鶴が舞う ―蒲生三代記―

藤瀬 慶久

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第七章 蒲生賢秀編 本能寺の変

第91話 安土楽市令

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 安土城下町にある馬喰町の一角。大通りからほど近い辺りに伴伝次郎の店はあった。
 他の店に比べて店構えも大きく、店内には所狭しと米俵や味噌・塩・干魚などの樽が積まれている。在庫は店内だけでなく、町はずれには大きな蔵を三か所ほど増設して在庫を拡充させていた。

 もっとも、ここにある商品はその多くが織田軍の戦う前線へと送られる。その意味では一般に売る余裕などはない。伝次郎の主な商売は『馬喰』、つまり荷運びの馬や人足を貸し出すことだった。

「御免」
「いらっしゃいませ」
「馬を求めたいのだが」
「ありがとうございます。では、裏手のうまやにご案内しましょう」

 そう言って手代が客の武士を裏手に案内していった。
 その背中を見送りながら伝次郎は思わずため息を吐く。

 ―――やはり……

 客のほとんどは武士であり、同じ安土城下町に店を構える商人だった。
 元来東近江を通る街道は主に東海道であり、東山道であり、八風・千草の両街道だったが、安土はそのいずれの街道からも外れている。実際のところ、安土城の築城が始まるまでは安土山の麓はただのさびれた田舎町に過ぎなかった。

 野々川郷に店を構えていた頃は近隣の農民や旅人が牛馬を求めて伝次郎の店に立ち寄ったものだが、今や伝次郎の店を訪れる者は信長に仕える武士か、さもなくば同じく安土城に店を構える商人だ。
 一般客と言えるような客はほとんどいない。

 ―――織田の上様もあれこれと工夫しておられるが……

 この前年に当たる天正五年六月
 信長は安土山下町に十三条に渡る条例を発布していた。

 第一条が『当初中為楽市被仰付之上者、諸座諸役諸公事等悉免許事』で始まる条例であり、信長が実施した楽市楽座政策の完成形と言われる有名な『安土楽市令』だ。
 だが、この条文には奇妙なことに今までしつこいくらいに念押しされていた『楽市楽座』の文言は出てこない。あくまでも『楽市と為す上は、諸座諸役諸公事を免許する』という一事だけだ。

 この免許は通常免除の意味で捉えられるが、同じ安土楽市令の第八条では『分国中徳政雖行之、当所中免除事』と明確に免除と免許を使い分けている。
 つまりここで言う諸座免許とは、従来言われていた『座の解散』ではなく、むしろ今まで神仏を主体として開催されていた『座』による市を信長の『免許』によって開催するという宣言であろう。
 今後『座』に加入させるか否かは信長の許可によって決めると宣言した形だ。

 これによって従来の寺内町や神人による『座』ではなく、少なくとも安土城下では『信長の許した商人の座』によって市が運営されてゆくことになる。言い換えれば、今まで荘園領主に納めていた役銭などは全て信長へ納める物へと変わった。これまでも商人達は実質的には大名へ役銭を納めていたが、この楽市令によって楽市は公式に織田家の財源としての市に変わったことになる。
 これこそが信長の楽市令の本質であり、結局は戦費調達のための商人統制政策に過ぎなかった。

 また、信長は同じ安土楽市令の中で近江国の馬の売買を安土において行うことと規定し、合わせて伝馬を免許制にし、そして往還の商人は必ず街道を逸れて安土に立ち寄ることを強制している。
 つまり、近江を通る荷駄は全て安土を経由し、安土城下の馬喰を利用することを強制している。
 あの手この手で安土城下の市を繁栄させようと涙ぐましいまでの努力であった。だが、それは取りも直さず安土城下に集約した商人達の商売が必ずしもうまくいっていないということの裏返しでもあった。

 織田家の馬喰を司る伝次郎としてもこのまま安土の市が発展しなければ死活問題となる。
 何とか安土に人と物が集まるように願っていた。

 だが、単純に安土に商人が集まれば良いかというとそうでもない。

「お頭」
「戻ったか」

 伝次郎の兄である伴太郎左衛門資家配下の甲賀者が店の裏手から伝次郎の元へと近寄って来た。

「どうだった?」
「新しく摂津から参った商人ですが……どうも真っ当な商売では無さそうです。値が安すぎますし、扱っている商品もあれやこれやとまとまりがありません」
「村から略奪した品を売っているのか」
「恐らくは……」
「分かった。上様に申し上げて免状を取り上げてもらおう」

 伝次郎は店の名と店主の名を聞き出すと、帳面に書き込んで行った。
 新たな市には付き物だが、必ずしも真っ当な商人だけが集まって来るわけではない。中には戦のどさくさで村に略奪に入り、奪った物を堂々と楽市で売り払う不届き者も多かった。
 本来顧客になるはずの者達からの略奪を許せば、それは引いては商人自身の首を絞めることになる。買い手が居なくなれば商売が成り立つ道理が無いからだ。

 おかげで伝次郎は新たに店を出そうとする商人の吟味まで行う破目になったが、これもひとえに市の発展のためだと割り切った。

 近頃では商人だけでなく、碧眼・紅毛の南蛮人を目にする機会も多くなった。彼らは信長に許しを得てデウスの教えを広めていると言い、貧しい者に食糧や医療を施して尊敬を集めているが、伝次郎はその中にうさん臭さも感じ取っていた。
 彼らは生活に困った者を奴隷として買い上げることもしている。布教の為、神の教えを広める為と彼らは言い張るが、何故日本人を奴隷として買い上げることが神の教えを広げることになるのか伝次郎にはさっぱり理解できない。だが、信長が許している以上は何も言えなかった。


 伝次郎が帳場で帳簿をまとめていると、堀久太郎秀政が店先に姿を現した。

「これは堀様。突然に如何なさいました?」
「上様から伝次郎殿に下知があった。兵糧を五百石、至急摂津へ運ぶ手配りを整えよとのことだ」
「……戦でございますか」
「ああ。大きな声では言えぬが、摂津守護の荒木摂津守が有岡城に籠って反旗を翻したらしい」
「なんと……」
「他言は無用ぞ。荒木は安土に釈明に参るということだが、摂津周辺が騒がしくなっては不味い。そこで上様は念のため出陣できる用意を整えておけとの仰せだ」
「承知いたしました。十日の内には荷駄を安土から出せるようにしておきましょう」
「よろしく頼む」

 そう言って踵を返した堀秀政の背中を見送ると、伝次郎はすぐさま兵糧の手配を始めた。


 天正六年(1578年)七月
 羽柴秀吉は織田信忠の旗下として松永久秀の反乱を鎮圧したが、秀吉にはそのまま播磨平定の任が与えられた。柴田勝家と同じく西国攻めの方面軍司令を任された形だ。
 そして播磨の三木城を攻略している最中、秀吉に付けられた摂津守護荒木村重が突如として織田家に反旗を翻す。
 明智光秀らの説得によって一旦は信長に詫びを入れることを承知した村重だったが、摂津国衆の反対に遭って結局は安土城に向かわずに本拠地有岡城に戻った。

 摂津国衆は浄土真宗や法華宗の門徒も多く、彼らにとって信長の『諸座免許』の楽市令は許容できないものだった。
 今まで神仏の物であった座や市の主催権を信長が独占するということは、今後の商売は信長の許しを得なければできないことになる。つまり、本願寺や毛利相手の商売が制限されることに繋がる。それらとの商売で食っていた者達にとっては生活の手段を奪われるということだ。

 今はまだ近江国内だけとはいえ、このまま織田家の支配領域が広がればやがて摂津もそうなることは自明の理だ。
 摂津国衆にとって、例え強大な織田家相手であっても決して退くことのできない戦いだった。



 ※   ※   ※



「気を付けてな」
「ハッ! 行って参ります」

 賢秀は勇躍して安土城を後にする嫡男賦秀を見送っていた。

 荒木村重が安土への出仕を拒否したことで信長も本腰を入れて摂津攻略に出陣した。
 今まで主力を務めて来た美濃・尾張の軍勢は既に嫡男の信忠に譲っており、現在の信長直轄軍は東近江衆が中心となっている。その中でも日野の蒲生の軍勢は比重が大きい。信長が出陣するとなればそこに軍勢を出さないわけにはいかない。
 だが、当主の賢秀は信長から安土城の留守居を申しつけられている。その為、蒲生勢を率いて信長と共に出陣するのは嫡男の賦秀に任された。

 既に賦秀も二十三歳の立派な青年武将に成長し、信長の期待通り知勇両面においてその大器の片鱗を覗かせていた。
 賢秀としてもある程度安心して軍勢を任せることが出来た。

 ―――それにしても

 頼もしくなったものだと思う。
 今や蒲生勢は賦秀の下知に良く従い、賢秀の陣代として不足なく務めている。親の贔屓目もあるのかもしれないが、今や一方の大将としての器量を持つと言っても過言ではないと思う。
 賦秀にはどうしても前線を好む気風があり、それが大将らしくないと言えばらしくないが、それも蒲生の家風ではある。
 定秀以来蒲生家は主家の盾として前線を維持するのが役目であり、その意味で前線は蒲生の最も輝く場所でもある。だが、槍や弓に代わって鉄砲が主力となった昨今の蒲生家にとっては必ずしも当主が前線で武勇を振るう必要は無い。

 もっとも、だからと言って個人の武を否定するつもりは賢秀にはない。
 士気を保つには日頃から兵に頼もしいと思われる将が前線に居た方がやりやすい部分はある。いくら鉄砲の導入によって戦の有り様が変わったとはいえ、やはり戦は人がするものだからだ。


 ―――父上は……

 城下から安土城に引き上げた賢秀は、普請が進む本丸に目を向けた。
 本丸の予定地には立派な石垣が積み上げられ、天守閣が着々と出来上がりつつある。その隣には移築された江雲御殿の真新しい漆喰壁が日の光を反射して白く輝いていた。

 信長は亡き六角定頼の菩提寺である江雲寺を第一級応接用の御殿として移築した。
 ゆくゆくは天皇の行幸を受ける客殿とする予定だという。当初賢秀は江雲寺を安土城の敷地内にひっそりと移築するものだと思っていたが、信長は定頼を心から尊敬しており、帝にも江雲寺を見てもらいたいのだと言っていた。

 今年の正月に完成した江雲御殿はまさに壮麗な創りで、壁には当代きっての絵師と評判の狩野永徳に三国の名所を描かせた。また調度品も名物道具を揃えて各所を飾っており、ただの菩提寺とは思えない華麗な御殿に仕上がっていた。

 完成の折には織田家の武将たちに混じって賢秀も拝観したが、父の定秀は残念ながら日野から動くことが出来なかった。

 往年の戦場を駆けた定秀寄る年波には勝てず、昨年から体調を崩して寝込むことが多くなっている。信長は是非定秀にも見せたいと言ってくれたが、当の定秀が日野から動ける状態ではなかった。

 そろそろ覚悟を決めねばならないかもしれない。
 父の丸くなった背中を思い出しながら、賢秀はゆっくりと空を見上げた。
 秋晴れの空にはイワシ雲が浮かんでいた。
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