いた場所。そして、幕末の世相に翻弄された彼女たちの涙と笑いの染みた場所。 いざ。下田から、ニッポンが始まる。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...