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第六章 蒲生賢秀編 元亀争乱

第68話 観音寺城の戦い

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 賢秀は和田山城の物見櫓に登って東を望見していた。

 和田山城は観音寺城の東側最前線に位置する支城で、東の足元には愛知川が流れ、西には観音寺城のあるきぬがさ山が間近にそびえる。
 繖山を中心として周囲には金堂城・佐生城・垣見城などが扇のように広がる。その扇の先端に位置するのが和田山城だった。
 普段ならば和田山城から見えるのは広大な湖東の平野だったが、今の賢秀の目には愛知川の対岸に無数の人馬がひしめき合っているのが見える。

 ―――多いな

 それが賢秀の率直な感想だった。
 昨年に美濃稲葉山城を攻略した織田信長は、足利義昭を美濃に迎えて上洛軍を起こし、この日愛知川の対岸に陣を置いた。

「兄上、織田方は中々の数ですな」
「ああ、噂では五万の軍勢らしいぞ」
「五万ですか!何とも豪儀なものですなぁ」

 隣で弟の青地茂綱が豪快に笑う。茂綱は祖父高郷に似て膂力に優れ、ここのところ打ち続いていた南近江の内乱でも活躍していた。

「となると、討って出るわけには参りませんな」
「うむ。日野からも鉄砲百丁を持参した。愛知川を渡る敵勢を散々に打ち崩してくれよう」
「鉄砲ですか。某は今一つあれが好きになれませぬ。一発撃つたびに長々と弾込めをしなければならぬのがまどろっこしくて」
「ははは。確かに手間はかかるが、威力は絶大だ」

 茂綱は自身が剛勇を持って鳴る武士であるために鉄砲をあまり信用していなかった。鉄砲よりも強弓を引く鍛錬をした方が武功を立てる機会に恵まれるのではないかという思いがある。
 だが、今回は防衛戦であり、織田勢に対して城を討って出るのは下策だ。和田山城の役目は固く守って愛知川を超えさせぬことにある。
 その為には鉄砲は有効な兵器であるということは理解していた。


 永禄十一年(1568年)九月十一日
 織田信長は足利義昭を奉じて稲葉山城から改名した岐阜城を進発し、この日愛知川北岸に布陣した。率いる兵は尾張・美濃・伊勢・三河の総勢五万と号する。

 六角義賢は二月に将軍に任じられた足利義栄を奉じ、三好三人衆と同盟を結んで義昭方に対抗する。
 八月には織田信長自身が佐和山城に赴き、二度にわたって六角義賢・義治親子に和睦を申し込むが、六角親子はこれを拒否した。
 信長としても上洛の為には六角家を放置することが出来ず、ここに信長上洛戦の初戦である観音寺城の戦いが始まる。

 蒲生家は日野中野城に蒲生定秀が兵一千を率いて籠り、最前線の和田山城には蒲生賢秀と青地茂綱に五百の兵を預けて援軍として送り込んでいた。
 六角の兵数は一万を少し超えるくらいだったが、それも観音寺城に籠る永原、後藤、池田、平井らは信長の調略を受けておりどう転ぶかわからない。仮に織田家が南近江の支配者となれば国人衆が望む徳政が実現する可能性が高いことを考えれば、この際に六角家を裏切る可能性も少なくなかった。

 ―――何としても和田山城で織田軍を防ぎとめる

 箕作城には六角義賢自身が兵を率いて籠り、金堂城から和田山城にかけて広く後詰を送り出せる体制を固めてあった。



 ※   ※   ※



「くそっ。城方から散々に撃たれてはどうしようもないな」

 滝川一益は和田山城の正面に立ち、城から絶え間なく放たれる銃撃と矢の雨に攻め手を見い出せずに居た。先ほどから兵の損害も馬鹿にならない。周辺には鉄砲によって吹き飛ばされる兵や愛知川を強行渡河しようとしてハリネズミのようにされた兵が転がっていた。

「あの城をまともに攻めても損害が大きくなるだけだ。上流か下流から回り込めんのか?」
「今頃柴田様が回り込もうとしておられましょうが、この様子ではそちらも上手く行っておらぬのでしょう」

 楯の後ろに隠れながら益氏と大声で話を交わす。和田山城からだけでなく滝川陣からも城に向けて銃撃を行っており、耳と口をくっつけなければ声が聞こえないほどの轟音が辺りを満たしていた。

「やはり愛知川を渡らねばどうにもならんか?」
「無論です。殿もご覧になっているでしょう。鉄砲だけならばともかく、鉄砲の空隙を埋めるように矢の雨が降ってきます。上に楯を構えながら進んでも次の銃撃で楯ごと吹き飛ばされ申す。何とか回り込んで後方から切り崩さねばこちらの被害が大きくなるばかりですぞ」

 一益にも益氏の言うことはわかる。さっきから何度も兵が突撃しては悉く愛知川を渡り切れずに討ち死にを繰り返している。

「鉄砲だけならばともかく、弓の上手がこうも多くては手に負えんな」

 一益率いる滝川勢は鉄砲の扱いに熟練した者が多く、ちょっとやそっとの銃撃戦では後れを取ることはない。だが、六角家は元来弓の上手の多い家であり、『江州弓の上手多し』と京の公家にも伝わっているほどだ。鉄砲の撃ち合いだけならばともかく、鉄砲の弾込めの隙間を弓で埋められると手の出しようが無かった。

「ともかく、今は無暗に力攻めをするとマズい!一旦兵を下げろ!」

 怒鳴った瞬間、一益の二つ隣の楯が銃弾を受けて派手に砕ける。まさかこの距離で狙って当てたとは思えないが、それでも一益は誰が撃ったのかと城に視線を向けた。
 もとより射手が見えるはずもなかったが、それでも一益は城の後ろに鉄砲を構える蒲生勢の姿を見た気がした。

 ―――蒲生め、やはりあの時攻め切っておれば良かったか

 元より小倉の乱に乗じて日野中野城まで攻め取ることなどは不可能だったが、あの時に全力で蒲生を攻めていれば今の苦戦は無かったかもしれない。
 そう思うと一益にも一段と苛立ちが募った。


 九月十一日
 この日朝から始まった和田山城の合戦は昼になっても容易に決着が付かなかった。柴田勝家や森可成の部隊が愛知川を渡って和田山城の後ろに回り込もうとするが、悉く箕作城からの増援によって行く手を阻まれる。結局お互いに多くの損害を出して昼過ぎには双方兵を退いた。
 特に織田軍の損害は馬鹿にならず、信長はたまらずに佐和山城まで軍勢を退いた。

 三好三人衆の一人である岩成友通は観音寺城への援軍として三千の兵を率いて向かっていたが、織田軍が一旦兵を退いたと聞いて自身も坂本で一旦兵を休ませた。
 だが、兵を退いたと思わせた信長は翌十二日には再び愛知川を超えて進軍を始める。
 前日の経験から織田軍は和田山城を正面から攻める愚を避け、和田山城には稲葉一徹を抑えに置いて増援元である箕作城に狙いを定めて攻めかかった。
 とはいえ、箕作城も金堂城や佐生城との連携を強化してある。いくら箕作城に狙いを定めたと言っても、それだけで落とせるような状況ではなかった。



 ※   ※   ※



「兄上!夜襲だ!箕作城に火の手が上がっている!」
「何だと!」

 青地茂綱の言葉に賢秀も慌てて物見台に駆け上る。茂綱の言う通り、南の箕作山には夜だと言うのに無数の松明が掲げられ、城のある辺りには天を焦がすほどの炎が上がっていた。

「箕作城が……燃えている……ご隠居様は無事か!」

 箕作城には六角義賢が和田山城の後詰として兵八千を率いて籠っているはずだ。その箕作城が焼けたとなれば、最悪の場合義賢が討ち死にということもあり得る。
 賢秀も気が気ではなかった。

「今のうちに観音寺城に戻るぞ!」
「しかし、和田山城は……」
「箕作城が落ちたのなら明日の朝には和田山城は織田方にすっかり囲まれている!逃げ遅れると死ぬことになるぞ!」

 賢秀は箕作城落城によって和田山城が孤立することを恐れ、夜陰に紛れて観音寺城に向かった。
 箕作城に籠っていた義賢も何とか観音寺城に逃げ延びることが出来たが、愛知川を堀として繖山全体を城郭と見做した巨大な防御陣が敗れた今、残るは観音寺城の防備を頼りに徹底抗戦をする道しか残されていない。
 だが、観音寺城に戻った義賢は義治と共に観音寺城を捨てて甲賀へと逃げた。
 観音寺城に籠る六角家臣達も多くは織田の調略を受けており、これ以上城に籠っていれば家臣に首を取られる危険すらあった。

 九月十四日
 こうして六角定頼の九里宗忍討伐以来四十年以上に渡って武威を保ち続けた観音寺城はわずか三日で陥落した。
 蒲生賢秀は青地茂綱と生き残った蒲生勢と共に中野城に戻り、城に籠ってなおも徹底抗戦の構えを見せた。だが、進藤・後藤を始めとした六角家臣団は次々に織田信長に降伏し、まだ抵抗を続けているのは蒲生と三雲のみという状況になってしまった。



 ※   ※   ※



「こ、これは……」

 西川仁右衛門は、伊勢から近江に戻る八風峠の山頂から白煙を上げる観音寺城の姿を視界に捉えた。正確には昨夜燃えた箕作城の残骸が今もなお煙を噴き出しているだけだったが、それでも南近江の民衆にとって観音寺城のある繖山に火の手が上がるというのは衝撃的な光景だった。
 それだけ長く平和が維持されていたことは六角家の強大さの証でもあったが、反面で焼けた観音寺城は崩れ行く六角家を象徴するかのように見えた。

 ―――皆は無事だろうか

 仁右衛門の心配は戦後の略奪にある。
 この頃の戦は、乱取りと言う名の勝者による略奪が行われるのが普通だ。観音寺城下にある石寺楽市は豊かな市場だし、その市場を事実上取り仕切る保内衆の店には米や呉服、さらには銭に塩など様々な略奪好適品が所狭しと並んでいるはずだ。

 略奪となれば商人は力づくで荷を奪われるのが普通だし、抵抗すれば斬り捨てられる。

 ―――伝次郎さん、皆、無事でいてくれよ

 仁右衛門は心の中で念じつつ、今上って来たばかりの峠道を伊勢方面に向かって下りる決心をした。
 観音寺城下で略奪が行われているのであれば、そこに商品を担いでてゆく仁右衛門はさしずめネギを背負って歩くカモだ。
 身の安全のためにも伊勢に引き返すしかなかった。

 仁右衛門は肩に担いだ天秤棒を握り直し、もう一度深く肩に乗せるとゆっくりと峠道を下り始めた。
 秋晴れの空は高く、はるか先の平地には収穫を控えた稲が黄金色の穂を風にたなびかせている。だが、豊かな景色とは裏腹に、仁右衛門は今見たばかりの光景を思い出していた。

 ―――時代が変わるのか

 師匠の伴伝次郎はいずれ六角家とは別の道を歩まねばならない時が来ると言っていた。

 ―――今がその時なのだろうか

 だが、仁右衛門が生まれてからずっと六角家は南近江の支配者だったのだ。今更支配者が変わると言われても今一つピンと来ないというのが正直な所だ。
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